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第27話 両親

グレイの製作者の妻ミュースと出会ったアール達。

グレイのマスター権限、それを持っていたミュースによって情報が明かされる。

果たして、グレイはアール達に何を見せるのか。

 グレイが壁に映し出した映像に、全員の注目が集まる。

 映し出しているものは、まだ砂嵐の様な映像とザザザという音だけだ。

 一体何を見せたいのか?

 疑問に思いアールがグレイに質問する。


「グレイ? お前がまとめた情報を喋るわけじゃないのか?」

「そのつもりだったんだけど。私の製作者が色々喋ってる映像が見つかったから、こっちのが良いかなーって」

「製作者……ならこれは、あの人が?」


 ミュースは思わず口に手を当てる。

 映像の乱れは徐々に減っていく、人の上半身を中心に据えた映像だ。

 音も少しずつ落ちつき、音声が聞こえてくる。


「これ━―撮れてるのか?――━―まあ━――認すれば―━か」

「あの人よ、間違いないわ。懐かしい。……優しくてのんびりした声」


 ミュースは思わず涙を滲ませる。

 数年ぶりに聞く夫の声なのだ、それも当然だろう。

 しかしアールは、何か違和感を感じていた。

 上手く言葉にできないが、しかし何かが胸に引っ掛かっている。

 グレイの映像は、音声の方はかなりクリアになっていた。

 まだミュースの旦那の顔は、はっきりとは出てこない。


「ぇー。この映像を見ている、試作機015-T01の登録者君。僕はこいつを作った者だ。君がどうやってこの録画を見ているか……。真っ当な手段であると良いんだが、いや、僕は何もできんか。……そうであると祈っておこう」


 映像は、話しているミュースの旦那が机に座り、上半身のみをこちらに映している。

 相変わらず顔はまだ不鮮明なままだ。


「こいつに関して……ぁーこいつってのは試作機015-T01で……。先に名前をつけとくんだった、ちょっと待ってくれ」

「相変わらず段取りとか下手ねえ。何度言っても直らなかったわ」


 映像に映っている彼は、指を腕を組んで唸って考えている。

 少し経ってから再び喋りだす。


「……うん、よし! こいつはグレーだ、灰色だしな! 綺麗な灰色だろ!? この色を出すのにはかなり苦労……ごほん。まあ君も、既に名前とかつけてるかもしれないが、僕はこいつをグレーと呼ぶよ。この録画の間だけそれを了解してくれ」

「アールと同じですね、色から命名しましたよ」

「ちょっと違うけどな。俺はグレイだし、この人はグレーだ。……まあ紛らわしくなくて丁度良いけど」


 偶然にもミュースの旦那もグレイをグレーと名づけた。

 多少驚いたが、色から取ったのならばそう不思議でもない、アールにはそう思えた。


「でだ。この映像は僕が何を目的に、どう思ってグレーを作ったかを記録したものだ。……ぁーミュースには、僕の嫁さんがいたら今の内に離しといてくれ。怒るかもしれん」


 全員の視線が一旦ミュースに集まるが、ミュースは態度で夫の忠告を拒否する。

 全て聞き終えるまで、ここからテコでも動かないだろう。


「まあ、あいつをどうこう出来るとは……ごほん。僕がグレーを作ったのは、体が不自由な人々の手助けをしたかったからだ、決して争い事のためではない。僕がまだ地上に居た時鎧に関するノウハウと、小型だが鎧を一体丸々手に入れた。そいつは戦いの為の道具だったが、僕はこれは僕の目的に使えると思ったんだ。そしてそいつを元にグレーを作った。農作業や工事や、大きな力が必要な場面で力を発揮するはずだ」


 争いの為ではなく、あくまで力仕事のために、そう説明している。

 しかし説明を受けたエミールやサチェットは、疑問を呈した。


「力仕事のため……? ならば普通の鎧でも充分にできるではないか? 実際、グレイはサチェットの鎧よりも単純な力では劣っている」

「そうですね、グレイは獣との戦いでも普通に動作しています。何か説明と、矛盾を感じますが」

「まあまあ。あの人口も下手だから、もうちょっと聞いてみましょ」


 ミュースに促され、二人とも大人しく耳を傾ける。

 当然の疑問は、すぐさま解消される事になった。


「勿論そんな事は、普通の鎧にだってできる。むしろ意識なんてないから、雑に扱っても文句なんて言わない。使うだけなら、よっぽど普通の鎧のほうが便利だ。……でもそれではダメだ、人殺しや悪どい事にも使えてしまう。そうなると使える人間は限られ、値段等も跳ね上がる。グレーならこいつの自意識がそれを拒否するわけさ、登録者よりもこいつのが権限が上だからね。いざとなったらグレーの方が、操作権限を握ってしまう。絶対に悪い事には使えない」


 言われてエミールとサチェットは納得する。

 アールは少し苦い記憶を思い出した。

 モールベアと対峙した際に、グレイに操作をパっと奪われた事があった。

 あの時の感覚は何とも気色悪いものだった。

 アールはやった事はないが、殺人や強盗等の悪事にグレイを使おうとすれば、それもグレイによって防がれるというわけだろう。


「地上の技術だけでは、どうしてもこのブレーキが作れなくてね。地底人のソルと繋がりができなくちゃ、僕はどうなっていたか……。彼らの鉱獣を作り出す技術、鉱石から生物を作り出す技術と、地上での鎧の技術、これを合わせて作られたのがグレーってわけさ。まだ試作型だけどね」


 説明を聞いてエミールはジョージャウに質問する。

 何でもない事のようにサラっと驚くべき事を、ミュースの旦那は言ったからだ。


「鉱石から生物、それが鉱獣なのですか?」

「こいつはかなり大雑把に言っとるが、まあ間違いではない。わしらの昔からの技法で鉱獣は作られ、繁殖にも色々と手を加えとる。興味があるなら後で見学するといい」


 エミールは目を輝かせコクコクと首を縦に振っている。

 アールも多少興味はあったが、今はミュースの旦那の話だ。


「でだ。なぜそんなまどろっこしい物を作ろうと思ったか、だけど。……いないな? ……本当にいないな?」


 彼は急に挙動不審になり、更に席を立ってうろうろしだした。

 ドアをバタバタと開け閉めする音が聞こえてくる。


「ミュース!? いないかー!? ……いないね? 本当にいないね? ……よし」


 どうやら、近くにミュースがいないか再確認をしていたようだ。

 それにしてもビクビクしている、当のミュースは何とも見事な笑顔でそれを鑑賞していた。


「ごほん。……僕の地上でのお嫁さん、ミュースの前の女性だ、彼女は……エマは体が弱かった。だが彼女の生まれは、彼女にとてもきつい畑仕事を強いた」

「前の奥さん、ミュースは二人目だったわけか。ミュースはその事は知っていたのか?」

「えぇ、少しだけは。余り詳しくは話してくれなかったわ。私は彼女の話を色々聞きたかったけれど、やきもちを妬かれると思ったのでしょうね」


 エミールの質問にミュースは苦笑しつつ答える。

 それをよそに、アールはまたも違和感に苛まれていた。

 ミュースにではない、ミュースの旦那と何かが胸に引っ掛かっている。

 しかし上手く言語化できない、悶々としつつ映像に集中した。


「エマの体の事情は考慮されず、ずっと重労働を……。彼女には関係のない、生まれや身分のせいで強制された……。僕はそれを不憫に思うと共に、彼女に惚れた。……ぁーぁーそうだよ。モロに一目惚れだったよ、一瞬でぞっこんだ! 出会って直ぐに彼女にアタックしたが……玉砕だった」

「……私の時は全然ウンともスンとも言わなかった癖に。なるほどね、確かに私には見せられないわね、これは」


 多少ヤケになりつつ、彼は話している。

 ある者は苦笑し、ある者は淡々と、ある者はやきもちを妬きつつ映像を見ている。


「僕の生まれは、技術者の家系だった。それなりに裕福なね。……彼女は身分の差を理由に、僕を不幸にしてしまうと言って僕を拒絶した。……僕は唖然としたよ。そんなもので断られたのかと周りを呪った。

 彼女を助け出す術を探りつつ、彼女に何度もアタックした! しつこくアタックし続け、呆れられながら何とか付き合うまでにこぎつけた! ……だがそれは、直ぐにばれた」


 少しやけっぱちだった調子が、突如一気に最後の一言でトーンを落とした。

 まるで絶望の始まりだとでも言うように。


「僕の家のものは、僕をどこぞの子とくっつけようとした。エマの所有者は彼女を遠くに売り払おうとした。……追い詰められた僕は、彼女を鎧で攫って駆け落ちした。犯罪者だな……あっはっはっはっは」


 虚しさを湛えた笑い声が、応接間に響き渡る。

 自らを罪人と示す声明だったが、誰もそれを責める者はいない。

 アール達は真摯に、彼の話に耳を傾ける。


「僕は彼女と共に、誰も僕らを知らない遠くに逃げた。彼女の体はボロボロだったが、それでも慎ましく暮らしていく事はできそうだった。だが彼女は……子供を願ってしまった。出産なんてすればどうなるか、彼女も全て解った上で……僕は拒絶した。愛するものをみすみす死に追いやるなんて、誰ができるか」


 出産か死か、男のアールには永遠に答えを出せない問題だろう。

 女性のエミールとミュースも沈痛な面持ちをしている。


「今度は彼女が僕にしつこく迫った。交際を迫っていた時とは、まさに真逆だよ。僕は彼女を拒絶し続けたが……遂に折れてしまった。ボク達は子供をなした、彼女は出産した。……そして逝ってしまった、僕を残して……。彼女は謝りつつも悔いはないと言って、僕に子供を託した」


 ミュースの旦那の顔は、未だノイズでよく見えない。

 しかし、悲しみを始めとした様々な感情は、録画であろうともアール達に強く感じさせた。


「だが僕は……そいつを受け入れる事はできなかった。捨てる事もできずに、子供を欲しがっていた農家に預けた。……その後は酒に溺れたり、アテもなく彷徨った」


 親しい誰かに置いていかれる。

 映像を見ていた各々も、胸にそれぞれの想いを抱く。

 偶然か必然か、この映像を見ている者の大半は、同じ様な経験をしていた。


「勿論、酒も忘却も何も解決にはならなかった。僕自身も解っていたよ。だからこそ、農家に預けたエマとの子の……()()()()()()()()()()()、僕は立ち直ったんだ。いい加減に逃げてばかりではダメなんだって」


 言い切るのと同時に、映像の乱れが収まり、喋っている人物の顔がはっきりと現れる。

 ボサっとした黒い髪、眼鏡の奥に強い意思を備えた目を持つ男性。

 アールが感じていた違和感が、綺麗に消え去った。

 小さい頃にほんの数回だけ祖父母から、農家の老夫婦から聞いていた、大切な名前を思い出す。

 父母の名前を、レクターとエマ、アールの両親の名前を。

 遠い記憶の中の朧気な父と、映像に映っている男の顔が重なる。


「ミュースさん、旦那さんの名前って……レクター、ですよね?」

「そうよ。私の夫の名はレクター、地上の人よ。……これは偶然なのかしら? つまりアールは、あの人の息子なのね?」


 一同は目を白黒させている、アール自身も動揺していた。

 録画のレクターはそれに構う事が出来ず、話を進める。


「アールに会って、僕は目標を持てた。……エマの様な人を、少しでも減らすと。そして捻り出せた答えが、鎧を平和的に使って重労働をさせないというものだった。方々を駆け回って未知の技術をもっている集団と接触した。彼らから直接の協力は引き出せなかったが、地下の文明が僕の役に立つとヒントをもらえた」

「未知の集団……? ジョージャウさん、ソルは地上にも進出しているのですか? レクター氏の今の言い様は……」

「わしらは部族によってかなり好き勝手やっておる。地上に出とる奴等がおっても、不思議ではないな」


 エミールの質問にジョージャウは答えるが、エミールの顔は険しいものだった。

 その真意はまだはっきりとはしない。


「そして僕は地下に旅立ち、ソルと接触し今に至るわけだ。……なんか、とんでもなく恥ずかしい事を言わなかったか? やっぱ台本とか作っとくべきだったか……。015-T……グレー、録画終了だ。保存しといてくれ……ぁーこいつ、寝てやがるな? ちゃんと撮れてんだろうな?」


 プツンという音と共に映像は途切れる。

 応接間は静寂に包まれた。

 余りにも多くの、そして予想外の情報までも残して。

 ミュースの旦那であったレクターは、アールの父でもあったという事実に、アール自身もまだ狼狽えるしかなかった

 咳払いをした後に、サチェットが口を開く。


「……アール。師匠は今回ソルの手掛かりか、あわよくば発見でも出来れば、君の名を上げるという目標の一助になると思っていました。ですが君の『名を上げて父親にまで名を知らせる』という目標の前に、諸々の情報を得てしまいましたが……。今は父親に対して、どう思っていますか?」


 アールは答えられない、まだ自身の胸の内に湧くものを整理し切れずにいた。

 見返すのか会いたいのか、顔を見れば解ると思っていたが、予想外の邂逅はアールを混乱させるばかりである。


 しかし、状況はアールを待ってはくれない。

 突如、外から轟音が響いてきた。

 何かが爆発したような耳を(つんざ)く音である。


「なんじゃ今のは!? ……えぇいこんな時に。お前さんらはちょっと待っておれ! わしが確認してくるわい!」


 ジョージャウは皆に待つ様に言い応接間を飛び出す、サチェットもそれについて行った。

 予想外の情報と突然の事態の急変、果たして何が起こっているのか?

グレイの製作者、それはアールの父レクターであった。

同時にアールは自身の出生の経緯を知るが、まだそれを飲み込めない。

そのままに事態は急変を迎え、外では争いの音が響く。

是非次回も御覧下さいますよう、御願い申し上げます。

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