第26話 母親
地下人類との邂逅を果たしたアール達。
族長ジョージャウに案内され、彼の家で様々な事を聞く。
平和的な対話に突如、聞き覚えのある誰かの声が響く。
『鍵』を握る人物によって、アール達は更なる真相へと近付くことになる。
入り口から、張りのある強い声が響いてくる。
何とも聞き慣れた、しかし誰のものか解らない声。
ジョージャウを除いた3人は反射的にグレイを凝視する。
「ぇーっと……やっぱり今の声、私だった?」
「まんま、とまではいかないけど。……うん、やっぱグレイの声だよな。どうなってんだこりゃ」
「少し待っといてくれ。なに、恐らくは直ぐに解るわい」
ジョージャウは席を立ち、家の入り口へと向かう。
無言でサチェットもついて行くが、ジョージャウは首肯でそれを了承する。
直ぐにまた入り口から、グレイの声が響いてきた。
「あの人の作品を持ってる上の人達が来たとか……あらやだ、イケメンじゃない! ていうか本当だったのね。もっと早く呼んでよー」
「……初めまして。私はサチェットと言う者です」
「お客人の前ではしゃぐな。まずはこっちに来て挨拶なさい」
やはり何度聞いても、グレイと同じ様な声である。
ジョージャウとサチェットが応接間に戻ってきた、1人の女性を加えて。
女性は茶色の外套を被ってはいない、普段着の様な格好をした地底人だった。
短く切り揃えられた黒い髪と、整った顔立ちをしている。
応接間に姿を現すや、ペコリと頭を下げて自己紹介を始める。
「はじめまして私はミュース、ジョージャウの娘です。私の夫の作品が、ここに持ち込まれたと聞きまして……」
戸惑いつつも、アール達は簡単な自己紹介をして対応する。
やはりグレイと余りにも似すぎている声だ、当のグレイは黙りこくっている。
お互いの自己紹介の後、ミュースは落ち着きなく話を切り出した。
「それで、あの人の作品というのは……」
「ぇーっと、まさか……。こいつ、グレイの事かな?」
「その通りじゃ、ミュースの旦那だったやつがグレイを作った。……尤も、あんなでかい鎧になるなんぞ、わしは知らんかったがな」
アールはグレイをミュースの前に持ち上げる。
グレイもようやく、ミュースに向かって話しかけた。
「あのー? ……はじめまして? なの、かな?」
自分と同じ声で話しかけられたミュースは、目を大きく見開く。
涙で潤んだ目で、アールとグレイに詰め寄る。
「教えて! あの人はどうなったの!? どこに行ったの!? ……貴方はこれをどこで拾ったの!? あの人は一緒じゃないの!?」
ミュースは突然取り乱し、アールとグレイを交互に見つつ矢継ぎ早に質問をぶつける。
しかしアールもグレイも何も言う事ができない、まるで事態を飲み込めない。
ジョージャウがミュースを宥めつつ、説明を始める。
「ミュースの旦那は……面倒に巻き込まれてな。グレイと一緒に、かつてのわしらの住処から逃げ出したのじゃ。もう何年も昔の事じゃ……。ここに新たな村を作ってからわしらも探したが、手掛かりも何も掴めんでな」
「そう、でしたか……。いや、俺がグレイと初めて会った時は、周りには誰も。……旦那さんの行方は俺にはちょっと」
「私も、喋れる事は破損してないデータだけ……。マスター権限で隔離されてる領域は、手が出せないわ」
アールとグレイは言葉に窮する。
こういった事ならば協力したい気持ちは山々だが、何も情報を提供できない。
不意に、詰め寄っていたミュースの涙が零れ落ち、グレイに一滴落ちる。
「んぁ? あ、これ……。ミュースさんはマスター権限がある、私の中のデータにアクセスできるよ!」
マスター権限、かつてグレイが自己紹介をしようとした時に、グレイ自身も手を出せなかったものである。
グレイに零れ落ちたミュースの涙の情報から、グレイはミュースに権限がある事を読み取った。
「ならもしかしたら、その中に旦那さんの情報もあるかもしれないのか? ……嫁さんに権利を渡しとくとか、粋な事するじゃんか!」
「え? ……マスター、権限? あの人の事を何か知ってるの?」
「まだ解らないけど、ちょっと私に掌を当ててくれる?」
言われてミュースは、躊躇無くグレイに手をつける。
瞬間、グレイの体に一筋の光が走った。
「ぇーっと一応確認ね。ミュースさんは、私のマスター権限領域へのアクセスを認めてくれる?」
「それがあの人に繋がるのね? 勿論良いわ、思うようにして」
これによって、今まで手を出せなかったグレイの持っている情報を知る事ができる。
ミュースの了解に反応してグレイの体を再び光が走る、虹の様な七色の光だった。
「うん……ばっちしアクセスできる。ちょっと整理してから発表するね♪ アール、机の真ん中に私を置いてくれる? よーそろーよーそろー……それじゃ、暫くご歓談よろしくね」
グレイは机の上で置物の様に静かになった。
ミュースが来てからのドタバタから一転、応接間は静まり返る。
ジョージャウに促され、一先ずは全員がグレイを囲んで椅子に座った。
おほんと咳払いをしてから、ジョージャウが話を切り出す。
「いやはや、いきなり妙な事になったが……事は進展しそうじゃな。して、グレイに関してわしらの知っている事を説明する上で、必要になるかもと娘のミュースを呼んだのじゃが」
「なんだかいきなり私が役に立った、みたいね? それにあの人の事も、もしかしたら……」
グレイに関する情報は、アール達も欲している所である。
地下の産物というのは驚きだったが、アール達はすんなりと納得できた
地上では見ないデザイン、所々で違う単語、何より意思を持つという特異性。
地下で放棄されていたのも、ミュースの夫と逃げ出した末の事なのだろう。
製作者に一番身近であった、妻のミュースの情報もまた重要と考えるが、エミールは急な展開に頭を掻く。
「一体何から聞いたものやら……。とりあえずは、グレイと同じ声なのはどういう事なのでしょう? 貴方の夫が作ったというのは解りましたが……」
「夫から何か……。音声なんとかを作るから声のデータが欲しいと、協力した事があるわ。それがグレイだったのね」
グレイの声はミュースが元だった、という訳だ。
ならば同じ声なのも納得か、とアール達は納得した。
エミールは他に何を質問すべきかと、頭を悩ませ茶を飲んでいる。
ジョージャウに満足な質問も済まむ内に、この展開である。
聞きたい事、聞くべき事の整理が追いつかない。
「師匠、一先ずグレイの事は、グレイ自身からの情報を待つべきでは? それを聞いてからの方がスムーズかもしれません」
「そうだな。……まずは貴方方の生活や、獣との関わり等をお聞かせ願えますか?」
サチェットの助言を受けて、エミールはジョージャウに質問する。
ジョージャウは湯飲みを置きつつ、エミールに首肯する。
「解り申した。……まず、我々は自らを『ソル』と呼称する。大昔に、大きな勢力を持っていた者が定めたものじゃ」
「もう老人しかそんな言葉使ってないけどね。普通に人間って言う人のが多いわよ」
「一々要らん事を言うでないわ、わしら以外でもそれなりに使っておるわい」
ジョージャウの説明にミュースが補足、というより茶々を入れる。
どこかで見たような茶々の入れ方に、アール達は親近感を抱く。
エミールは説明を聞きつつメモを取っている。
「まったく。わしらの暮らしぶりは、まあ取り立てて言う事ならば……。お前さんらで言う所の獣かのお? わしらはあれを家畜として、生活の糧を得ておる。」
獣を家畜に、そう言われてもアール達にはピンとこなかった。
獣は凶暴でとても飼えた物ではない。
肉などは味が酷く、鉱石以外のものは全て廃棄処分されている。
どこぞの物好きが飼い慣らそうとした事もあったらしいが、結果は芳しくなかった。
家畜に適しているという要素は、アール達には何も思い浮かばない。
アール達は3人共、困惑の表情を浮かべる。
「まあお前さんらが見知っとる獣では、ピンとこんじゃろうな。……地上に嗾けられておるのは、争いの為に手を加えられたものじゃ。この村にも本来の、大人しく糧をもたらす家畜としての鉱獣……獣がおるぞい」
「鉱獣……それが獣の本来の呼称ですか。我々の呼称と似通っているのは、とても興味深いですね」
アールはグレイがたまに、鉱獣という単語を使っていた事を思い出す。
なるほど地下で作られたのだから、グレイが地下の言葉を使っていたのは納得である。
同時にグレイが使っていた、同じく地上と似たような言葉『鉱鎧』に関しても思い出す。
自然とジョージャウに質問をしていた。
「あの、グレイが自分の事を鉱鎧って言ってたんですけど……。地下にも俺達の鎧みたいなものが、グレイみたいなものが他にもあるんでしょうか?」
「ほぉ、鉱鎧? んー……。ミュースの旦那がそんな事を言っていた気もするが……。グレイの情報を待つかのお」
どうにも要領を得ない返答だが、アールもグレイを待つ事にした。
ここまで来ておいて、今更焦るも何も無いのだから。
「嗾けられておる鉱獣の話とも関わるのじゃが……。わしらのかつての住処は数年前に焼き払われてしまった、その後ここに落ち着いたのじゃよ」
「焼かれた? それは、部族間や村の間での争いですか? もしくは、地上の人々の侵攻?」
エミールの質問にジョージャウは首を横に振る。
どうにもどちらも違うようだ、ジョージャウは溜息を吐きつつ言葉を続ける。
「内部での争いじゃ。前の族長は地上の人々に強硬的な奴でな。わしが族長になってから、過激な者共を率いて住処を荒らし回った。わしらの方が数は多かったが、争う力は無かったので逃げるしかなかったわい」
ジョージャウの話と共に、ミュースは沈痛な面持ちを浮かべる。
その争いの時にグレイの製作者の旦那と、生き別れたのであろうか?
エミールは咳払いをしてから、ミュースに質問する。
「ミュースさん。不躾な質問ですが……。貴方の旦那様は、もしかしてその時に?」
「ミュースでいいわよ。……いいえ、あの人は前の族長がまだ実権を握っていた時に。私は前の住処から逃げてくる時に……子供と生き別れたの、奴等に育てられてるはずよ」
子供との離別、何とも辛い答えが返ってきた。
エミールは返す言葉を探しているようだが、どうにも口篭っている。
見かねて、ジョージャウが助け舟を出した。
「ワシ等ソルは、極力命というものを大事にする。例え袂を分かった間柄でも、ましてや幼い赤子を殺そうとするものはおらん。ミュースの子は、わしの孫のブルックはしっかり生きておるよ」
「ごめんね暗くしちゃって……。あの子はちゃんと生きてるはずだけど、話題になっちゃったりすると、やっぱ、ね。」
エミールは無言のままに頭を下げる。
ミュースは笑みを浮かべつつそれは必要ないと示した。
「そして今話に上がった、前族長が率いる強硬派がのお。わし等と分裂した後こことは別に住み着き、地上に向かってあれこれとちょっかいを掛けておるのじゃ。凶暴な鉱獣も奴等が増やしておる」
「……我々はこの地で、獣と初めて遭遇したのは7年程前ですが、その時も?」
「7年前……。うむ、その時はもうわし等は分かれておったな。ここら一帯で、地上に対して過激なのは奴等だけじゃ。お前さんらとかち合ったのは奴等の鉱獣と見て間違いない」
エミールの質問にジョージャウは淀みなく答える。
つまりは、サチェットの妹フィーレの仇は、過激派のソル達であると。
アールは一瞬、ターレムでの恐ろしい形相のサチェットを想像してしまう。
あの時はサチェットの出生に関してだったが、今回は妹の仇に関してである。
下手をすると更に危うい逆鱗ではないかと。
恐る恐るサチェットを見やる。
しかしサチェットは、いつも通りの凛々しい顔でジョージャウの話を聞いている。
ただし目は鋭く、拳はしっかりと強く握られて。
「アールよ、余りサチェットを見くびってやるな。相手もいないここで取り乱すほど、こいつは弱くはない。」
エミールの発言に、サチェットは首を横に振る。
その瞳は申し訳なさと、強い意思を宿していた。
「……いいえ、私には前科があります。アールが警戒するのは当然の事です。しかしながらアール、私は大丈夫です。力を向ける相手を、もう間違えたりはしません」
アールは軽くサチェットに謝りつつ、取り越し苦労であった事に胸を撫で下ろす。
「悪かった。俺がまだまだ……いや解ってるけどさ、流石にここで大暴れするとは思ってないよ」
サチェットは冷静なままに、心を滾らせている。
ジョージャウとミュースは、話についていけていないが、何となく察し茶を啜っている。
「さて、他に話すべき事は……」
「そうですね。先程話に出た鉱鎧について、ミュースさんは」
「はーい、おまたせー♪ マスター領域の情報整理、だいたい片付いたよ! ……ん? タイミングまずかった? take2いっとく?」
エミールは話しの腰を折られ、グレイをジーっと睨みつける。
グレイは悪気はなかったのだろう、状況を飲み込めておらず、チューブでいじいじとしている。
ジョージャウは少しくつくつと笑った後に、咳払いをして口を開く。
「丁度良かったのお。餅は餅屋に、鉱鎧の話はグレイにしてもらうとしよう」
「あ、そうかグレイが……。グレイ、早速だけどまとめた情報を教えてくれ。出来るだけ、解りやすくな?」
「うん了解。……なら、これが良いのかな? ポチっとな」
瞬間、グレイから応接間の壁に向かって光が照射される。
映写機の様な機能だろう、まだ映像は乱れているが、少しずつ調整されていく。
果たしてマスター領域の情報とは?
グレイはアール達に、何を示すのか?
グレイの製作者、その妻でありマスター権限を持っていたミュース。
彼女の登場によって、グレイの情報が明らかとなった。
地下で作られたものであり、製作者はグレイと共に姿を消したと。
更に、グレイのマスター領域の情報も明らかとなる。
果たしてグレイはアール達に何を語り、何を見せるのか。
是非次回も御覧下さいますよう、御願い申し上げます。




