第25話 対話
アールが語った、奇妙なゴーレムと茶色い人の様な存在。
エミールに連れられ、アール達は隠された階段を発見する。
階段の先で更に門を見つけるが、それが独りでに動き出した。
果たして、門の先に何が待ち受けるのか。
鎧を持ってしても開かなかった門が、独りでに動き出す。
アール達はそれを、ただ固唾を飲んで見ている事しかできなかった。
門の先には、特に変哲もない地下通路が続いている。
戸惑いつつも、エミールが門をくぐろうとすると。
「ちょ、ちょっと待てい。止まれ! 気付いておらんのか!? 目はついておるか!?」
エミールはビクっとしつつ鎧を止める、下から何やら必死な声が聞こえてくる。
覗いてみると足元に人型の、茶色いローブを纏った小柄なものがあたふたとしていた。
「気付いたか? 気付いてくれたな!? ……ふぅーっ、やれやれ死ぬかと思ったわい」
エミールは事態が飲み込めず数歩後ろに下がるが、取り乱さずに会話に応じる。
「……貴方は、地下の人類と考えてよいでしょうか? ここの、この門の内側の人々と?」
「その通りじゃ、よく知って……おや? そのナリで女性なのか? 上の人間は随分見た目と性別が違うのじゃな」
「失礼しました、今は鎧というものを装着しています。……サチェット、一応警戒してくれ」
アールは目を点にして、見守ることしかできずにいた。
エミールはサチェットに警戒を促すと共に、自身の鎧から降り立つ。
鎧から出てきたエミールに地底人は驚いている。
エミールの目の前の地底人は随分小柄であった。
数歩近付いて対話を続行する。
「私はエミールという者です。独自に地下の研究をしておりまして……。参ったな、何を話すべきか。……ここは貴方方の何か、施設への入り口でしょうか?」
「鎧、ほぉ……。いやいや、まずはお互いの友好的な出会いに感謝を。……わしはジョージャウという者じゃ。ここはわしらの大事な場所じゃが……まあ大丈夫そうじゃな。たった3人だけで攻めてくるわけもあるまい」
ジョージャウと名乗った人物は何か安堵している。
相変わらず頭から全身に茶色いローブを纏っていて、様子はよく解らない。
「攻め……? 我々は純粋な興味によってここまで辿り着きました。この先への案内と、色々と情報交換をお願いしても?」
「そのつもりじゃよ。わしも色々と聞いてみたい事がある。案内しましょう、ついてきて下され」
ジョージャウは門の奥へと歩き出す、エミールとサチェットも鎧でその後に続く。
突然の展開についていけないアールだったが、何とか慌ててついていく。
「グレイ……俺は幻覚でも見てるのか? 実は夢か何かだろこれ?」
「アール、貴方は正常よ。……私も信じられないけど、本当に地下に人がいたのよ。しゃっきりしましょう」
ジョージャウの後を暫くついて行くと、巨大な空間に出た。
天井は地下だと言うのに余りに高く、緑が生い茂り、村の様な物が形成されている。
「ここはわしらの住処じゃ。……まあそう驚いて、くれとるのかな? 悪い気分はせんな。ようこそいらっしゃった、お客人として歓迎するぞい」
アール達は思わず絶句した。
余りにも今までの地下での常識と、かけ離れた空間である。
階段の出口は高台の様になっており、眼下には村が広がっていた。
広さや明るさもそうだが、川や地表と変わらない植物も生い茂っている。
村からは炊煙らしきものが立ちこめていた。
遠目から見る建物の造りや材質に差異はあるが、大雑把には地上にある、見知った村と変わらない雰囲気だ。
エミールは鎧から降り立ち、あっちこっちを飛び回っている。
「まずはわしの家まで来ると良い、落ち着いて話をしたいじゃろうしな。その鎧とかのでかい物は……街の入り口で脱いで貰えるか? 皆が驚いてしまう。……こちらで丁重に、絶対に間違いの無いように預かるわい」
ジョージャウは、鎧を脱いで村に入るように言ってくる。
危険であるが、ジョージャウの申し出は必死に請願している様に感じられた。
「……解りました、こちらも腹を括っております。皆もそれで良いな?」
はしゃいでいたエミールは一瞬で元に戻り、ジョージャウの頼みを飲んだ。
アールとサチェットも腹を括る。
こうなれば、なるようになれである。
村の入り口にはジョージャウと同様、茶色いローブを纏った見張りが立っていた。
少し離れた所でジョージャウは立ち止まる。
「話をつけてくるわい、ちょっとここで待っといてくれ。わしらはそんな鎧なんて、初めて見るものが大半じゃからな」
「解りました、ここで待たせて貰います」
エミールは応じつつ、ジョージャウが離れたのを確認して話し始める。
何か思う所があったのだろうか。
「今の所どう思う? 友好的で、そう問題はないと思うが」
「同意見ですが、今の言葉は引っ掛かります。鎧を知らない風でしたが、知っている者もいる感じでした……。あちらにも同様のものがあるのかもしれません」
「頭がパンクしないように踏ん張るので精一杯だよ……。というかグレイは持ち込んでも良いのかな? 確認すべきだよな?」
「私は問題ないでしょ? ……あれ? 問題、あるのかな?」
話しつつジョージャウと見張りを観察していたが、何やら少しやり取りを交わした後に、ジョージャウがこちらに手を振り出した。
どうにも、こっちに来いという感じである。
アール達は話を切り上げ村の入り口へと近付く。
「待たせてすまんのぉ、話はついたぞい。ここに鎧は置いていっとくれ。絶対に危害を加える様なことはせんと約束する」
「解りました、ですが手持ち出来る範囲での武器の携帯は認めて欲しい。流石に無防備になるのは……」
「それは勿論じゃ。鎧以外は自由にしてくれて構わんよ」
ジョージャウに確認し、エミールとサチェットは鎧から降り手持ち出来る武器を装備する。
アールもグレイから出ると共に、ジョージャウに確認する。
「あの……俺の鎧、グレイって言うんですが。……意思があって小さくなる事も出来るんですけど、村に持ち込んでも?」
「何? 意思がある? ……それは、地上で作られたも」
「こんにちは私が鎧のグレイです、私も村に入って良いかしら?」
ジョージャウが聞き終えるよりも早く、グレイは小さくなってジョージャウに話しかけた。
慌ててアールはグレイを抱き上げる。
ジョージャウは表情はよく解らないが、言葉を失くしている。
「えーっとすいません、こいつがグレイで……。こうやって小さくなれるんですよ。絶対に暴れたりはしませんから村に持って入っても」
「なんともなあ、これが因果というものじゃろうか……。持ってきなさい、小さいままでな。これも運命じゃろう」
ジョージャウは途端に様子がおかしくなったが、グレイを持って入れるのなら問題はないかとアールは安堵した。
エミールは2人のやり取りを、訝しみつつ眺めている。
「(今のは……。ならばやはりワシの考え通りか。しかし何故……?)」
ジョージャウに連れられて村へと入っていく、道は整地され固められただけのものだ。
地上の町にあるような送水や送気用のパイプは一切見て取れない。
すっきりとした土と岩の簡易な家々と、緑豊かな町並みである。
アール達は、家々の間や窓から多くの視線を感じた。
しかし敵意は感じられない、興味本位といった風で住民達は珍しい来客を覗いている。
「すまんのお、皆外からの客に興味津々の様子じゃ。まあわしも人の事は言えんが……」
「いえ構いませんよ。……失礼かもしれませんが、ジョージャウさんのその茶色い外套は、衣服でしょうか? ずっと着けていますので」
エミールはジョージャウの、地底人の素顔を見たい様だった。
あちこちから覗いている住民達は僅かにしか顔が見えず、やはりはっきりとは地底人の顔は見えない。
「おぉ、これはすまんかった。いやこれは作業着の様なもんじゃが、外に出る時はわしは常にこれだったのでな。今……」
言いつつジョージャウは、頭に被っているフードの部分を脱ぐ。
顕になった彼の顔は、アール達の目を釘付けにした。
肌は茶色が濃く、素肌は所々鱗のようなものが表面にある。
しかしそれ以外は、アール達が見知っている人々の顔立ちと、そう大差はなかった。
「見苦しいかもしれんと被っておったが……。問題はないようじゃな?」
「はい、むしろ興味深いばかりです。それは鱗でしょうか? 皮膚が変質を……?」
「まあまあ、細かいあれこれはわしの家で。村の真ん中では落ち着かぬでしょう」
ジョージャウは彼の家への案内を急ぐ。
エミールもとりあえずは自らを抑えそれについていく。
「いやー、やっぱ……違うんだなあ。今更というか当たり前……なのかな?」
「そうですね、環境に適応した姿なのでしょう。師匠でなくとも興味を持ちますよ」
「でもやっぱり人間なんだねえ、基本的な所は同じに見えたよ」
アールとサチェットとグレイは忌憚の無い感想を交わす。
少なくとも、嫌悪感を催す外見でない事にはほっとした。
住民達からの視線を受けつつ、ジョージャウの案内に着いて行く。
そう時間を掛けずに、彼の家に到着した。
来るまでに通り過ぎてきた、土と岩の建物とそう大差はない。
椅子と机が並ぶ空間、応接間のような場所に通された。
木製で獣の皮が張られた椅子と、同じく木製の机である。
どこから材料を調達してきたのかと疑問を感じた。
「まあ掛けて下され……。っとこりゃいかん、茶の準備をしてきましょう。外しますが少々お待ち下され」
「いや、お気遣い無……行ってしまったか。まあ待たせて貰うとしようか」
「窺いに行きましょうか? 万が一という事も……」
「やめておけ。取って食うつもりなら色々とおかしい。男らしくどっしりと構えておけ」
窘められサチェットは椅子に座って大人しく待つ、アールもそれに倣って椅子に座った。
エミールは座らず、部屋の調度品等に目を輝かせている。
程なくして、ジョージャウは5人分のお茶を持って戻ってきた。
「お待たせしたのお。地下の茶じゃが……まあ口に合わないという事はないはずじゃ。さて、何から話せばええんじゃろか」
「そうですね、では……」
アール達はそれぞれ簡単な自己紹介を済ませる。
ディガーの生業や、大雑把なここへ来た目的等。
ジョージャウはそれを受けて自身も簡単な自己紹介をする。
「なるほどのお、地下の文明を調べに……。あい解り申した、ではわしの方も。わしはここの族長を担っておる、まとめ役じゃな。わしは地上の人々と友好的な関係を築きたいと思っておるが、お前さんらとなら良い交流ができそうじゃ。色々と聞きたい事もあろう、さて何から話すべきか」
ジョージャウは顎に手を当てて考え出すが、質問を待っている様に見受けられた。
それを受けてエミールが切り出す。
「ではこちらから良いでしょうか? ……サチェット、まずは落ち着いて話を聞けよ? 貴方方は獣を使役している。そう考えて正しいでしょうか?」
アールはビクっとしつつ冷や汗を流す。
これは直接、サチェットと関係のある質問である。
返答によってはサチェットがどういう行動を取るか……アールは恐る恐るサチェットの顔を見た。
サチェットは普段と変わらぬ顔で目を瞑って静かに佇んでいる、瞑想している様にも見える。
冷静さを保てているのか、何とか自身を落ち着かせようとしているのか、判断はつかない。
「獣? 上の人々がよく狩っておる……鉱獣の事かの? あれは、確かにわしらが生み出し色々と便利にしとるもんじゃが、上の人々を襲わせているのは、わしらとはまた別の勢力じゃ。わしらは敵対する意思はこれっぽっちもないぞい」
アールはほっとしつつサチェットを見やる、変わらず静かな佇まいを保っている。
とりあえずは最悪の衝突は避けられたようだ。
「しかし先日、わしらの村に通じる下り通路。お前さんらも通ってきたあれな。……あそこに人が近付かぬ様に岩人形を配置したんじゃが、ちょっと目を話した隙に倒されておってなあ。……全く、無闇には襲わんようにしておったんじゃが、一体どこのどいつが」
「岩人形……。あ、それはこの小僧が。ほらアール、さっさと謝らんか。人様のモノをぶっ壊したのだぞ」
あっさりとエミールはアールを差し出す、アールは顔が引き攣りつつ閉口した。
確かに事実だが、必要に迫られていたし、何より自身の命が掛かっていたのだ。
色々と反論したい所だが、エミールの無言の圧力に曝されて大人しく強者に従う。
「……はい、俺が壊しました。しかし俺も地上に脱出するために仕方なく……というか命掛けでした」
頭を下げつつも言い分は言っておく、これが今出来得る最大限の抵抗であった。
グレイの援護射撃は……無い、どうやらエミールに屈服した様である。
「ほお、お前さんが……やはり鎧の力は強大という事か。しかし何でわざわざ? あの人形は、通路に戻れば襲わんようにしておったのに」
「え? いやあの時は生身で……というか離れても襲ってきたんですが……ん?」
お互いの言い分にどうにも齟齬がある。
アールは、ゴーレムとの事の顛末を説明した。
穴から落っこちて、唯一の帰り道がゴーレムに阻まれていたと、グレイは鎧を使えなかったと。
説明を聞いて、ジョージャウは納得して茶を啜る。
「なるほどのお。あそこの出入りには人形の傍の通路しか道はなかったが、まさか穴から落っこちてくるとは……。更に生身で倒すとはな。そういう事ならば、むしろ命の危機に陥らせたこちら側に非があろう。申し訳無い事をした、どうか許して欲しい」
言いつつジョージャウは頭を下げる。
アールは慌てて、責める意思は無い事を伝えた。
「いや俺の方こそ。ああするしかなかったとは言えゴーレムを壊しちまったのは、本当にすいません……。頭を上げて下さい」
「ありがたや。……では次はわしから聞こうか。お前さんらはその、グレイと呼んでおる鎧を……どこまで知っておるのかね?」
グレイの事を切り出されるが、これはどういう意味の質問なのか?
まるで何か知っているような口ぶりである。
これまで深く考えてこなかったアールでも、察しがついた。
待っていたかのように、エミールが口を開く。
「それはつまり、貴方方はグレイに関して我々よりも多くを知っていると? という事は……」
「ふむ、まあそろそろ着くじゃろうな。説明するに当たって1人呼んどるのじゃが」
「お父さん!? さっきの話は本当なの!? 嘘だったらタダじゃおかないよ!」
2人の話を遮って、威勢の良い声が入り口から響いてきた。
余りにも聞き覚えのある声にアール達は目を丸くする。
この出会いが何をもたらすのか、アール達は運命の渦の中心へと近づいていく。
地下人類との邂逅を果たしたアール達。
平和的な交流を行うも、そこに聞き慣れた声で、新たな何物かが登場する。
一体それは誰の声なのか、その人物は何をもたらすのか。




