第23話 出自
アール達のギルド『タルパズ』その幕開けは、いきなりの波乱であった。
豹変したサチェットは落ち着きを取り戻すものの、その理由をアールはてんで解らない。
全てを話すと告げたサチェット。
一体彼の口から、どんな秘密が明かされるのか……。
昼食の間、サチェットは少し無理をして明るく努めている様だった。
やはり負い目を感じているのだろう。
昼食後、エミールはさっさと部屋に引っ込んでしまった。
「ワシはもう知っておるし、余計な茶々を入れかねん」
邪魔をしたくないという口ぶりである。
単に、他にやる事があって、話に付き合うのが面倒なのかもしれないが。
食後、サチェットは紅茶を淹れてくれた。
アールとグレイはサチェットの話に耳を傾ける。
「まずは最初に、改めて謝罪させて下さい。……先程の事は、本当に申し訳ありません。私が短慮でした」
サチェットはアールに向かって深く頭を下げる、本当に自身の行いを悔いる様に。
几帳面で真面目なサチェットを改めて実感しつつ、アールは慌てて口を開いた。
「さっきのはもういいって、俺もちょっと驚いただけだよ。それよりサチェットの話……本当に話したくない事なら、話さなくても良いぞ?」
「誰でも話したくないってことはあるよ。私は、権限とか破損とかで話したくても話せない事が……ちょっとこれは違うな?」
サチェットは頭を上げるが目を閉じたまま首を横に振る、どうにも決心は固いようだ。
「いえ、私もしっかり自分で考えましたが……私が逃げていた問題でした。これは話しておくべきですし、今の私は話したいと思っています。……少し長くなりますが、お茶のお供と思って下さい」
促され、アールは紅茶に口をつける。
紅茶の知識などはまるで無いが、芳しい香りと澄んだ味は心を落ち着かせてくれた。
サチェットも一口紅茶を口にしてから話をしだす。
既に話すことはまとまっている様だった。
「まずは……私がソーダント出身の元兵士というのは、既に明かしていますね?」
「うん、大掃除の時に自己紹介で。あの時教えられたのは、それだけかな?」
サチェットは少しバツが悪そうにしつつ、話しを続ける。
アールとグレイはじっと耳を傾ける。
「それは事実なのですが、正確に言うと……。私の家は、代々ソーダントで軍人として功を成してきた、貴族家なのです」
「ぁー……。むしろそっちのが驚かないよ。元兵士って言われた時にも、貴族じゃないのかって勘繰ったぐらいだし」
「サチェットは上品過ぎるのよ、荒っぽさとかまるで無いんだもの」
言われて、すんなりとアールは納得する。
サチェットの雰囲気や物腰は、荒くれや粗忽者の多いサークルでは、何とも浮いていたからだ。
大掃除の時に自己紹介されるまで、アールはサチェットを貴族ではないかと勘ぐっていた。
それは勘違いではなかったという事だ。
「私の本名は。……まあ長いのでいいでしょう。スフェルス家のサチェットというものです、スフェルスは家名ですね。昨日の救助ではその家名で申請したのですよ」
「なんでわざわざ家名で? 身分を隠したいなら出さなけりゃ良かったんじゃ……」
身分を隠したいのに家名を出したというのは矛盾している。
何かその必要があったのだろうか?
サチェットは少し困った風に笑みを浮かべる。
「昨日は組合の人手が足りてない様でした、しかしアールの救助は急を要する。……私の家がサークルに、それなりの出資をしているのを思い出しましてね。家名を出せば贔屓にして貰えると……。浅はかでしたが、アールは無事に救助されました。私が身分を隠したい事よりも、そちらの方が重要ですよ」
「そう……いうことかあ。ぁー……。なら俺がとやかく言える事じゃねーな」
アールはエミールとサチェットに、既に大きすぎる貸しがある。
更に昨日の救助も、こうなると逆にアールの方がバツが悪い。
サチェットは軽く首を横に振ってから話を続ける。
「あくまで私の身から出た錆です。アールが助かったのですから、その甲斐もありました。……私がディガーになった理由や成し遂げたい事は、私の出自と関わっています。……長くなりますがどうかお聞き下さい」
紅茶を一口啜り、サチェットは改めてアール達に向き直る。
どうやらここからが本題のようだ。
「私の家……スフェルス家には何人かの使用人がいました。その内の1人に私の幼馴染み、フィーレという女性がいましてね。……彼女とは小さい頃から、兄妹の様に育ちました。とても活発で強い女性でしたよ」
「使用人、メイドさんかな? やっぱ貴族ってすげーな」
貴族は凄い、サチェットはその言葉に僅かに反応した様だった。
しかし、どういう感情かまでは解らなかった。
少し虚しいような、少なくともポジティブなものではなかった。
アールは、また何かまずい事を言ったのか、と思い口を噤んだ。
「私の父、現当主は使用人として働くフィーレに、事有る毎に酷く当たりました。……彼女は仕事もよく出来、私とも仲が良かった。……父が辛く当たる理由が、私には全く解りませんでした」
サチェットは悲しい面持ちであった、アールとグレイは口を挟まず話を聞く。
「理由を聞いても父は何も言いませんでした。納得のできない私は皆に聞いて周り、侍長がようやく話してくれました。……フィーレは私とは腹違いの子で、父にとっては秘しておきたい事だと」
「腹違い……母親が違うってことか。まあ隠しときたい事だろうけど」
サチェットは首を横に振る、変わらず顔は悲しさと虚しさを湛えていた。
「それ以上の事は何も。フィーレ本人にも聞きましたが、母親は終ぞ解りませんでした……。私はそれを知って、彼女を助ける事にしました。行き場がなく毎日ぶたれている彼女を、見過ごす事はできず……。フィーレには事情を明かさぬまま、私は彼女を連れ出しました。そしてどこか落ち着ける場所を求めて彷徨い、サークルに行き着きました。……まだ獣が出る前の、ただの巨大な採掘場でしかなかったサークルに」
サチェットは心底悔やむ様に、拳を握り締め、顔を曇らせ話を続ける。
とても口を挟める雰囲気ではなかった。
「サークルでは多くの人手を求めていました。彼女は料理が得意で……私の趣味が料理なのも彼女に教えてもらったものです。……彼女は食堂で雇ってもらえました。ここに……。まだ食堂だった頃のターレムに」
「ここ……ここ!? え? でももう、ここは……」
「はい、既に潰れています。……紅茶もどうぞ、辛気臭い話だけでは退屈でしょう」
薦められて紅茶を啜る、既に冷めてしまっていた。
サチェットも一口紅茶を口につけ、話を再開する。
「私は彼女の希望もあって、彼女が独り立ちしてから家に戻りました。……まだ家督だ忠誠だのと縛られていて、本当に愚かでした。少し経って、サークルでの異変を聞きました。地下から獣が溢れ出て、人々を襲ったと。……私は自身の勘を否定しつつも、居ても立っても居られず、再びサークルへと向かいました」
初めて獣が出現した時、駐屯していた各国の兵団が駆除に当たったがまるで歯が立たなかった。
現場で使われていた採掘道具が有効と解るまで、それなりに犠牲者が出た。
アールも触り程度だが知っている。
「彼女は、フィーレは……丁度地下へ配達に行っていたと……方々を聞き回って解ったのは、それだけです。遺体も遺品も何も……私が殺したも同然だ」
「それは……いや絶対に違う! サチェットは妹さんを助けようとしただけだろ、それは」
「私がフィーレを連れ出さなければ、少なくとも死なせる事はなかった!! 実家で働いていれば……私が逃げるのではなく、父に立ち向かっていれば! ……いえ、これは既に散々考えを巡らせた事です。話を続けます」
サチェットは一瞬取り乱しかけるが、すぐに落ち着く。
アールも軽はずみな事は口にすべきではないと、再度自身に言い聞かせる。
「事のあらましを知った私は、目に付いた採掘武器を買って地下へ乗り込みました。……目についた獣を全て殺し、遂にはゴーレムとやり合って……達磨にしても倒せないので、途方に暮れてしまいましたよ」
サチェットは自嘲気味に虚しそうに笑う、アールは何も言う事はできない。
「そこに師匠が通りがかりまして、全身血塗れの甲冑でしたので獣と誤認されかけましたよ。……ゴーレムの倒し方からディガーの基礎から、全てを教えて頂きました」
「そりゃあ地下で血塗れの甲冑見たら、びびるわな。……ならサチェットのディガーとしての目的は、妹さんの復讐?」
サチェットは首を横に振る、先程までの虚しさなどは既に消え去っていた。
既に答えは得ているといった面持ちである。
しっかりとした眼差しで自身の目的を言う。
「いいえ、師匠に諭されましてね。……私の目的は、地下の獣とは何なのか? なぜ人間を襲うのか? その究明です。後は原因次第によってその時考えます。私も解らない事を、一先ず棚に上げて割り切っている口ですよ」
サチェットは優しくアールに笑いかける。
自分も解らない事を一先ず割り切っている、似たもの同士だと。
「その後は師匠について回って、ディガーとして活動してきました。地下の研究を進めている師匠に付いていくのが、私の目的とも合っていましたからね。……すこし前にここが、ターレムがどこぞに買われて解体されると聞きました。気付いたら、私が買い取っていました。……復讐心は捨てれても、彼女が居た跡を失くしたくはなかったのです」
「なるほどね。……しっかし、ポンと丸ごと買うってのは、あれ? サチェットの預金殆どなかったよね?」
ひょんな事からサチェットはほら、私も貧乏ですよ、お互い様です等とアールに漏らしていた。
ここを買うのに全て使ってしまったという事だろうか?
「実家にいた頃からの貯えは、鎧や武器の購入資金とここを買い取るのに全て使ってしまいました。勿論悔いはありません。真相を明らかにするまで、家に戻る気もありませんからね」
「なるほどねえ、いや俺よりもよほど立派というか、理解できるもんだよ。……なら俺がスフェルスの名前を言った時の、あれは?」
初めてアールがスフェルスの名を口に出した時。
あの時のサチェットの、殺気や形相は尋常ではなかった。
サチェットが出自を隠しているにせよ、少々不可解である。
「スフェルスは貴族家ですが、軍属としての側面が強いのです。……私をどうにかする為の刺客は、既に放たれていると考えています。……それでもあれは過敏に過ぎましたね。冷静に考えれば、アールが刺客なわけがないと直ぐに解るものでした」
「そういう事か。まあ俺がサチェットをどうこうするってのも、無理だけどな。……本当に喋りにくい事だったろうに、教えてくれてありがとう」
全てを教えてくれたサチェットに頭を下げる。
グレイは、何かぐすぐすとしつつハンカチを濡らしている。
家族愛から始まり、復讐心を昇華させての原因究明。
アールは本心から、それを大事なものだと思った。
「アールが頭を下げることでは……。所詮は、どろどろとした復讐心から始まったものです。まだ獣を憎む気持ちも勿論あります。……獣を全て殺しきるより、こちらの方が現実的と考えて乗り換えただけですよ」
「んじゃ、そういう事にしときますか。……本当にありがとう、これからも宜しくなサチェット」
「えぇ……こちらこそ宜しくお願いします。我らがギルドマスター」
改めてサチェットと握手を交わす、とても貴重で大事な話を聞かせてもらった。
二人は固い握手と共に、お互いの目的を認識し合う。
こうしてアールのギルド「タルパズ」は活動を開始する。
アールは名を上げる為に、サチェットは獣の原因を調べるために。
ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。
※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております
※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず
というわけで……後書きの始まりは『というわけで』が多いな? 便利な言葉ですねこれ
サチェット君の過去が明らかにされました、彼の初登場は第8話、そこそこ長かったのかな?
腹違いの妹を救う為に奔走するが、裏目に出て不幸を起こす、何とも不運なことです
その後は怒りに任せて、獣相手に八つ当たりに近い大立ち回り、最後には倒し方の知らないゴーレムと対峙。
私もひょんな事で自衛隊の方と、あるお遊びでご一緒したこがあるのですが、いやー化け物でしたねほんとうに
体力もキレも何もかんもちょっと意味不明でしたよ、私もその遊びではそれなりに動ける人間なのですが「すげー……すげー」と繰り返す機械になってました
まあこのお話はバトルは添え物な作風ですので、サチェットさんの本領発揮はまた別の機会かな?
是非次回も御覧下さいますよう、御願い申し上げます。




