第22話 結成
ゴーレムを打倒し、自身の目標を定めたアール。
遂に3人でのディガー活動を開始できると思えたが、誰もギルドに入っていなかった。
新規ギルドを立ち上げるべく、3人とグレイは書類と向き合うのだったが…。
アールが組合から書類を受け取ってきてから、何とかベッドに縛りつけた翌日。
朝から協力してギルド登録の書類と戦っていたが、とある項目で手が止まる。
「ギルド代表者名」誰がギルドマスターを務めるかである。
「ギルマスかあ、俺は…2人のどっちかと思ってるけど、どうかな?」
アールはエミールとサチェットの顔を見やるが、2人とも難しい顔をして口を閉じる。
少し思案した後に、2人とも口を開いた。
「ワシは前にも言った通り地下の研究をやっている、それに専念したい…ギルマスなんぞはせんぞ」
「私は…申し訳ありませんが余り目立つ事はしたくないのです、ギルドマスターはできません」
「…え? マジ? それは、ちょっと…予想外だな、てっきり2人のどっちかがなるものとばかり」
3人共押し黙る、カウンターから眺めていたグレイはあたふたとしている。
軽く溜息をついた後にエミールが口を開く。
「アールよ、お前は名を上げたいのではなかったか? ギルマスなぞまさに打って付けではないか、何を遠慮しておる?」
「それは、2人の方が強いし、年上だし…俺でいいのか?」
「私達はアールが長となる事に異論はありません、堂々として下さい」
「ほっ…アール、遠慮することないよ? もうクヨクヨしないんでしょ?」
アールとしてもギルドマスターになった方が自身の名前を広める事に都合が良いとは解っていた。
しかし自分よりも強く年上の2人を差し置いてなって良いものか? という思いがあったが。
どうやらそれは、アールの杞憂だったようだ。
「解った、それじゃ遠慮なく……後はギルドの登録物件と、「ギルド名」かぁ」
「物件はここを登録しておきましょう、ギルド名は…私は特にありませんね」
ギルド名の項目で一旦皆が押し黙る。
何かを命名するというのは重要な事だ、それが大事なものである程考える時間を要する。
こういったものにはセンスや知識が問われるが、アールにはどちらも自信がなかった。
全員が押し黙ったのを確認し、エミールが口を開く。
「それについては一つ、どうせお前らは何も無いだろうと思って考えておいたぞ」
全員の視線がエミールに集まる、心なしか少し得意気である。
エミールは一つ咳払いをしてから、自身の案を披露する。
「『タルパズ』というものだ、意味は敢えて伏せるが、我々に打って付けだ」
「タルパズ? …知らない言葉だな、なんで意味を伏せるんだ?」
「まあいつか知るかもしれんが、悪いものではない、気にするな」
アールは意味は解らないが、響きは良いと思った。
意見を聞こうとサチェットとグレイを見る。
「私は異論ありません、師匠の事ですから、意地悪でしょうがきっと良い意味かと」
「検索したけど出なかったわ…別に良いけど、意味も教えてよー」
2人の意見を聞いて、グレイの相手をしつつエミールは満足気に頷く。
「ふむ、ならば決まりかな? それともギルマスは反対かね?」
「俺も異論ないよ、意味の方はいつか気が向いたら教えてくれ」
こうして大して苦戦する事無くギルド登録種類は書き終わった。
全員で書類を確認してから、アールは組合へ向かう。
「まあ3人共姉さんが担当だ、書類に不備もないしアール1人でも良かろう」
「りょーかい、そんじゃギルマス最初のお仕事に行ってきますかあ」
上層街を組合までひた走る、今からならば昼までには帰ってこれるだろう。
しかしその途中で、アールは見知らぬディガーに絡まれる。
「ぉ? こないだのモグラのガキか…お前、貴族にでもパイプがあんのか? ポンポン救援して貰って良いご身分だよなあ」
「は? ご身分? …ぇーっと、ちょっと何の事だ? どうせなら解る様に言えよ」
敵意を飛ばされるが、言っている事がアールには理解できなかった。
貴族やご身分などと言われても、アールにはピンとこない。
「はあー? とぼけんな、救援出して即大規模に派遣されるなんざ普通はねーんだよ、どこぞのお貴族様に泣きついたんだろ?」
「ぅーん、そうなのか? 俺は救援された側だし依頼なんてした事ねーし…まあ急いでるからまた今度な」
適当にあしらって本来の用事を急ぐ、後ろからまだ罵声が飛んでくるが無視する。
誰かに泣きついたなどと言われても、アールにはそもそも他人との繋がりが殆どないのだ。
その事に関しては反省すると共に少し虚しくなる。
どうせ組合に行くのだから、ついでにレティーに聞いてみようと思った。
「書類の確認は終わりました、今日中にこちらの処理は済むでしょうから、明日から組合の仕事を回せるようになるわよ」
「ありがとうレティーさん、ようやくディガーとして本格的に活動できるよ」
ギルド登録は滞りなく済んだ、思えばここまで長かったものだと感じる。
ボルターの件を経て、サチェットと稽古をしつつモールベア狩りに明け暮れ、予定ではもう少し先にゴーレムに挑んでいただろう。
しかし全くの無駄な回り道ではなかったと思う、特にボルターの件での経験無しにゴーレムに勝てていただろうかと。
「ゴーレムを1人で倒したそうね、そしてギルド長として新たにギルドを作るだなんて…おめでとうアール君、これからも頑張ってね」
「いやそんな…そうですね、うん…これからも頑張ります、改めて宜しくお願いします」
改めてレティーと向き合う。
本格的にディガーとして組合の仕事を受けていく以上、これからはよりお世話になるだろう。
「そういえば…話は変わるんですけど、救援って組合に申請してもすぐには出てもらえないものなんですかね? 人手が足りない時とか…」
「そうねえ…人手が足りてるかで大きく変わるけど、最悪の場合は人を掻き集めてから救援に行ってもらうことになるから、その場合は時間が掛かるわね」
来る途中に絡まれた事を質問してみる、答えは概ね予想通りのものであった。
組合も常に人手が足りてるとは限らない、救援の申請が重なれば途端に人手は不足する。
「なら、昨日俺が救援を受けたんですけど、その時は人手が不足してたんですかね?」
「その件は把握してるけど、昨日は私は非番だったから…ちょっと待っててね、今書類を持ってくるわ」
受付の後ろにある大量のバインダー。
レティーはそこから手際良く一枚の紙を取り出しつつ、何か別の書類にも目を通している。
「これが昨日の申請書ね、申請された時の人手はちょっと不足気味だったようね」
「有難うございます、ぇーっと申請者…スフェルス? 誰だこれ?」
救援の申請書には全く知らない名前が書いてあった、アールには馴染みも見覚えもない。
「これ、誰ですかね? レティーさん知ってます?」
「いいえ、私も…ちょっと待ってね、対応した人そこにいるから話聞いてくるわね」
レティーは申請書を持って席を立ち、少し離れた別の職員に話を聞いている。
幾らかやり取りをした後に、首を傾げつつ戻ってきた。
「うーん…提出したのはサチェットさんのようだけど、誰が記入したのかまでは解らなかったわ…何でも、人手が不足してたから上に回したらそっちが急にバタバタしだして、大急ぎで救助隊が組まれたとか…」
「…ん゛ー? …よく解らないな…いえ、有難うございました、また明日からもお願いします」
不可解な疑問を得て組合を後にする、とりあえず本来の目的のギルドの新設は滞りなく済んだ。
疑問の方はエミールかサチェットに聞けば何か解るだろう。
案外何とも他愛無く、アールに話すまでもなかったような事かもしれない。
「ただいまー、組合の方は終わったよ、ばっちりギルド登録できた」
「おかえりさないアール…そうですか、では明日から本格的に活動開始ですね」
ターレムに戻り見回すが、台所で昼食の準備をしているサチェットしかいない。
エミールとグレイは出掛けたのだろうか?
「師匠でしたらグレイを連れて買出しに出掛けましたよ、何か用でしたか?」
「いやエミールには…いやどっちでも良いんだけど、サチェットはスフェインって人知ってる?」
サチェットの顔が一瞬強張る、が直ぐに元に戻り、昼支度をしつつ首を傾げる。
「スフェイン…いえ、知らない名前ですね…その方がどうかしましたか?」
「そっか、いやその人がさ…ん? なんか違うな? スフェ…スフェ……スフェル? そうかスフェルスだ、スフェルスって人だったよ」
アールは腕を組んでうろうろしつつ申請書の名前を何とか思い出す。
ようやく思い出して振り返ってみると、サチェットはアールを睨んでいた。
今までに見た事の無い顔で、明らかな敵意を伴って。
「ぇーっと…サ、チェット? 俺何かし」
「その名前をどこで知った? 正直に答えろ、無駄な事はするな」
台所を出てアールに詰め寄ってくるサチェット、明らかに様子がおかしい。
「サ…チェット? 一旦、落ち着こう、な? 何が、どうし…」
「大人しく喋れ…抵抗はするな、知っている事を簡潔に教えろ」
初めて見せる顔でサチェットはアールを問い詰める、普段の穏やかで柔らかな物腰は面影もない。
アールは嘘や誤魔化しをすれば取り返しがつかなくなると感じ、少しずつ口を開く。
「組合で…昨日俺が救助された書類の、申請者…そこにスフェルスって名前があって、それは、誰なんだろう、って…」
言われてサチェットは顔をぎょっとさせる、頭を掻き天井を仰ぐ。
既にアールへの威圧は消え去っていた。
「そうでしたか……私も焦って…いや、甘かったという事ですね、しかし…」
サチェットは何か独白しているが、アールにはてんで理解できない。
既にアールは眼中にないといった様子である。
「戻ったぞ、おやアールも……何かあったのか? 喧嘩か?」
「ただいまー、あ! アールおかえりー」
エミールとグレイが買出しから帰ってくるが、エミールはすぐに剣呑な雰囲気に気付く。
サチェットは依然天井を見上げたまま何か呟いている。
「おかえり…その、サチェットが…いや、俺が何か悪い事、したのかな?」
「喧嘩したの? ダメだよー喧嘩は、というかアールとサチェットじゃ喧嘩にならない?」
「どういことだ? …サチェット、何があったか説明しろ…ほれ、しっかりせんか!」
エミールがバシっとサチェットの背中を叩く、上の空でそれなりに強く叩かれるもサチェットはビクともしない。
ようやくサチェットは正気に戻りエミールに気付く。
「おや、師匠…お帰りなさ…ぁーこれですか? いやあ…アールに昨日の救助の申請書を調べられてしまったようでしてね」
「ほぉー…アール、なんでまたそんなもんを調べた? どういう風の吹き回しかね」
サチェットは完全にいつものサチェットに戻っていたが、どこかバツが悪そうである。
アールも落ち着きを取り戻し、エミールに説明する。
「組合に行く途中でディガーに絡まれて、何か昨日の俺の救助が貴族だか御身分だかで泣きついたとか言われて、気になって組合で調べてもらったんだ、レティーさんに」
エミールは説明を聞いて腕を組んで考え込んでいる。
サチェットは神妙な顔で沙汰を待っている風だ、もうアールに敵意を飛ばしたりはしていない。
エミールは軽く頷いてからサチェットに向き直る。
「サチェットよ、お前の昨日の機転は良かったと思う、実際にアールは無事救助されたのだ、それを悔いるのはいかん…午後から暇だろう? アールに全て伝えておけ、これから組んでやっていく以上はお前の事情は伝えておいた方がワシは良いと思う」
サチェットは観念した様に大きく息を吐き出す、アールとグレイは共に事態が飲み込めていなかった。
「アール…先程の態度は本当に申し訳ありません…午後から少しいいでしょうか? 話しておきたい事があります、グレイも一緒に」
「気にしてないよ、ちょっと驚いたけどね、んじゃ飯食ってからしっかり話を聞きますか」
気を取り直しサチェットと共に昼餉の仕度に取り掛かる。
救助の申請書のスフェルスとは一体誰なのか?
サチェットの話とは何なのか? アールに向けた敵意の理由とは?
一人の美丈夫の過去に光が当てられる。
ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。
※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております
※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず
ギルド登録はささっと済みましたが、アール君はなにやらサチェットの逆鱗に触れてしまった様子、もちろん悪気は一切ないのですがね
組合からの地下の救助はもちろん有料ですし人手が常に足りてるわけでもありません
基本は申請の順番に、内容によっては組合の上役が調整しますが…そこはそれ、人が弄くる以上は諸々絡んでくるものです、利害だったり関係だったりで
次回はサチェットの腹の内にスポットが当てられます
是非次回も御覧下さいますよう、御願い申し上げます。




