第2話 命名
不可解な鎧と出会い、そして獣を撃退したアール。
しかし状況は彼を待ってはくれなかった。
相変わらず鎧はアールに向かって、理解に苦しむ言葉をまくし立て彼を困惑させる。
その中の一語にアールは光明を見出すのだが、それが世界にとっても彼にとっても重要な出会いへと繋がる。
獣を撃退し命の危機は去ったものの、アールは途方に暮れていた。
「チュートリアル後ノ設定ニオイテ、言語設定ヲ御勧メ致シマス。本機ハ現在初期化サレタ言語設定ヲ使用シテオリ、コレハ有機生命体ニトッテ、会話ニ支障ハ無イモノノ……」
相変わらず、この変な鎧はよく解らないことを繰り返している。
言葉自体は解るのに、言っている意味が理解できない。
なんとも厄介である、泥酔者の方がすぐに寝てくれる分マシかとさえ思えてくる。
「……ん? 今、言語がどうとか言ったか? それだよ! まずはそれだ、それをやってくれ!」
「言語設定ヲ御希望デスカ? マズハ使用言語ヲ御選ビ下サイ」
スゥーっと目の前に文字のリストが浮かび上がる。
中には見た事さえも無い文字まである。
アールが解るのは、一番上の今使っている言葉のみだった。
どう選んだら? と一瞬悩んだが、勝手にそれに決定された。
「次ニ、言語使用ソフトヲ御選ビ下サイ。……誰ニ喋ラセルカト、御考エ下サイ」
「そうそうそれだよ、もうちょっと人間らしく喋ってくれよ。人間みたいに何というか間とか相槌とか……」
またしてもズラっとリストが並ぶが勝手に減っていく、どうにもこちらの考えを読んでくれている様だ。
結局、ズラっと並んでいたリストはポツンと1つだけになった。
「一択かよ、まあ何も残らないよりは良いのか。これにしてくれ」
「了解シマシタ、言語設定ヲ上書キ中。……暫ク御、待っててね♪」
……相当に参っている様だ。
ついに幻聴まで聞こえてきたのか、とアールは空を仰ぐ、地下ではあるが。
しかもよりにもよって、自分好みの女の子なんて……帰ったらいきつけの酒場「モグラ達の楽園」に駆け込まねばならないとアールは固く誓った。
「はーいお待たせ、言語設定終わったよー♪ 次はどうする? いい加減チュートリアルいっとく?」
まだ幻聴が聞こえている。
初めて獣に襲われて、こんな誰もいない所に落っこちたのだ。
酒場ではなく診療所に行くべきかと、アールは逡巡する。
「はいはい幻聴じゃないですよー。私は今君が纏ってる鉱鎧だよ? しゃっきりしなさい」
「マジ、で……? いきなりこんな、コウチュウ……? つーかお前、女? 鎧に性別なんてあんのか?」
「私を作った人が人向けの言語を私しか入れてなかったのよ。鉱鎧は……君の知識で言う所の鎧ね、勿論性別なんて無いわ」
立て続けの展開に、アールは困惑する。
鎧のまともな知識なんてもってないが、どの鎧もこうなのか? 一択なのか?
なんてこった……いや、ラッキーなのか?
無愛想な男よりは女の子の方が……声も、かわいい。
……ありがとう職人さん、俺たちは良い友達になれる!
心の中でナイスな職人と肩を組みつつ、アールはそれをおくびにも出さず鎧との会話に応じる。
「……了解、んじゃこれから宜しく、でいいのかな? 俺はアール、君は何て呼べばいい?」
「名前? 私の、名前は……検索したけど出ないわね。まだ名前は無いわ、君が付けてくれる?」
「俺が? まあいいけど、ならちょっと鎧から出してくれるか? ちゃんと外から見て考えたい」
鎧は膝を折りつつ、体の前方を開きアールは外に出る。
獣がまだいないかと一瞬怖くなったが、こいつがいるなら大丈夫かと直ぐに落ち着いた。
「ふーん、やっぱ俺が知ってる鎧とはかなり違うな。……君はどこの国の誰に作られたんだ? というか何でこんなとこに捨てられてたんだ?」
「私、は……データが破損してるわね。ごめんなさい、質問に答えられないわ」
まあどこの国のダレソレが作った等を聞いても、浅薄なアールにはやはり解らない。
結局見た目で決めるしかないわけだ。
再び立ち上がった鎧は3.5メートル程。
流線型のフォルムにスラリとしたデザイン、たまに見かける鎧と比べてこいつは小型だと思った。
薄い灰色を基調に、緑色のラインが各部に見て取れる。
武器はもっていない。
「そういやさっきも蹴りだったよなあ、君の武装はどこ? シャベルとかツルハシとか、俺はスコップが良いなあ」
「シャベル? スコップ? ……データに無い名称ね、武器は持ってないわ」
ディガーにもランクという物がある。
鎧を持てば一人前だが、いきなり鎧を買うディガーなぞはいない。
その前にツルハシやスコップ等、何か一つは武器を買うものだ。
それで更に稼いで鎧を目指す、というのが常套だ。
生身の人用と鎧用の武器は大きさに差はあるが流用はできる。
武器を買わずに鎧だけを買う、なんて事は貴族の道楽でもまずありえない。
「持ってないだけじゃなく知らないとかどういうこった? ……まあ今は良いか、いい加減名前を決めよう」
しかし名前を付けるなんて事、アールには初めてである。
これから長い付き合いになるだろうし、変な名前はつけたくもない。
鎧の回りを1回りしつつ考え、再度正面に立ってから命名する。
「よし、君はこれからグレイだ。灰色ってのは渋くて良いよね! ……女の子っぽい名前のが良かった?」
「性別は無いって言ったでしょ。グレイね、了解したわ。これから宜しくねアール」
受け入れてくれた事にホっとする。
思えばサークルに来てから、酒場か地下にしか縁のなかったアール。
こういった事は新鮮な事に思えた。
そしてホっとした拍子に、色々な事を思い出した。
「……待て、待て待て……今何時何分だ? 休憩時間、飯……違う、獣だ!」
こんな所で獣が出るなどあってはならない。
鎧も武器も持ってない大勢の作業員が、近くで作業しているのだから。
直ぐに皆や上層の組合に知らせに行かなくては、甚大な被害が出かねない。
「グレイ! あの獣、あれを持ったまま移動できるか!?」
「鉱獣ね。今の残りだと……持ったままなら30分動けるわ」
30分……落ちてきた穴までは解らないが、元いた搬出用通路からはあと10分位で上層だった。
獣を持っていても、鎧ならそう遅くはならないだろう。
モグラのアールの言葉では信用して貰えるかは怪しい。
現物の獣を持っていかなくてはならない。
「獣を持って移動したい、というか俺に操縦させてくれるか!?」
「マニュアル操縦ね。間に合わせで良いなら……設定OK、乗り込めばアールが動かせるよ」
同時に、グレイは乗り易い様に膝をついてくれる。
軽くうなづいてからアールはグレイの中に入った。
「ぉ……ぉぉ、お? 本当に動かせる。つーかこんな、自分の体を動かすのと同じ? 凄いなグレイ」
「それはアリガト♪ ほら急ぐんでしょ? 早く獣を」
グレイが仕留めた獣に駆け寄る。
頭は陥没し血を流している、特に変哲もない赤い血である。
「ぁ! アール、その鉱石! それだけ取って右足のポケットに入れといてくれる?」
「それって……ぁーこれか。いいけどこれが何なんだ? 金にするなら丸ごと預けるだけで……」
「んー……一応ね。ちょっと不安だから、お願いね♪」
獣の背中に生えている鉱石。
その一部分にマークが出てくる、ご丁寧にハートマークも添えて。
もぎ取る様に引っ張ると、手頃な大きさの緑の鉱石が採取できた。
「これが、獣の。……凄いな、初めて自分で、取れちまったよ。へぇ……」
「おめでとうアール、きっと思い出の品になるよ」
獣を背負ってから上を目指す。
苦労するかと思ったが、グレイのお陰かヒョイヒョイと上に駆け上がれる。
「凄い。……これが鎧。まるで鳥か獣にでもなったみたいだ。……高いわけだ」
「ベタ褒めだなあ。そんな褒めても……ぁー水切れてるから水も出せないわ」
水が切れてる……?
なら蒸気機関は動いていないはずだが、ならばグレイは今どうやって動いてるんだ?
一瞬、疑問がもたげる。
しかし今は、獣の出現を知らせにいかなければならない。
一旦この疑問は、頭の隅に追いやることにした。
あっという間に元いた搬出用通路に戻ってきた。
まずは上層まで急がなければ。
仕留めた獣を背負ったまま、全速力で坂道を走る。
4メートル程の獣を背負ってこんなに早く、アールは走りながらも感嘆した。
しかし頭を振って集中し直す。
自分の行動次第に、大勢の人の命が左右されているのだから。
ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。
※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております
※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず
はい、という訳で、ロボット音声好きの方々には深く深くお詫び申し上げます
そして言い訳をさせて下さいませ、後生ですから・・・
まずロボット音声の表記、私がかってにこうしてるだけですが、カタカナ表記ハ書クノモ読ムノモ疲レルンデス
書く(入力)が面倒なのは私が勝手に苦労すれば良いだけの話ですが、読みにくいってのは読み物としては致命的、でもロボット音声だったらカタカナじゃね?と頭の固い作者の悪い所です
そして、私が先に連載しておりました作品、ゴッツゴツのシリアスで女の子のおの字さえもない男5人の泥臭い話だったのですよ、勿論私はノリノリで好きで書いてましたが、今も書いてますが
それでも女の子出したい、女の子も使いたいと欲求は高まり、今回の作品で晴れてヒロイン?が登場ってわけです
いや異世界もので女の子も出ない作品なんて存在しないとは思いますしね?まあ性別のない鎧ですけど・・・問題なの中身ですよね?
というわけでグレイちゃんが出てくるのはこの世の必然であったのです、今後はアール君を導いたり叱ったりデレたり?ヒロインらしい活躍をしてくれるものと私は信じております
そしてアール君は獣の出現を報告しに町へ!
まあ獣もっていかないと信じてもらえないってあたりは、彼がサークルにきて2年間下っ端仕事でモグラと下に見られてきた表れでもあります
彼がもっと上を向いて歩けるようになるのはもう少し時間と経験と環境が必要です、それまで暫し御待ちくだされば幸いです