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第19話 試練 《中編》

フロッグバットの群れに追いやられ、大穴へと身を投じたアール。

生還すべく地下を彷徨うが、心身共に困窮する。

止む無く休息を取るのだが、そこで奇妙な夢を見る事になる。

 どこまで落ちていくのかなど、初めから頭には無かった。

 ただ、あの状況ではこうするのが一番だと直感で思いついただけだった。


 暗闇の中を落ちていく、上も下も無く、落ちているのか昇っているのかさえもあやふやだった。

 だが天に昇るような感覚は、唐突に現実で塗り潰された。


「ゴボゥッ…げー! っぺっぺ…うぇ、少し飲んだ……砂、かあ」

「……っはぁー! 死ぬかと思ったわ…機械だけど」


 アールとグレイは柔らかな砂地に落っこちた、上を見上げればそこまでの高さではなかったようだ。

 とは言え、流石に登って戻るのは不可能だし出来たとしても蛙達がいる、別の道を探すしかない。


 アールは周りに何匹かフロッグバットがもぞもぞと動いているのに気付いた。

 アールに蹴られ一緒に落ちてきたのだろう、群れから離れたせいで好戦性はすっかり失っている。

 上からもフロッグバットの群れは追ってこない、飛べるとはいえ本物の蝙蝠程自由には飛べない、穴に落ちるのは御免なのだろう。


「ぼけっとしてらんないな、いつまた群れが来るかも解らない、出発しよう」

「それが良いわね、口濯いどく? 水だけはたっぷりあるよ」


 腐食液で破れたリュックを何とか繕い、グレイを入れて先を急ぐ。

 一面に柔らかな砂地が広がった空間、薄暗い地下をアテもなく彷徨う。

 つい先程まではしつこく追ってきていた蛙達は、見失ったのか鳴き声も聞こえなくなった。


「蛙がこないのは嬉しいけど、道も方向も解んないってのはなあ…」

「まあまあ何とかなるって、焦らず行きましょうよ」


 グレイに励まされつつアールは地下を行く、極力今は戦闘を避けたいのでおっかなびっくりと。

 とは言え、蛙から逃げて穴に落ちて更に彷徨い、すんなり地上へ帰れるわけもなかった。


「…なーんか、同じ所をぐるぐるしてるような…平坦な砂地だよなここ? 少しずつ下り坂とかなってないか?…」

「大丈夫よアール、ぐるぐるなんてしてないって…多分」


 一旦休憩を挟むべきか? そもそも闇雲に動き回るのがまずいのか?

 砂地の移動は足をとられる、容赦なく体力を奪っていく。

 疲れと焦りからか考えがまとまらない、自身が冷静なのか焦っているのかも解らなくなる。


「だーめだ、一旦休もう…そこの窪みに身を隠せば、蛙共が来ても直ぐにはばれないだろう」

「そうね、休憩も必要よ…何かあったら私が起こしてあげるから、安心して眠ると良いわ」


 壁際の窪みの中に入り込む、ここにも砂が入り込んでいるが、寝るにはこちらの方が好都合だろう。

 手早く補給を済ませて、砂の上で寝転ぶ。

 心身共に参っていたアールは直ぐに眠りについた。


 夢の中、アールは何かに追われていた、訳も解らずに逃げるアール。

 最初はそれをフロッグバットだと思い込んでいたが、どうにも様子がおかしい。


「…ってぇー…待…っ!」


 追ってきているものは、何か叫んでいる。

 蛙が喋るはずもない、そもそも大きさが蛙ではない、ならあれはなんだ?


 疑問に思い、逃げるのを止めてそれに近付き正体を確かめる。

 黒い真っ黒な人間大の塊、だがアールはこれが何なのか直ぐに解った。


「ようやく止まったか…いい加減、逃げてばっかは止めろよな」


 それはアールが胸の内に抱え込んでいた「目標」だった、向き合った途端、それは真っ黒に塗り潰されたアールになった。


「俺? …なんで俺が追ってくるんだよ? 紛らわしいことすんなよな、まったく…」

「お前がいつまで経っても逃げてばっかりで向き合おうとしないから追う事になったんだよ、ちゃんと自分の「目標」と向き合えっての」


 向き合う? アールは今まで何度も「目標」を悩んできた。

 だが答えはでなかったのだ、決して逃げていたつもりなどは無い。


 何かに衝き動かされるようにアールは「目標」と言い争いを始める。

 何としてでも言い負かさないといけないような感情が芽生えていた。


「お前みたいなもんが俺の目標なわけあるか! 俺にはもっと素晴らしい目標があるはずだ、さっさと俺の中から出て行け!」

「いやいや、俺を悪いもんだと決めつけようとしてるのはお前だけだぞ? 周りの人に聞いたりしたのか? …いつだってそうしてきただろ?」


 解らない時や行き詰った時は、いつも誰かに教えを受けてきた。

 それを恥だとか情けないと思った事はない、素直に解らない事は解らないと聞ける事は自身の長所の一つだとも思っていた。


 だが今回はそれはできなかった、何度かやろうとしたが躊躇ってしまった。

 こんなものが自身の目標なのか? と他人に聞けば、軽蔑や侮蔑を受けるのではないかと怖れたからだ。


「そんな事聞くまでも無い! お前みたいなのは悪いに決まってる、お前が良い目標だってんなら俺と言い争いなんてするもんか!」

「悪い目標だってんなら、何で俺がいつまでもお前の中から消えない? …お前は真っ当な善悪の判断はできている、俺が消えないのはお前が本心では俺みたいな目標も有りだと思ってるからだ…本当に俺を悪いものと思ってたら、俺はとっくに綺麗さっぱり消えてるよ」


 本心では、悪い願いだとは思っていない?

 そんな事は無いと否定したいが、口が開かない。

 アールは口篭る、否定したい気持ちと認めるべきか? という気持ちが自身の中で鬩ぎ合う。


「丁度良い、解りやすい様にそれを量れば良いじゃないか、ちょっと動くなよ」


「目標」はアールの胸に手を突っ込み、アールの中で鬩ぎ合っている気持ちを両手にそれぞれ摘み出した。

 合わせて出現した黄金の天秤、摘み出したアールの気持ちが天秤に乗せられる。


 天秤は揺れている、少しずつ揺れ幅が小さくなっていき少しずつ答えに近づいていく、アールはそこから目が離せなかった。

 だが天秤が定まる前に、誰かが夢から起こしてしまった。


「…!……ール、起き…アール!?」

「ぁー…おはようグレイ…どれくらい寝てた?」


 グレイはチューブでペシペシと叩いてアールを起こしてくれた…何か大事な夢を見ていた様な気もするが、既にアールの頭の中には残っていない。


「3時間位眠ってたわ、それよりなんか音がするの、静かに外を見て」

「外? …確かに、なんかごつい音がしてるな」


 寝ぼけ頭にも響いてくる重く鈍い音、顔半分だけを窪みから覗かせ辺りを窺う。

 少し離れた所を巨大な人型…ゴーレムが歩いていた、ウロウロせずにどこかを目指している様子だ。


「ゴーレムだ、どこかに向かってる…勘だけど、あれについていったら何か手掛かりが見つかるかも」

「アールの好きにすると良いよ、でも危なくなったらちゃんと逃げるのよ?」


 グレイの忠告を聞きつつゴーレムの後をつける、やはりどこかを目指して移動している様子だ。

 後をつけると、長い時間彷徨って見つからなかった砂地から抜け出る通路に、ゴーレムは簡単に行き着いた。

 やはりこのゴーレムは何か道を知っている様だ。


 ふと、アールはゴーレムが肩に何かを乗せているのに気付く。

 人間大の大きさで、茶色い土の色の何かが乗っている。


「グレイ、あれ何だと思う? ゴーレムの武器? 別の獣?」

「んー……解んない、獣が獣を乗せたりするのかな? 喧嘩とかはしないらしいけど」


 茶色いものは特に動いたりはせずゴーレムの肩に乗ったままである、生物かも解らない。

 考えても解らないので一先ずは無視してゴーレムの尾行に集中する、バレたら逃げるしかアールには手はないのだから。


 そのまま20分程後をつけただろうか、ゴーレムは開けた空間で停止した。

 来た方向とは逆側の通路を塞ぐように立ちはだかっている。


「ここの部屋の通路は…来た道とあいつの後ろだけか、さてどうしたもんか…ん?」


 停止したゴーレムから茶色い人間大のものが地面に降りた。

 全身を茶色いローブで覆っておりよく解らないが、人の様に動いている。


「どうなってんだ? 人が獣に…? やっぱあれは獣か?」

「人型の獣もいるらしいけど、ゴーレムの肩に乗る奴なんて私も知らないわ」


 茶色い人型はゴーレムから離れ、死角の岩の裏へと行ってしまった。


「あれを追おう、ゴーレムが止まった以上はそれしかない」

「慎重にねアール、正体が解らないものってのは危険よ」


 それはグレイも同じなのだが、というツッコミは飲み込んで岩の裏に回る。

 が、そこには影も形もない、人どころか獣さえも生物さえもいなかった。


「消えた? …穴とかも無いし、どうなってんだこりゃ」


 不可解な状況にアールは頭を掻くが、状況は待ってはくれない。

 部屋の中央で停止していたゴーレムがこちらを睨みつけていた。


「アール! アール!! ゴームレこっち見てる、ばれてるって!」

「……嘘だろ…? マジかよ!?」


 剣を抜き後ずさりつつもゴーレムに向かって構える、だがゴーレムは動かない。

 しっかりとアール達を見据えているが襲っては来なかった。


「…なんだ? あいつ動かないぞ? 動けないのか?」

「さっきまで普通に歩いてたでしょ? 動けないってことは…」


 一先ずは距離を取り様子を見る、しかしやはり睨みつけてくるだけだ。

 吠えもしないし襲ってもこない。


「このまま後ろの通路も素通りさせては…ぁー、それはダメですよねやっぱ」


 ゴーレムの後ろの通路、そちらに近付こうとすると岩の剣をもたげ向き直ってくる。

 どうやら一定以上近付くと襲ってくるようだ、素通りは諦める。


「とは言ってもなあ…グレイ、ここまでの道で横道とかあったっけ?」

「ゴーレムを追ってる間は一本道だったわね、砂の所までまた戻る?」


 穴から落ちてきた砂の広がった場所。

 それなりの時間彷徨ったが、ゴーレムを追って通った道以外には他の道は見当たらなかった。


「どうにも、こいつの後ろにしか道はないっぽいな」

「まさかやるの? まだ少しゴーレムは早いって…」


 ゴーレムが襲ってこないのならば、救助が来るまで待機という案もある。

 だがいつまた蛙の群れが押し寄せてくるかも解らない。

 今は休憩も取って体力もある、好機を逃す事になるとアールは考えた。


「どうせやるなら疲れきっちまう前だ、ゴーレムのやり方はもう教わった…後は実践あるのみだ」

「う゛ーん…仕方ないわね、でも危なくなったら逃げるのよ? 離れれば大人しくなるかもだし」


 荷物を置きゴーレムに近付く、やられるにしてもグレイを巻き込みたくはない。

 鈍い銀の剣一本を構えて、アールはゴーレムの前に進み出る。


「ヴォォ…グ、ヴォオオオオ!」


 敵意を伴ってゴーレムがアールに吠え、岩の剣を振りかぶり大きく振るう。


「っ! …んのぉっ!!」


 大きな横振りを剣でいなしつつ何とか凌ぐ、だが一撃で両手は痺れ体も引っ張られる。


「こんなもん、まともに受けてられるか! いなすのはダメだ」


 ゴーレムは返す刀で袈裟気味に剣を振るう、横に飛び退きつつ回避する。

 同時に背中に回りこもうとするが、それは阻まれた。


「!? …っぬぁあ!?」


 ()()()()()()

 背中に回り込もうとしたアールは、袈裟斬りの勢いのままに振るわれたゴーレムの足で蹴り出された。

 咄嗟に剣で受けるも、衝撃は全身を駆け巡る。

 堪らず、蹴りの勢いに逆らわず距離を取る。


「アール!? 大丈夫!? 一旦逃げて…」

「…あ゛ー、こりゃやっぱ強いわ…でもこいつは」


 先程まではゴーレムが襲って来なかった距離まで一旦離れる。

 しかし案の定、ゴーレムは大人しく戻ってはくれなかった。


「こうなりゃ腹括るしかないな…どうせもうじき挑む事になってたんだ、ここで仕留めてやる」

「危なくなったら逃げてね? 最悪、アールだけでもあの道に逃げれば…」


 遠目にチラっとゴーレムの背後の道を見やる、何かが通路の前に林立している。

 走り抜けようと飛び込めばもたつきそうだ。


「どうにもそれも無理っぽいな…もうやるしかない」

「ハァー…何か、何かないか…何か役立つものは…」


 グレイは必死にリュックの中を漁っているが、戦闘の役に立つものは握っている一振りの剣だけだと、アールはよく解っている。


 覚悟を決めてアールはゴーレムと向かい合う。

 誰もいない地下の奥深くで、アールの試練が始まった。

己の中の「目標」と相対したアール、だが明確な答えは得られなかった。

有耶無耶の内に奇妙なゴーレムと謎の人型を追い、遂にはゴーレムとの一騎打ちへと身を投じる。

果たして、青年は試練に打ち勝ち、英雄としての階段を登るのか?

はたまた、力及ばず、暗い地下の片隅で凡骨として敗れ去るのか?

是非次回も御覧下さいますよう、御願い申し上げます。

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