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第18話 試練 《前編》

着実に力をつけるアールだったが、定まらない目標は段々と重く圧し掛かる。

ある日、エミールが地下へ行く所用ができ3人で地下へと潜る。

いつもの地下潜りと考えていたが、3人は奇妙な事態に見舞われる。

 中層 未探索領域


 今日は珍しくエミールも一緒に3人で地下に降りる、中層の未探索領域を見て回りたいとの事だ。

 グレイはまだ修復中だが、1人でターレムに置いてくる訳にも行かなかったのでアールが背負って連れてきている。


「ふむ…丁度ここだな、アールが拘束されてて私が拾ったのは、あそこの行き止まりの先が通路になってる」

「ここ、ですか? …ぁ、ほんとだ、この先見えないように曲がってるのか」


 組合は地下の情報を広く集めているが、先日のボルターの事件で頭を抱える事態に陥っていた。

 滅茶苦茶に広がってしまった中層の細かな情報は需要が高いのだが「故意に間違った情報を組合に持ち込む」等という輩がいる事が発覚したからだ。


 故に、組合は信頼出来るディガーからの確かな情報を欲し、組合職員であるレティーの妹のエミールにも白羽の矢が立ったという事である。


「解りにくいねえここ、地下ってたまに妙に不親切だよねえー」

「貴族共が掘った所が巨大な空間に繋がりそこから獣が出現したという、人が掘ったものではないなら当然ワシらに親切なわけもあるまい」


 グレイはアールの背中の荷物から頭? を出している、修復中だが少し喋る程度は負担ではないらしい。

 アールとサチェットは今日はエミールの護衛、という名目でやはりモールベアを狩ろうと思っている。


「ここだな、お前が縛られて気を失っていたのは…私が鎧で来ていなかったら、お前は近付いてきたものが鎧と気付かず死んでいたかもな」

「心臓に悪いんで、そういう話は止めましょうよ」

「脅しが過ぎますよ師匠、そしてこの道は…下りが続いていますね、このまま行きますか?」


 先日の事件でコルトが作成した地図は、V字に曲がっている場所を行き止まりに改竄したものだった。

 曲がり角の先にアールを放置し、行き止まりと書かれている嘘の地図で人が近付かないようにしていたのだ。


「続いているなら先までの情報も欲しいとの事だ、私が先導するが雑魚がでたらアールに狩らせるぞ」

「だってさアール、しっかり稼いで帰ろうね」


 エミールの鎧は、中型の鎧を探索に特化させたものだ。

 全方位への照明や大容量の積載スペースの確保等の改造が施されている。

 今回も組合からの報酬や補償が確約されているので持ち込んでいる。


「モールベアなら良いけど、他が出たらサチェットも手伝ってくれよ? 他はまだフロッグバットしか相手した事無いからさ」

「手助けが必要な時はすぐに手を貸しますよ、心配は不要です」


 フロッグバット、蛙の顔と脚を持つ30センチメートル程の蝙蝠である。

 数匹程度では危険ではないが口や体からは腐食性の粘液を出し、この粘液は様々な物を溶かし脆くするために鎧とも非常に相性が悪い。

 数を増すごとに凶暴性を増し稀に大量に群れて行動する、群れとの遭遇はとても厄介極まる。

 持っている鉱石は小さく骨に埋まっており摘出も面倒なので狩りの対象にはならない。


 ここ数日のモールベア狩りでも何度か遭遇しているが、追い払うのみで狩ってもいない。

 全ての獣が狩りの対象に成り得る宝箱、というわけでもないのだ。


「そういえばアール、目標は見つかったのか? まだゴーレムには早いとも思うが」

「そっちの方は、まだちょっと見つかってなくて…考えてはいるんですが」


 エミールが先頭を行きつつアールに問い掛ける。

 ゴーレムに挑む前に目標を定める、必須という訳ではないが迷いを持ったまま危険な戦いに身を投じるのはアールも危険だと思っている。


「私が問い掛けておいて何だが、そこまで思い詰めるなよ、別にディガーになる事自体が目標だったとしても笑いもしないし否定するつもりもないさ」


 アールはまだ自身の胸の中にあるものと決着をつけれずにいた。

 これを自分の目標と認める事も一時の気の迷いと捨て去る事も出来ずに、心の片隅に追いやりつつも段々と成長していっている様だった。


「いずれ自ずと定まってくるものでしょう…ゴーレムの対処法を教えておきましょう、まだ少し早いですが聞いておいて損はありませんよ」


 悩みが顔に出ていたのか、サチェットが肩を叩きつつ話しかけてくる。

 気分転換の話題換えが獣の対処法というのは実にサチェットらしい。


「…そうだな、早めに聞いといて損はないだろうし、宜しく頼むよ」

「それが良いでしょう…ゴーレムは岩や土の武器を持っています、剣や棍棒ですね、基本的にはこれらを用いての殴打ですが技量は高くありません、しかし質量任せの攻撃を生身で受けるのは得策ではありませんので基本的には回避が良いでしょう」


 ゴーレムとの戦い、あの時はグレイの鎧とボルターのツルハシがあった。

 鎧であってもゴーレムの攻撃はけっこうな重みがあり、ガード無しで受ければダメージを負うのは経験している。


「ゴーレムの弱点は核となっている鉱石です、殆どのゴーレムは腹にダミーの核があり、これを狙おうとすると閃光を発し目潰しを仕掛けてきますので注意を、本物の核は背中側のどこかに隠れています、これをしっかりと攻撃すればそれでゴーレムは倒せますよ」

「ぁー、あの時の真っ白のやつねー、あれには私も参ったわー」

「背中に本物…でも隠れてるんだよね? 見分け方は? というかどうやって背中を狙えば?」


 サチェットは少し思案する、サチェットにしては珍しいことだ。


「見分け方は、経験としか…核の上の所が少しだけ盛り上がっていますのでそこを探しなさい、背中はゴーレムの大振りを避けつつ回りこむのが良いでしょう、複数人であれば役回りを決めて叩けば難しくない獣です」

「役回りか、まあ俺1人でやるならしっかり隙を見て背中に回るしかないか」

「目潰しさえ食らわなければ余裕ね! 私のカメラは…目蓋でも作ろうかしら」


 攻撃はまともに受けずに、大振りを回避して背中を狙う。

 聞いてみればそこまで難しくもなさそうだとアールは感じた。


「とはいえ巨体からの攻撃をまともに受ければ危険です、逆方向へ飛びつつ受ければ多少マシになりますが、壁等にぶつけられて大怪我を負う事もあります、戦う場所に注意を・・・」

「お前達、少し静かにしろ・・・何か聞こえてこないか? 生身のお前達の方がよく聞こえるだろう」


 エミールが警戒を発する、アールとサチェットは前方に聞き耳を立てるが何も聞こえない。

 薄暗いゆるやかな下り坂が続いているのみである。


「…ん? あれ? …ちょ、ちょっと!? 後ろから変なの聞こえてくるわよ!?」


 アールに背負われているグレイが後方の異常を伝えてくる。

 目を凝らしても何も見えないが、確かに妙な音が聞こえてくる。


 ゲゴゲゴ・・・グワッグワッゲコゲゴ


「蛙…フロッグバットですね、一匹では無さそうですが、数匹程度なら近付いてきても追い払うだけで…」

「なんだよ驚かせやがって、ちょっと蹴り飛ば」


 ゲゴゲコグォーグワッゲコゲコグブワーグブワーゲゴゲコグワッ


「…なあ? これちょっとやばくないか? 多いんじゃないか?」

「数匹では済みそうにないですね、先を急ぎましょう、追いつかれると厄介です」


 少しずつ音の元が迫って来ていると共に喧しさを増している、群れに飲み込まれれば危険である。

 アール達は危険を避けるために下り坂を急ぐ事にした。


 グブォーグブォーゲコゲコグワッグワッゲコゲコグブァー


「どういうことだ? あっちからも聞こえてくるぞ? ワシもこんな事は初めてだ」

「エミールさんも初めてって、ど、どうすれば?」


 下り坂を降りきって広い空間に出るが、先程とは別方向からも大量の蛙の鳴き声が聞こえてくる。

 まるでアール達を追い立てるように。


「蛙の腐食液…修復中の私が浴びるのはまずいかも、布被っとくね」

「群れに飲まれては危険です…こちらからは聞こえてきません、急ぎましょう」


 サチェットに促され蛙の気配の無い方を目指す。

 しかしここは未探索の領域、地図も無しに闇雲に逃げるように動くのは精神的にも追い詰められる。


「…聞こえてこなくなったな、どうやら振り切ったか? 一体アレはなんだったのか」

「まずは帰り道を探しましょうよ、また来るかもしれませんし」


 暫く蛙の鳴き声の無い方へ逃げ続けた一行、漸く喧しい鳴き声は止んだが完全に迷子になっていた。

 まだ疲弊してもいないがいつまた蛙の群れが迫ってくるかも解らない、手遅れになる前に帰路を探す必要がある。


「待て、先に何かおるぞ? …ゴーレムだな」

「今は相手にしている暇はありません、迂回しましょう」


 開けた地形の先にゴーレムが座っている、当然今は狩っている時間等はない。

 ゴーレムはこちらに気付いていないが、きょろきょろとどこか忙しない。

 気付かれないように迂回し別の道を探す。


「これって…まさか、あれの後ろにしか道がない?」

「出来すぎた地形だが、どうにもそのようだ、倒して通るしかないな」


 グルっと壁伝いに周ってきたがゴーレムの側面に出た、逆側はどうだか解らないがこれ以上時間を掛けたくもない。

 もたついていればここにも蛙の群れが迫って来かねない。

 3人でさっさと役割を決めて、急遽ゴーレム狩りを始める。


「では行くぞ、遅れるなよ?」

「師匠も無理をしないように、行きますよアール」

「了解、俺にとっては良い予行になるよ」


 鎧のエミールを囮役にサチェットが背中を突きアールは万が一に備えつつ周囲を警戒、単純だが効率的な作戦とは得てして単純なものである。

 エミールが進み出てゴーレムと対峙する。


「……ゥボォ、グゥバァ…ヴブァア!」


 ゴーレムがエミールと向き合ったのを確認し、アールとサチェットは起伏で視線を切りつつ回り込む。

 流石に今は時間的余裕もない、サチェットはアールに構わずに全力で距離を詰めてゴーレムの背後を目指す。


「グババァバヴァ! ヴァーブァー!」

「攻撃くらい黙ってやれって、っのぉ!」


 岩の棍棒の一撃をエミールは短剣で危なげなく受ける。

 しっかりと受け切って拮抗させゴーレムの動きを止めた。


「流石は師匠ですね、では私も!」


 サチェットはゴーレムの背後に回り込みつつ背中を凝視し、間髪入れずに槍を突き立てた。

 核をやられたゴーレムは瓦解し、青い大きな鉱石がドスンと落ちる。

 アールはその様子を少し遠巻きに見つつ、嫌な音を耳にした。


「手間賃として鉱石は頂いておくか、これで…」

「蛙の鳴き声です! 迫ってきてます早く離れましょう!」


 アールの報せに2人も反応する、ゴーレムの鉱石を捨て置いて先を目指す。

 ゴーレムの背後はゆるやかな上り坂となっていた、3人はさっさと先を急ぐ。

 蛇行しつつの上り坂を上がりきると、また開けた空間が広がっていた、依然見覚えの無い場所である。


「下るよりは良かったが、やはりまだ迷子のようだな、これでは埒が開かんな」

「とは言いましても、蛙の群れに飲まれてはそれこそ一大事です、ここは進むしかありません」


 鎧の中でエミールはコンパスを見る、普段は使わないものだし現在地も解らない地下では気休めにしかならないが、今は何か判断材料が欲しかった。

 坂を上りきった先の円形の空間は、真ん中に大きな穴があり綺麗に東西南北の四方に通路が伸びていた。


「ここまで綺麗に四方に道が、これは偶然か? …いや、後にすべきか」


 エミールは湧き上がった疑問を一先ず放り投げた、今は地上を目指すことが先決である。

 再び鎧のエミールを先頭に先を急ぐ。


「ワシの勘では東が帰り道だったが、生憎来た方向が東だ、一先ずは南か北を目指すぞ」

「そういった事は師匠が一番頼りになります、私は方向感覚等はどうにもさっぱりですから」


 真ん中に開いた大穴を避け南の通路へ近付く。

 地下には稀にこういった大穴が開いているが、基本的には邪魔でしかない存在である。

 通路の入り口に立った所で、またしても嫌な音が去来する。


「また蛙の鳴き声…近付いて、きてるのかな?」

「どうにもそのようです、逆方向を目指しましょう」


 ここにも蛙が迫ってきている、ぐずぐずしてはいられない。

 穴を挟んで逆方向の北側の通路へと向かう。


「一体どうなっておるのか、興味深くはあるがまずはここ、を?」


 先頭を進んでいたエミールが立ち止まる、アールとサチェットは鎧に阻まれて前がよく見えていない。


「エミールさん? どうかしま」

「左へ向かって走れ! 目の前に蛙の群れだ!!」


 エミールの目の前の通路には壁にびっしり所狭しと蛙が張り付いていた、フロッグバットである。

 3人はすぐさま残った西の通路へと走る、地下に大量の喧しい蛙の鳴き声と羽ばたく音が響き渡る。

 同時にフロッグバットの群れが腐食性の粘液を飛ばしてきた。


「相手にするな、当たっても死にはせん! さっさと通路を目指せ!」

「なんだ、って! こんな、狙われてんだ!?」


 少しばかり粘液を受ける、焼け付くような傷みが走るが走れない程ではない。

 3人は通路に向かって全力で逃げる。

 背中から大量の蛙の鳴き声と粘液が飛ばされてくる。


「ぁ、ァ、アール! リュックの紐! 千切れるぅぅ!!」

「うっそだろ!? どこだよ今見てらんないって!」


 グレイが背中からアールに報せる、粘液がリュックのどこかに当たったようだ。

 速度を落とさぬままに背中のリュックをがむしゃらに捕まえる、今速度を落とせばそれこそ大変な事になり兼ねない。


「落ちる! 落ち…あ!?」

「え?」


 突然、アールの背中が急に軽くなると共に騒いでいたグレイが静かになる。

 最悪の予感に凍りつき振り返る。

 リュックには大穴が開きグレイと荷物が少し落っこちていた、既に蛙が迫って来ている。


「アール! もう行って! じっとしてれば多分私は大丈夫! お願い早く!」

「アール!! 早くこっちに走って! ……走れアール!!」


 気付かぬ内にアールは立ち止まっていた、エミールとサチェットは通路の入り口に既に着いている。


 グレイは行けと言い、サチェットは来いとアールに叫んでいる。

 頭では何となく、グレイを置いて逃げるのが正解なのだと解っていた。

 だが体は言う事を聞かなかった、歯を食い縛ってグレイへと走った。


「バカアール! 戻ってきてどうすんのよ!? もう囲まれちゃうわよ!?」

「うるさい解ってる! 何とかすれば良いんだよ!!」


 グレイを拾い上げつつ全力でUターンしようとするが、既に数十匹の蛙が退路を断ち威嚇してくる。

 たじろいで後ずさるアールだったが、既に周りを蛙に囲まれていた。


「…グレイ、鎧の修復ってどれくらい済んでる?」

「まだ鎧は出せないわよ! 出せてもこの数相手だとあっという間にドロドロにされちゃうわ」


 蛙達に囲まれ絶体絶命だが、妙に頭は落ち着いていた。

 頭に一本氷の芯が入っている様な感覚。

 覚悟が決まったのか初めから考えていたのか、最も包囲の薄い方に向かって蛙の壁に突進する。


 その先に何があるかはしっかりと解っていながら。


「グレイ! 何かできることがあったらやっといてくれ!!」

「ぇ? えええ!? ちょっとちょっと無茶でしょ!? 下見えないってばあああ!!」


 蛙の壁を蹴り破りつつ大穴へと落ちていく、その先に何があるのかも知らずに。

 アールとグレイは底も見えない暗い大きな穴へと消えていった。

闇に呑まれたアールとグレイ、果たしてどこへと落ちるのか。

フロッグバットの大群は何故襲ってきたのか?

エミールとサチェットは逃げ果せるのか?

是非次回も御覧下さいますよう、御願い申し上げます

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