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第16話 成長

新生活をスタートさせたアール、サチェットとの稽古を経て遂に地下へ狩りにでかける。

サチェットから諸々の教えを受けつつアールはついに狩りの獲物、モールベアと向き合う。

既に何度も戦ってきたモールベア、だが初めての生身での対峙にアールは・・・。

 上層 搬出口 ハンガー


 歓迎会の翌日、サチェットは地下に潜る前にある程度自力をつけておくべきだとアールを諭した。

 アールはそれを受け数日の間は地下へ行かず、午前午後共にサチェットとの稽古に費やした。

 サチェットからお墨付きを貰い、いよいよアールは地下へ狩りに向かう。


 組合から仕事を受けずに地下へ行くのは、モグラ時代も合わせても初めての事だった。

 頼みの綱のグレイはいない、まだ修復中であるしエミールが放そうともしない。


 だがアールは心細さにも不安にも苛まれてはいなかった。

 一緒に潜るサチェットは戦闘向きの鎧を持っているという、いざとなればそれで助けてもらえるのだから。


「今日はあくまでモールベア狩りですので私も生身で潜りますよ?」

「…え゛?」


 サチェットが借りているハンガーには、鎧としても大型の5メートルの黒い鎧が万全の状態で待機している。

 サチェットはハンガーから、生身用の槍シャベルのみを持ち出しアールの予想外の言葉を発した。


「そうですね、グレイは余りに特殊ですからアールには盲点でしたか…」


 アールは固まっている。

 何しろいきなり命綱が切れた様な状態なのだ、無理もない。


「いいですかアール? グレイには必要ありませんが鎧は諸々の費用が掛かるのです、それは購入した後も変わりません、使えば当然整備費も掛かりますし戦闘で破損が出ればパーツの交換も、蒸気機関には数種類の消耗品も…」


 サチェットのお説教、(もとい)講義を聞きながら中層へと下る、確かにアールにとっては盲点の事柄だった。

 講義の内容をまとめると、基本的には雑魚相手には鎧は持ち出さない、下層以下へ行く時や強敵を狙う時に持ち出す、組合から保証が確約されれば持ち出す、という感じのものだった。


 サチェットはたまに稽古の時にも先生モードになっていた。

 為になる話ばかりなのだが、少々歯止めが効かないのが玉に瑕である。


「…と、鎧の話はまた今度にするとして、今日の本命であるモールベアですが、アールはモールベア狩りに対してはどの程度習熟していますか?」

「どの程度? …見極めて避けて頭を攻撃ってくらいしか、他にもあるの?」


 アールは今までに班長とボルターからモールベアに関しアドバイスを受けてきたが、どちらも大まかには同じものだった。

 焦るな、見極めろ、バカではない、頭が弱点、2パターンの攻撃、まとめればこんなところだ。


「そうですね…見極めて避けて攻撃、それは間違いではありませんが全般的な対応方法です、個別の狩り方を知っていればモールベアはかなり安全に狩れます」

「個別の狩り方…? それはどういう?」

「いきなり答えを教えるよりも、まずは自身で考えましょう、誰かが一対一でモールベアを狩っているのを見た事はありませんか? それを思い出すのです」


 一対一…アールは自身の記憶を探る。

 グレイと初めて会った日、中層搬出通路で班長が1人で狩ったのを思い出した。

 記憶を再生し思い出すが、明確に言語化できる答えまでは辿り着けない。

 頑張って考えたがダメだったのだ、こういう時は先生に頼ってもバチは当たらないだろう。


「先生…思い出してみたけどよく解りませんでした、答えを教えてください」

「正直で宜しい、それでは思い出した記憶を言葉に出してみましょう、焦らず少しずつ」

「ぇーっと…ツルハシを構えて睨みあって、モールベアが立とうとした所を、タイミングを合わせて頭に一撃?」

「素晴らしいですね、模範的なモールベア狩りです…おっと丁度良い、では実践といきましょう」


 少し前方の暗がりに何かがモゾモゾ動いている、今日の狩りのターゲットだ。


「アールは剣を構えて見ていて下さい、私が実際にやって見せます、先程の答えはその後で」


 背中の荷物を置き槍一本でサチェットが進み出る、モールベアも気付いてサチェットに向き合った。


「グブゥ…ッブァボォ…」


 サチェットは槍を構えたまま動かない、モールベアは吠えたり唸ったりするが飛び込んでこず一定の距離を置いて睨み合っている。


 不意に、モールベアが立ち上がった、サチェットは待ってましたと距離を詰め頭を槍で叩く。


「ボォッ…ガッボォ…ッ」


 その一撃でモールベアは仰向けに倒れ絶命した、まさに班長が仕留めた時と同じであった。

 サチェットは汗一つ掻かずにこちらを向き直る。


「今ので解ったでしょうか? 解ってしまえば何とも簡単な事なのですが…」


 何となく解ったような解らないようなアール、とりあえずは臆さずに考えを言って見る事にした。


「ん゛ー…威嚇、いや威圧して? 立ち上がらせるように仕向けてそこを殴る? 今んとこそんな感じかなぁ…」

「概ね合ってますよ、充分に合格点です、では答え合わせをしましょう」


 槍の石突で鉱石を剥いだサチェットが戻ってくる。

 合っていたとは言ったが、そう都合よく相手が立ち上がってくれるものなのだろうか?


「まさにモールベアはバカではない点を利用した狩り方なのです、こちらが武器を構えていてモールベアが突っ込んで来たら、どうなりますか?」

「それは、頭に合わせるだけで…剣の扱いと一緒だよね?」


 何も考えずに突っ込めばリーチの長い方の攻撃が先に届く、どっちが突っ込んできたかは関係がない。

 だがお互いに手段をもっていれば相手の武器を弾いたり回避すれば良い、技量や反射神経を交えた駆け引きとなる。


「そうです、ですがモールベアが突っ込んでくるのは四足です、当然前足も使っているので前足でこちらの武器を弾いたりはできません、弱点の頭を振って攻撃を回避することも、的が大きくて無理と理解しています」

「つまり、武器を構えていればモールベアは突っ込んでこない?」


 サチェットは笑顔で頷く、教え子が答えを得た時には教える側は嬉しいものだ。


「その通りです、武器を構えた相手にはモールベアは突っ込めば負けると理解しています、すると2パターンしか攻撃をもっていないモールベアは立ち上がって攻撃しようしてきます、立ち上がりきるまでは無防備です、そこを叩くのです」

「でも、そこを叩けなかったら? あいつら大きいので4メートルとかあるぞ?」


 理屈は解ったが、自分より大きな獣相手に自分から飛び込むのは胆力が要る。

 中途半端に飛び込めばそれこそ命取りである。


「そうなったら逃げましょう、二足で立ったモールベアは早く動けません、距離を取れば諦めて四足に戻るのでもう一度チャレンジするだけですよ」

「っはぁー…よく出来てるもんだ、個別の対処法って全部の獣にあるもんなの? 俺暗記はちょっとなあ」

「残念ですが、「こうすれば勝てる」という方法は全ての獣で確立されているわけではありません、全ての獣に通じるのはまさに「観て、避けて、攻撃」かと」


 アールは歓心と共に納得した、まさに班長はそれをあの時実践していたのだ。

 知らないものからすれば手品か何かのように思えた。


「ちなみに、経験を積んだか特に頭の良いものは中々立ち上がろうともしません、そういう時はこちらから武器を高く掲げたり声で威圧するか、諦めて別の個体を狙うと良いでしょう、逃げる時は絶対に背中を向けないように注意することです」

「ぁー…そういやあの時班長もツルハシを高く…っと」


 サチェットの講義を聞きながら歩いていると、やはり前方で見覚えのあるものが蠢いている。

 アールは背中の荷物を降ろし剣を構える。


「さあ実践です、アールには既に充分な力が備わっています、焦らないことです」


 剣を中段に構えてジリジリと近付く、相手も気付いた、先程よりも大きいモールベアだ。


「フボォ…グゥ、ゴァッ…バァッ」


 アールに向き直り低く唸り続ける、飛び込んでこない、しかし立ち上がる素振りも見せない。

 お互いが睨み合う、アールにとっては余りに長い時間。

 眼に力を入れつつ、さっさと立て! と念じる、歯を食い縛り口を開く余裕はない。

 だが念じて隙を見せてくれれば苦労はしない、依然睨み合いは続く。


 中段に、水平に構えていた剣を縦に構える、立って欲しいという念が自然と体に現れた。


「ガォブァアアァ!グァバァアゴゥア!!」


 明らかに殺意を伴ってアールに向かって吠える、だがアールには動じれるほど心に余裕はなかった。

 刹那、モールベアの前足が下がり後ろ足に重心が掛かる、立ち上がろうとしている。

 金縛りの様に動かなかったアールの体が弾け飛んだ様に衝き動かされる。


「っ!? …っぁあああー!!」


 飛び込み振るわれる鈍い輝きを放つ銀の剣。

 立ち上がりきる前のモールベアの頭を見事に捉えた。


「ッグフュー…フュー、ボ…ッバォ」


 苦しそうな音を漏らしつつモールベアは仰向けに倒れ絶命した。

 アールはガチガチに体を強張らせ、剣を構えたままそれを見ている。

 ゆっくりと後ろからサチェットが近付いてきた。


「おめでとうアール…自分の力で獲ったのは初めてですか?」

「うん…ぃやあ、勝ったんだなあ…ようやく…」


 モールベアとの戦闘は初めてではない、ここまでに既に何体もモールベアとは戦って、そして勝っている。

 だが生身で、1人で勝ったのはこれが初めてだった。

 胸を張るのとは少し違う、誇らしさや自信に似た何かが胸の中から湧き上がってくる。


 同時に、生き物を殺したという実感も手に残っている、グレイの鎧越しとは明らかに違う。

 罪悪感とは違う何かも感じていた。


「存分に噛み締めるといいですよ、私も初めての狩りは今でも覚えています」

「うん、これは忘れたくないな…ぉっと、鉱石を」


 目的であった鉱石は完全に忘れていた、おまけの様に思い出したお目当てを剣で剥ぎ取る。

 取って見ればこちらは何とも他愛無い、獣に自分の力だけで勝った事こそが最大の収穫であった。


「さあ、その気持ちを忘れないままに! しっかりと稼いで帰らないと後で後悔します、焦らず落ち着いて狩りを続けましょう!」


 サチェットに激されて狩りを続ける、アールにとっては忘れられない初めての狩りとなった。

 打倒ゴーレムに向けて着々とアールは自力をつけていく。

 このまま何事も無く壁を越えれるのだろうか?

ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。


※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております

※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず









アール君は無事初めての生身での狩りを終えました、いやーここまで長かった?

一応ソロタイマンはボルターさんの時にやってますが今回は生身ですからね、鎧のありなしでは諸々がまさに諸々と違いますな諸々と

勿論狩りにきたのは切実に生活費のためでしたが生活費以外にアール君は多くのものを手にする事になりました

このままゴーレムもすんなり狩れるのか根暗な筆者が妨害の手を入れるのか、どうなるんでしょうね?

是非次回も御覧下さいますよう、御願い申し上げます

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