第14話 名前
引越しを終え、自身の武器も手に入れたアール。
後は力を蓄えゴーレムを討ち果たすのみ、とはならなかった。
ターレムに住んでいく以上は避けては通れない問題に相対する。
そして、人と関わっていく上で大事な事にも目を向ける。
寮からの引越しも終え、自身の採掘道具も手に入れたアール。
後はサチェットと稽古を重ね、ゴーレム打倒を目指すのみ!
…とはならなかった。
上層 元食堂「ターレム」
「それではワシは買い物に行ってくる、しっかり掃除しておけ? グレイ、見張りは任せたぞ」
「ラジャー! いってらっしゃーい」
エミールは外出していき、グレイはカウンターからそれを見送っている。
男衆も見送りつつ掃除の段取りを話し合っている、大掃除である。
――数十分前
アールは午前中をサチェットとの稽古に費やし、台所で昼仕度の手伝いをしていた。
サチェットは料理が趣味という事で、食事当番はローテーション制でもなく基本的にサチェットが用意するか外食というものだった。
勿論、全員が食費は納める。
午後からはサチェットと地下へ行きモールベアを狩ろうかと思い、食事をしながら打ち合わせでもしようか等と考えていたが。
「アールよ、お前はここで飯を取る事に何か抵抗はないのか?」
エミールが神妙な面持ちでアールに質問する。
未だこの「ターレム」は、台所や各自の部屋以外はほぼ手付かずの廃屋一歩手前である。
アールも、エミールの言わんとしたい事は理解していた。
「ぇーっとですね…とりあえず今日の午後は地下に行こうかなー、なんて」
「却下だ、今日はお前ら2人で徹底的に掃除をしてもらう、サチェットには既に伝えてある」
当然アールに拒否権なぞはない、サチェットも料理をしつつ頷きアールを諭す。
「アール、私も自分の料理をきちんとした場所で食べて欲しい、私としてもここの掃除はそろそろケリをつけたい所なのです」
それは当然である、誰しも食事は綺麗で清潔な場所で頂きたいものだ。
だがアールの経済状況は切迫していた、それこそ食よりも銭を優先したいほどに。
だが2人から詰め寄られては新入りで拒否権のないアールに選択肢はなかった、「1日2日で生死を分ける程ではない」と自分に言い聞かせ用件を呑む。
「よし、ならば昼食は手軽なものを頼む、夕食はワシが外から用意してこよう、サチェットも掃除に全力を出すがいい」
エミールのリクエスト通り、サンドイッチなどさっさと食べれるものを作りすぐに平らげた、今日の所は掃除が行き届いている台所で。
食べ終わると間を置かずに午後に向けて行動を始める、エミールは外出、アールとサチェットは掃除に取り掛かる。
「まずは全体から粗大ゴミをホールに集めましょう、その後まとめてゴミ出しをしてから各部の掃除に移ります」
「了解です、こうなりゃ徹底的にやりますかあ」
サチェットと共に建物奥の倉庫や裏庭から粗大ゴミを運び出す、グレイはカウンターで水を飲みつつエールを送っている。
元食堂だけあってそれなりに強敵が多い、2人掛かりでないと運べない物もそれなりにあった。
「こんなものですね、ではアールはダメな椅子と机をまとめておいて下さい、私は粗大ゴミを少しずつゴミ捨て場に運びましょう」
「りょーかい…流石に多いなやっぱ、夕食までに終わらせないと…そもそも終わるのかな?」
弱音を吐いている暇は無い、今は体を動かさねばそれこそ本当にエミールのツルハシの錆になりかねない。
アールは黙々と椅子と机の選別を進めていく。
「ねえアールー? エミールがアールとも色々話しておけって言ってたんだけど、今って大丈夫?」
カウンターのグレイが話し掛けてくる、確かに今は話せない事もない。
頭を使うことをやってるわけでもなく、黙々とやるより気も紛れるだろう。
「そうだな、俺もグレイと色々話したかったし…しかし何から話したものか」
掃除をしつつ思案する、グレイと話したい事は一体何があるのか?
そもそも何を話せばいいのかがよく解らない、とりあえずは大雑把にグレイの知っている事を教えてもらうべきか?
「ちょっと何を聞いたらいいか解らないから、グレイが自分に関して知っている事をざーっと話してくれる?」
「自己紹介ってやつね、エミールにも同じ事を言われたわ、それじゃあ…」
自己紹介、思えばアールもグレイに対し自己紹介を…いやエミールやサチェットとも流れで接しているが、ちゃんと自己紹介をしただろうか?
いい加減にではなくしっかり他人と関わっていく、アールは少し前にそんな反省をした事を思い出した。
一旦掃除の手を止めて、グレイにしっかりと向き合う。
「グレイちょっと待って、まずは俺に自己紹介させてくれ、それが筋なんじゃないかと思う」
「アールから? …うん解った、それじゃお願いします!」
思えば、サークルにきてからちゃんとした自己紹介なぞ…一度もやった記憶がない。
軽く一呼吸してからグレイに向かって自己紹介をする。
「俺はアール、ドミナス出身でディガーになるためにサークルに1人で来た、改めてよろしく」
「はい、こちらこそよろしくねアール♪それじゃ次は私の番ね…ちょっと長くなるけどちゃんと聞いてね」
グレイは一呼吸? 置いてから話し始める、一旦自分の中で整理しているのだろう。
「私の名前はグレイ、型番は015-T01、━―━━によって製造された鉱鎧…鎧です、メイン動力は水を利用した蒸気機関ですが獣晶…獣の鉱石をエネルギーに変換する事も可能です、私の製造目的は《マスター権限ニヨル承認ガ必要デス》あ、これダメだ、とりあえずはこんなとこです!」
途中途中でアールが首を傾げる単語が出てきたが、概ねは理解できた。
とりあえずは個別に質問していく事にしよう。
「ぇーっと、獣晶…獣の鉱石か? それをエネルギーにできるってのは、水がいらないって事?」
「水を使う蒸気機関の方が燃費は凄く良いよ、獣の鉱石だと燃費は悪いけど力が凄いの! ボルターさんの時とかはもうエネルギーが切れてたから水で動いてたよ」
獣の鉱石でパワーが出る、しかし獣の鉱石を取るためにグレイの手を借りるのだ、今の話しぶりからするに鉱石を消費するのだろう。
アールはとりあえず「預金と相談して、緊急時だけだな…」と心にしまった。
「んじゃあ、型番だっけ、それは何? 名前とは別のもの? どういう意味なんだ?」
「型番は、私の固有名称とは別物だけど名前ね、意味は…試作機、と入力されてるわね」
試作機? ならグレイみたいなものが他にもいるという事か? それにしては誰もグレイみたいな鎧、というか物体を見た事もない。
試作機だけ作られてお終い! という話も聞いた事がある、そういう類のものなのだろうか?
「製造目的で、何か前の無愛想な声が出てきたけど、前にも言ってたデータ破損ってやつ?」
「んー、これは破損とかじゃなくて権限を持った人のOKがないと見れないものね、アールにはその権限が無いのよ」
権限? アールの首は更に傾く、登録者とかいうものでもダメなら作った人間の許可が要るという事だろうか?
とりあえずは解らないものは解らないままにグレイの事が解った、少しは他人? と向き合えただろうかとアールは考える。
「それでは、次は私の番でしょうか? …いえ、盗み聞きするつもりは毛頭無かったのですが、すいません」
グレイがいるカウンターとは反対の、アールの背後のカウンターからサチェットがにょきっと姿を現す、心なしか顔が申し訳なさそうだ。
アールはビクっと驚きつつも質問する。
「サチェットさん!? いつの間に…いやほんと、いつからいました?」
「こちらのカウンターの下に大量の器具を見つけましてつい…アールの自己紹介から聞いておりました、こちらこそ改めて宜しくお願いします」
サチェットは軽く頭を下げる、手には物色していたのかフライパンを持ったまま。
アールもつられて頭を下げた。
「私も簡単に名乗っただけできちんとした自己紹介はまだでしたね、今この場でさせて…と、その前にアール、私に対して今後敬語は使わないで下さい…私はこの方が楽ですし、名前は呼び捨てにします」
アールはサチェットに少なからず敬意も抱いており敬語を使うのは全く苦ではなかったが、どうにも敬語を使って欲しくないといった感じのようだ。
アールもそこまで育ちが良いわけではないので助かることだ、しっかり頷いてサチェットの自己紹介を聞く。
「…了解、それじゃサチェットの自己紹介を頼むよ」
「はい、私の名前はサチェット、ソーダントで兵士をやっておりましたが…故有って今はディガーをやっています、今後とも宜しくお願いします」
兵士…アールは何となくサチェットは貴族の元軍人か何かだと思っていた。
物腰の柔らかさや立ち振る舞いから上品なものを感じていた、しかし貴族とは名乗らず、只の元軍人だと。
自分の育ちの悪さが原因の勘違いだろうと、アールは納得した。
「こちらこそ、よろしくおね…よろしく、サチェット」
「よろしくねー♪」
互いに自己紹介を済ませ、お互いを改めて認識し合う。
アールは初めての経験だったが何となく、これはとても大事な事だと感じた。
「さあさあ時間と師匠は待ってはくれません! アールは倉庫の掃除を、私は引き続きこの山を片付けます! グレイは黄色いエールを宜しくお願いします!」
全員が忙しなく、いや、2人は忙しなく掃除を再会する。
夕方、エミールが戻ってくる前に2人は何とか元食堂「ターレム」を、誰も廃屋とは呼べない程に磨き上げた。
面と向かった自己紹介を経た3人は、今までよりも少し気が合った調子でエミールにも自己紹介を迫るのだった。
ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。
※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております
※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず
というわけで大掃除&自己紹介のパートでした、グレイに関してもちょっとだけ進展? しましたね
アールとグレイの自己紹介で「ドミナス」「ソーダント」という単語がシレっと出てきましたが、これは出身国ですね
サークルは周辺各国と貴族や豪族の共同出資の特殊地域、どの国の領土でもなく無法地帯でもありません
一攫千金などを目的に色々な国の人間が集まってくるわけです、勿論国が違うことによるトラブル等もあるでしょう
危険な仕事を共にする以上はしっかりとした付き合いも必要、ギブアンドテイクでドライなのも良いですが彼らにはガッチリと組んでもらいましょう
次回は今回の掃除を受けての回となります、是非御覧下さいませ




