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第13話 工房

ディガーとして本格的に活動を始める為にアールは動き出す。

まず手を付けたことは、引越しであった! ・・・地味だが大事な事である。

しかしひょんな事から、ある場所への紹介状を貰うアール。

この紹介状が予期せぬ結果をアールにもたらす。

 エミールからの提案に乗り、アールは諸々の新生活への準備を進めていた。

 まず手を付けたのは、寮からの引越し。

 管理人に確認すると、アールがバタバタしていたせいで伝えそびれていたが、確かに退寮を求めるつもりだったという。

 サチェットと予定を話し合い、今後は午前中は稽古をし午後からは地下へ行こうという事になった。

 今後の生活を効率的にする為にも、アールは退寮を急ぐのだった。


「こんだけか、解っちゃいたけど、やっぱ…何もないな」


 部屋の掃除を済ませ、ゴミ出しと荷物の整理をする。

 まとめて見ればゴミは少量、荷物の方も数着の着替えと少々だけだった。

 振り返ってみればこの2年間、身一つでサークルへと転がり込んで下っ端の補助作業員として泥臭く働いてきたのみだった。

 買い物は最低限、たまの息抜きは酒場で1人酒、何も物が無いのは当然と思えた。


「掃除は終わったか? …ふーむ、これならばまあ良かろう、何とか及第点を出してやろう」


 管理人が掃除の具合を確認しにきた。

 普段は寮の管理人室で新聞を広げているだけの老人だが、仕事はきっちりしている人だ。

 諸々の退寮費用を払い、いよいよ貯金が底に迫った、後はモールベアを狩って稼ぐしか活路はない。


「ところでお前、グレイはどうした? ついにハンガーに押し込まれちまったか?」

「グレイは、今ちょっと療養中でして、知人に預けてます」


 説明が難しいが、アール自身もグレイの事をまだよく解ってないのだ。

 エミールではなくてもグレイとしっかり話しをしたい、今度ゆっくり時間を作るとしよう。

 療養中と聞いて管理人の顔がピクっとする、お節介をたまに焼いてもらうが大抵は助かるものだった、良い管理人だったと思える。


「それはお前、ディガーとしての活動に支障はないのか? 追い出しといて路頭に迷われたらワシも困るんじゃぞ?」

「まだ本契約とかじゃないんですが仲間も見つかってますので、道具も融通して貰えます」


 グレイが使えない間はエミールがスコップを貸してくれる、助けた見返りとはいえグレイを独占するお返しだという。


「それは仲間に申し訳ないじゃろうが、そういう一方的なものはいかんぞ…ちょっと待っとれ、すぐに戻る」

「え? いや俺もグレイをその人に貸して…」


 言い終える前に管理人は走って行ってしまった、それなりに高齢だと聞いたが、たまに凄い行動力を見せる。

 寮の玄関で待つこと数十分、掃除のOKも貰ったしもう行ってしまおうか? と考え出した頃、管理人が戻ってきた。


「すまんすまん待たせたのお、中々あいつも渋りおって…紹介状を書いてもらった、地下に行く前に必ずこの工房に寄っておけ」

「紹介状? 工房…?」


 封筒を受け取り中を見ようとするが止められる、何か訳有りのようだ。


「宛先はしっかり表に書いとるじゃろうが、それを持っていけば何か融通してもらえるはずじゃ…中を見るのはダメじゃぞ? それを条件に書いてもらったんじゃからな」


 確かに表には「工房 巧遅であれ デニスへ」と汚い文字で殴り書きされている、これを渡すのは失礼ではないか? とも思えた。


「失くすでないぞ? …解ったらもう行って良いぞ、しっかりやれよ」

「最後まで有難うございます…ぇーっと」


 何とも失礼な話だが、アールは管理人の名前を覚えていなかった、何度か聞いた気はするのだが。

 思えば、本当にアールはこの2年間、自分の事しか見えておらず他人と積極的に関わろうともしなかった。

 改めていかねばならないと反省する。


「全く…人の名前を覚えるのは人と関わる入り口じゃぞ…ワシの名はコーベスじゃ、また何かあったら頼るがよい、やれる事はやっちゃる」

「有難うございます、頑張ります」


 握手を交わしコーベスに別れを告げる、思えばコーベスと握手を交わしたのもこれが初めてだ。


 少ない荷物をもってサチェットの元食堂の廃屋「ターレム」に向かう、紹介された工房には荷物を置いてから向かう事にした。

 宛がわれた自分の部屋に荷物を置き、工房へ向かおうとすると誰かが台所でゴソゴソしている。


「おう、アールか…引越しは済んだのか? ここの掃除もぼちぼち頼むぞ?」


 もう日も高いというのに眠そうなエミールが奥から顔を出す。

 昨日はアールはグレイをここに置いて寮に帰ったが、恐らくはグレイと夜通しで話していたのだろう。


「そうそうお前に…紹介する工房の…ここに行け、ワシの名を出せば鉱石の取引くらいはしてくれるさ」


 眠そうなままにメモに殴り書きアールに渡す、既に知っている名前と雑な地図がそこにはあった。


「巧遅であれ? これって…実はさっき知人にここの紹介を受けまして、ここってなんか有名なとこなんですか?」


 んあ? としつつエミールは応える、やはり相当に眠いのかいつものキレはない。


「そこはなあ…高級でもなく、有名でもないか? …昔はかなり盛況だったらしいが、ワシがツテがあるのは偶然だ、他から紹介があるならそっちに頼れ」


 水を持って欠伸をしつつ奥に引っ込んでいく、まだ眠る気も無くグレイと話すのだろうか?

 何はともあれ2人分の紹介というのは渡りに船、アールは早速件の工房に向かうことにした。


 地図を頼りに紹介された工房へ向かう、ディガーになったばかりのアールは当然初めて行く場所である。

 大通りを通って工房街へ、そこは何とも目まぐるしい所だった。


 建物に張り巡らされた太いパイプ、絶え間なく噴出される蒸気、リズミカルに響いてくる力強いハンマーの音の中を通りぬける。

 人通りも採掘道具を携えたディガーの割合がよそよりも多い。

 有名な店なのか高級店なのか、軒先に完成品の鎧を置いている店まであった。


 目を回してしまいそうな通りの中、目的の店までしっかり目指す。

 少し中心から外れた所にその工房は構えていた、通りに面しているがここに来るまでに通ってきた工房街の中心に比べここらは比較的静かだった。

 看板にはしっかりと太い文字で少し崩れ気味に「巧遅であれ」と書いてある。

 しかし活気はあまりなく店の周りに客は誰もいない。

 多少不安を感じつつ開いたままの入り口をくぐる、途端にアールは目を回す事になった。


 薄暗い店内に所狭しと、しかし種類、大きさ、質に応じてパっと見で解る程に整然と、数え切れない程のディガー用の武器や装備が陳列してある。

 カウンターの男は「勝手に見ていけ、気に入るものがないなら帰れ」と体現する様に堂々と新聞を広げて座っている。

 アールは圧倒され心行くまで店内を見て回りたい衝動に駆られるも、直ぐに頭を振ってからカウンターの男に向かっていく。


「すいません、紹介を受けてきたディガーのアールという者ですが、デニスさんって今いますか?」

「デニスは俺だが…誰だ君は? うちは初めてか?」


 新聞を眺めたままデニスはアールに応じる。

 白髪混じりの少し長い髪を後ろに束ね、引き締まった体つきで渋みのある中年の男である。


「紹介を受けてきまして、エミールさんという女性から…」


 デニスは少し逡巡した後に納得し、新聞を置いてアールに向き直る。


「ぁー、エミール君か、彼女の紹介なら…まあ用件を言ってみなさい」

「有難うございます、こちらに獣の鉱石を持ってくるので取引をして欲しいのですが…」


 デニスの顔が少し暗くなる、アールの作り笑いは少し崩れた。


「ぁー、個人取引かあ、やらない事も無いんだが…組合に卸すよりは足元見させてもらうよ? それでも良いってんなら…」


 断られるかと思っていたアールは安堵する、今は贅沢を言っていられる状況ではない。

 多少損をする程度であれば呑み込むほかなかった。


「いえ、取引させて頂けるだけでも有り難いです、是非お願いします」

「そうかい? それならまあ請け負うが…その封筒は? うち以外にもどっかに行くのかい?」


 アールの懐から、コーベスからの封筒がはみ出していた。

 こっちも見せておくべきだとアールは封筒を差し出す。


「エミールさんとは別にもう一件こちらを紹介させて貰いまして、こちらも見て下さい」

「うちにもう一件? 俺はそんな愛想よく営業なんざしてないんだが、妙な事もあるもんだ…」


 封筒を受け取ったデニスだったが、表の文字を見た途端に急に表情が固まる。

 勘違いだと自分に聞かせるように頭を振り封筒の中を検めるが、入っていた1枚の手紙を開いた途端に、顔から血の気が引いていった。


「ぁー…君? …この手紙は、どこで?」


 引き攣った声でアールに質問してくる、アールは何かまずいものを渡したか? と体が引いていた。


「作業員寮の、管理人から頂きまして…コーベスという人です」


 デニスは依然顔から血の気が引いたまま固まっている、少しずつアールの言葉に反応する。


「コー、ベス? そいつは知らないが…やっぱ近くにいんのか、あの糞野郎」


 アールは聞こえなかったフリをしつつデニスの反応を待つ。

 穏便な取引さえ出来ればそれで良かったのだが、封筒を出したのは間違いだったかと悔いる。

 デニスは大きく息を吐きつつ調子を取り戻した。


「しょうがない、足元は見れん、後が怖いったらありゃしないよ、君の勝ちだ」

「ぇ? …それは、どういう?」

「組合の価格で君と取引するよ…俺だって自分の身がかわいいさ」


 訳が解らないが、アールとしては大助かりである。

 しかし一体誰が何と書いていたのか? アールは中身を見ようとするが。


「ぁー悪いが、こいつは見せられん、俺の為にもな…それと、ちょっとこっちに来てくれ」


 デニスは封筒を懐に仕舞いつつアールを店の奥へと呼ぶ。

 アールは困惑しつつもデニスの案内について行った。

 在庫の倉庫か何かか、雑多に大量の武器、採掘道具が置かれている部屋へと連れて行かれた。


「ここは俺と…ぁー、先代の置き土産だ、見繕うから一本持ってってくれ」

「え!? 良いんですか? あの…代金は?」

「融通しろとでかでかと書いてたんだ、置物一本で俺の身が助かるんだ、黙って持ってけ」


 そう言いつつデニスは置いてある採掘道具を漁り出す、が度々首を傾げている。

 デニスも余り来ない場所なのか、武器の山を相手に苦戦していた。


「埒が開かんなこりゃ…ぁーもういい、好きに漁って一本持ってけ、それで充分だろうさ」

「マジですか…それじゃ、お言葉に甘えて」


 アールは埃っぽい採掘道具の山を漁り出す、スコップ、シャベル、ツルハシ、中には形容しがたい色物も混じっている。

 一頻り漁るが、やはり数が多すぎて決めきれない。

 長い間世話になる武器だけに簡単には決めきれずに右往左往する。


「焦らなくても良いぞ今日の客共は冷やかしばかりだ…というか悪いもん持ってかせたら俺の身が危ない、これだというのを見つけたら一度見せてくれ」


 焦るというよりも決めきれないアールだったが、武器の山の中から一本の剣のようなものが目に留まった。

 鈍い銀色で肉厚、少し湾曲した剣、シャベルだろうか?。


「これはどうでしょうか?」


 デニスに鈍い銀の剣を渡す、デニスは受け取りつつ真剣な目つきで品定めした。


「ふーん…やっぱ良い腕してんなあ、悔しいが、やはり良い…姪は無いな、相変わらずだが、都合が良い…これなら君にも良いだろう」


 デニスはアールに剣を返す、どうやら御眼鏡に適ったようだ。


「そいつは鎧用のスコップだが人が使うことも想定して調整されている物だ、君が生身で使うにも問題ないだろう…いつか鎧を手に入れる日もくるかもしれんし丁度良いんじゃないか?」


 アールは生身用と鎧用を別途に用意出来るほど金銭的な余裕はない。

 何となく最初の採掘道具は人間用のスコップだと考えていたが、生身で扱う短剣を模したスコップは小さすぎて鎧では役に立たない。

 これならば生身でもグレイの鎧を纏っていても使える、アールはこの鎧用のスコップを選ぶことに決めた。


「そうですね…これなら俺が振るにも、俺の鎧はかなり小型ですんで丁度良いかと」

「うんうん、そうだろそうだ…鎧あんの? マジで? まさかどこぞの坊ちゃんでしたか?」


 アールは苦笑しつつ否定する、怪訝な表情のデニスだったが、深く詮索する気はないようだ。


「ぁー…ちょっと待ってろ、抜き身で渡すなんざ工房の恥だ」


 そう言いつつデニスはアールを置いてよそへと消えて行ってしまうが、直ぐに戻ってきた。


「ほれ、こいつは俺からのサービスだ、今後も頼むぞ」

「これは…有難うございます、鉱石の取引以外でも寄らせてもらいます」


 アールはデニスから皮製の鞘を受け取る。

 貰った剣を収めてみるとピッタリなサイズであった。


「とりあえずの付き合いは獣の鉱石の取引だな、そいつは俺の為にも組合と同等でやり取りしよう…ビジネスパートナーとしても、宜しくな」

「こちらこそ宜しくお願いします、なんか脅した様になってすいません」


 苦笑しつつもデニスからの握手に応じる、デニスは苦い顔で皮肉気に笑った。


「改めて、俺の名前はデニスここの元締め、親方だな…ぁー手紙は気にすんな俺のしがらみだ、詮索すんなよ、俺の為にもな」

「解りました…今後もよろしくお願いします」


 意味深な言葉を最後にデニスの元を後にした、アールには与り知れない力が働いた様だが、予想外の収穫となった。


 こうして、アールは初めての採掘道具を手に入れた。

 まだ銘も知らないこの剣は、今後アールのディガー生活を長く支える事になる。

 一体、寮の管理人コーベスの手紙には誰が何と書いていたのか?

 それを知るのはまた別の話である。

ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。


※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております

※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず










という訳でアール君は始めての武器、採掘道具を手に入れました! これでグレイなしでも大丈夫、といくかな?

既に作中でも書かれていますが地下の獣には通常の武器類(剣、槍、弓、銃etc)はどういうわけか無効化されますが、採掘道具(スコップ、シャベル、ツルハシetc)は有効です、なんでやろね?

なので採掘道具とギリギリ判定される範囲でそれらを戦いに向いた形状等に近づけたものが採掘武器として使用されております、今回はそれらをざっくりこの場で紹介します


まずはスコップ、一番小型ですね、元々短剣に近い形状ですが更に短剣に近く作られております、形状としても短剣に近いものばかりですね

次にシャベル、こちらは最もオーソドックスで形状も多岐に渡ります

幅広で長く剣の様に、細長く槍のように、柄が極端に短く持ち手がついて幅広く盾のように。

最後にツルハシ、こちらはまんまツルハシですね、片ツルハシや片方が丸みを帯びているものもありますが、斧状のものはNG


全て刃はついておりません、採掘に使うと欠けますし獣も刃付きは無効化しちゃいます

また生身用と鎧用で当然ながら大きさがまるで違います、ものによっては流用可能となっております

最小である生身用のスコップが鎧用で役に立たないというのは大きさが足りないという事ですな、針で戦えるのは一寸法師の特権です


アール君が今回貰っちゃったものは生身で使うには剣のように、鎧で使うには短剣のように調整されたものですね、分類としては鎧用のスコップです

今後このスコップがどう役に立つか? あるいはナマクラなのか? 鈍い銀色だけに

どうか次回も御覧下さいますようお願いいたします

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