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第12話 再起

ボルターとの一件を終え、アールは多くの問題に頭を悩ます事になる。

ギルド無所属となり、仲間もおらず、グレイは鎧になれない。

家賃と水浸しにした寮の修繕費はアールの貯金を容赦なく奪い取る。

窮地に陥ったアールを見かね、エミールは魔法を披露するのだった。

 上層 元食堂の建物 裏庭


 サチェットの稽古は多くを教えてくれる、人間相手の戦闘は酒場で粗雑な喧嘩を何度かやったくらいだ。

 見るべき点、気をつけるべき点、直すべき点、重心や踏み込み…グレイの鎧は気付かぬ内にそれらを補ってくれていた。

 布を巻いた木剣での稽古の後、アールは汗だくと荒い息で木のベンチに座った。


「ハァッ…ハァッ、っありがとう…やっぱ、サチェットは凄いな」

「私にも良い刺激になります、アールも良い飲み込みです、これなら師匠に認めてもらえる日もそう遠くないでしょう」


 サチェットは水を渡しつつアールの横に座る、同じく汗を掻いているが殆ど息は乱れていない。

 アールは水を受け取りつつ苦笑する。

 アールは問題を多く抱えているが、エミールのとある提案はそれらを纏めて解決させてくれるものだった。

 ただし、そのエミールの提案自体も頭を抱えさせるものなのだが。


 ――話は数日前に遡る。


 ボルターの一件に決着をつけた後、諸々の問題に押し潰され組合で崩れ落ちたアールは、サチェットに運ばれ朝に飛び出した元食堂の廃屋に戻る事になった。

 直ぐにアールは正気に戻ったが、問題は山積であり頭を抱えた。

 そこで、グレイとしっかりと話をしたいエミールは救いの手? を差し出す事にした。


「要するに、お前は仲間と金が必要だが、仲間のアテも金を稼ぐためのグレイにも問題があるわけだな」

「はい、3人いれば仕事を受けられるんですが…また無所属になった上にグレイが鎧になれないっていうダメ押しな状況でして…」


 カウンターに足を組んで座っているエミールが話す、アールには死活問題である、このままでは路頭に迷う事になりかねない。

 グレイはアールの横のスペースで大きくなって、水を飲みつつ自己修復に勤しんでいる。

 勿論、こうなったのはグレイのせいではないのでアールもグレイを責めるつもりは毛頭ない。

 サチェットにちらっと目をやりつつエミールは話しを続ける。


「仲間に関しては、サチェットはお前と組んでも良いと行っておる、お前の何を気に入ったかは知らんがな」


 期待してなかったと言えば嘘になる、望外の喜びにパッとサチェットに顔を向ける。

 笑顔とサムズアップで応えてくれた、アールも笑顔と共に頭を下げる。

 何とも様になったサムズアップであった。


「だがワシはお前と組む気はない、弱い者と組んでもワシには利益がないからな、ワシの興味はグレイだけだ…ちなみにサチェットが言うには、ワシの方がサチェットよりも強いらしい」


 アールには反論できなかった、アールだって足手まといの人間と組みたくはない。

 利己的な話だが、サチェットと組めて嬉しいのも彼が強そうだからだ。

 双方にメリットか何か認める所でもなければ協力関係は成立しない。

 エミールは少し笑みを浮かべつつアールに提案をする。


「そこでだ、ワシに認めてもらいつつ金を稼ぎつつ、更にワシがグレイと話す時間を確保できる…そんな魔法があるのだが、乗るか?」

「魔法? それは…しかし」


 アールは答えに窮する。

 何とも耳によすぎる提案である、まさしく魔法と言える。

 例え相手がある程度素性を知っている人物でも、苦い経験をしたばかりのアールは余りに都合の良い話に、すぐには首を縦に振れなかった。

 エミールは軽く息を吐いてから話を続ける。


「まあ不審がるのも無理はなし、騙された直後にハイハイと鵜呑みにすればそれこそ呆れる…まずお前は強くなれ、生身の1人でゴーレムを倒せる程にな」


 ゴーレム、罠に嵌められたとは言えアールとグレイを打ち負かした獣、それに、1人で?

 アールは生唾を飲み込み怖気を感じつつも、エミールの話の続きに集中する。


「無論、今のお前がいきなり生身でゴーレムに挑めば挽肉になるだけだ、そんな無茶はワシは言わん、まずはサチェットに稽古を付けてもらうと良い」


 サチェットの顔を見る、笑みを浮かべつつ頷いてくれた。


「私も仲間を探していました、アール君には光るものがあります…君と組み、君を鍛える事は私にとってもメリットになるのですよ」

「光るものだなんて…有難うございます…しかし、稽古を付けてもらうのは助かるのですが…」


 アールは生活費にも困窮している、寮の修繕費に家賃の支払いも迫っている。

 稽古で金が出てくるのならば誰も困窮しないのである。

 エミールはアールの意を察して口を開く。


「なんだ? 1日中稽古をするつもりでもおるのか? それに伴ってモールベアでも狩ってこい、実戦経験と…鉱石を自分で捌けば手間は掛かるが金になる」


 1人だろうとギルド無所属だろうと、ディガー登録さえ済んでいれば地下に潜って獣は狩れる。

 ただし怪我や死亡への補償も無く、獣の解体と出荷は自力、掘削の制限等、組合の仕事を受けてない時と比べてデメリットが立ち並ぶが。


「モールベアならば背中の鉱石を引っぺがすだけで充分だ、知り合いの工房を紹介してやるからそこに持って行け」


 工房、サークル周辺の工房は獣の鉱石を用いたディガー用の装備を日夜製造している。

 材料は基本的に組合と取引しているが、ディガーが直接持っていっても取引に応じてくれる場所もある。

 アールはエミールの提案をしっかりと反芻する。


「鍛えて、モールベアを狩って、ゴーレムを倒す…これなら確かに金も強さも」

「そういう事だ、そしてその間グレイはワシが預かる…お前もディガーになって寮を追い出されるのだろう? ここの近辺か、何ならここに住んでしまえ」


 言われてアールはハッとする、今住んでいる地表の寮は確かに補助作業員用のものである。

 この所は寮に帰ってゆっくりしていられる状況でもなかったが、確かに追い出される事になる。

 ボルターさんも、ディガーならば上層に住む方が何かと便利だからお勧めだと言ってくれていた。


「ここに…? それは、助かりますが、しかし…」


 アールは答えつつ目線を泳がせる、気乗りのしない顔で。

 机と椅子は散乱し、埃は溜まり、窓にはヒビ…控え目に言って廃墟一歩手前である。


「というかここって廃屋では? 勝手に住んでるとか…?」

「私がここを買い取った所有者です、勝手に住んでいるわけではありません」


 サチェットが強く割って入る、心なしかその目は何か真剣な、譲れないものを感じさせた。

 アールは少し気圧されつつも無言で頷いて話を続ける、住む事への問題はそれだけではないのだ。


「それは、良いんですが…その、掃除とかは…?」

「お前タダで住むつもりか? 組むかもしれん以上は家賃等は大目に見るが、掃除くらいはさせるぞ、それも良い鍛錬になろう」


 当然だろう? という目でエミールに睨まれる、確かに家賃を大目に見てもらえるなら何とも安い注文であった。

 …しかし所有者はサチェットなのにエミールが家賃を取るのだろうか? という疑問は心の奥に仕舞っておく。


「サチェットとの稽古はワシは介入せん、というか人を鍛えた事などワシはないからな」


 そう言ってエミールはグレイを抱えあげようとするが、グレイはちょっと待ったとばかりにチューブを伸ばし何かアピールする。


「ちょっと待ってね、今の話に異論はないけど…アール? 私の修復の事だけど、待つだけじゃなくて助けて貰う事もできるの」

「2ヶ月、だっけ? 何か俺にもできるの? …水?」


 グレイの自己修復、2ヶ月と聞かされ途方に暮れたが待つ以外にできる事があるならそれも行いたい。

 しかしグレイが今までに欲したものは水だけだ、アールは何をしてあげれば良いのか検討がつかない。


「んっとねー…獣の鉱石をくれたら、それを材料やエネルギーにできるの」

「獣の鉱石、それなら…・いや、ちょっと待て?」


 獣の鉱石、それはつい先程話題にも出たが、アールの経済的困窮を救う為に使うと決めたはず。

 つまり、結局の所は。


「今はグレイに回せる程ザクザク取れないって…水浸しにした寮の修繕費、どんだけになるかも解らないのに」


 アールは肩を落としてガクっとする、どの道獣の鉱石は貴重な品だ。

 最下級のモールベアの鉱石一体分でさえ、モグラだったアールの給金の一週間分に相当する。


「んー、なら仕方ないか、まあ時間を掛ければ私は万全になるから」

「話は済んだか? なら早速サチェットに稽古してもらえ、ダラダラしてもいられんだろう?」


 エミールはグレイを持って奥に行こうとしグレイもそれに合わせて小さくなるが、アールは呼び止める。

 むしろ最初に聞いておきたかった事にようやく触れる。


「あの! そもそもゴーレムを生身で倒せるもんなんですか? あんな獣を…」


 罠に嵌められたとは言え、アールは鎧を纏っていてゴーレムに負かされた。

 4メートル程の巨躯に武器を持った獣、生身の人間で太刀打ちするのは余りに無謀に過ぎないか?

 エミールは振り向きつつ平静に質問に答える。


「慣れたディガーならばゴーレムは生身でも狩れる、お前がゴーレムに打ちのめされた後誰がゴーレムを倒したのだ? ボルターかコルトかは知らんが奴らは生身だ、でなければ…気絶したお前らをゴーレムの前から引っ張って逃げれるものかね?」


 言われてハっとする。

 アールは気絶していたので解らないが、自分が倒された後にどちらかがゴーレムを倒したのだ、そうでなければ確かに説明がつかない。


「ちなみにサチェットは、サークルに来てまもなく、1人で地下に突っ込みゴーレムを倒している、あの時はディガー用の鎧ではなく普通の甲冑だったな? それも込みでそいつから色々教えてもらえ」


 でかい爆弾を残してエミールはグレイと共に奥に消えていった。

 アールはすぐ横に立っているサチェットに、猛獣か何かでも見るような視線を向けている。

 サチェットはオホンッと咳払いをしてからアールに説明する。


「あの時の私は…私の個人的な感情に縛られ暴走していました、ゴーレムを倒したのはその勢いです、師匠に導かれなければこの場にはいません」

「勢いでぶっ飛ばしたって言われても…むしろそっちのがびびるんですけど…」


 サチェットは苦笑しつつアールの肩を軽く叩く、どちらにせよ実際にゴーレムを1人で倒したサチェットからの稽古ならばそれは大きな助けになる。


「そうと決まれば今後の予定を詰めましょう、稽古、引越し、地下での狩り、ここの掃除、やるべき事は多いですよ?」

「こうなりゃ腹括るか…お手柔らかに御願いします」


 グレイ目的とは言えここまで助けてくれて、更にレティーの妹で自分を騙す事もないだろうと、アールはエミールの魔法に乗る。

 サチェットに稽古をつけてもらい、モールベアを狩って生活費を稼ぎ、時期を見てゴーレムを倒す。

 言葉にするのは簡単だが、まだアールには途方も無い話に思えた。


 こうしてアールはディガーとしての真の門出を迎える事になった。

ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。


※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております

※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず










アールとサチェットは仲間になった! しかし、3人にはみたされなかった。

というわけでエミールの姉御に認めてもらうために打倒ゴーレムに向けてアールの新生活の開始です

ここからはサチェットに鍛えてもらいつつアール君に強くなってもらいましょう

鎧に乗るのに生身鍛えて意味あんの? という疑問もあるかもしれませんが、鎧は勝手にうごくわけではありません(グレイは例外)、自分で乗り込んで動かす以上は使用者によって幾らでも活躍できる幅が変わります

ディガーになったばかりのアール君にはまともな戦いの経験は酒場での喧嘩とモールベアと数回程度、エミールさんはグレイに興味はありますが持ち主のアール君には今の所興味ナッシングです

そういうわけでエミールさんがアールと組むメリットを持つために色々頑張る! という簡単なお話なわけです、尚ゴーレムを倒すのは簡単ではない

果たしてアール君はいつゴーレムを倒せるのか? 次回からはそこへのプロセスとなっていきます

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