第11話 エピローグ
ボルターを警察署に送り届けたアール、その胸中は複雑なものであった。
組合にてグレイと再開を果たすも、途端に頭を悩ませる事態に陥る。
苦く貴重な経験と新たな出会いを残して、ボルターとの一件は幕を迎える。
警察署を後にし、アールは組合へ向かう。
その顔は晴れやかなものではなかった。
まだ頭を切り替えられないままに、組合の建物へ入る。
いきなり、唖然とする光景が飛び込んできた。
グレイが2人の女性に、綱引きのように引っ張り合いにされている。
「絶対にダーメ! アール君が来るまで、グレイは渡せません!」
「姉さんは頭が固すぎる! 私がアールを保護してんだから、問題ないでしょ!」
レティーとサチェットの師匠が、カウンター越しにグレイを引っ張り合っている。
ボルターの事を引きずっていたアールは、頭が対応できずにショートした。
「お2人共いい加減に……ほら! アール君がきましたよ!」
「あ、アールだ! 良かった……無事だった! おーい」
サチェットが2人を宥め、グレイはアールとの再開を喜ぶ、引っ張られながら。
言われて反応した師匠がパっと手を離し、レティーは後ろによろめいた。
「遅かったねアール。コルトはもう逮捕されたが、お前がここに来たという事は……ボルターも見つかったのかい?」
何事も無かったかのように、師匠がアールに向き合う。
レティーは後ろから非難を飛ばしている。
「ボルターさんは、さっき警察で自首してきました。……ぇーっとレティーさんの、妹さんだったんですか?」
師匠は少し首を傾げた後に、平然と告げる。
「名乗ってなかったか? ワシはエミールだ、レティーはワシの姉さんだよ」
サチェットの師、レティーの妹。
黒髪と青目を持つスラリとした褐色の美女。
エミールは名乗るや否や、グレイを指差しつつアールに詰め寄る。
「ボルターの件が解決したなら、約束通りグレイと話をさせろ! ワシはグレイの為に協力していたのだからな!」
「ぇ? 約束? ……え? ……え?」
アールは困惑しサチェットにSOSを飛ばす、言葉は出せずにアイコンタクトで。
サチェットは直ぐに察して、アールに助け舟を出すべく、エミールに耳打ちする。
「師匠、アール君とは約束を取り付けていません。しかし誠実に頼めば、彼は断らないかと」
エミールはサチェットを睨みつつ自身の記憶を辿った、直ぐにおや? っと表情が変わる。
アールとサチェットは、少しびくびくしつつ反応を待つ。
「確かに、朝方はバタバタしてろくに話せておらなんだ。……ならば仕方ない」
エミールは特に悪びれず、改めてアールに向き直った。
自信と強い意志を感じる瞳で、アールに話しかける。
「アールよ、ワシはグレイから地下の事を聞く為にお前に協力した。見返りといってはなんだが、グレイとしっかり話をさせてはくれんか?」
「それは、俺にも仕事がありますから。グレイも連れて行きますので、その合間でしたら……」
しどろもどろに答えつつ、グレイを持ったままのレティーに近付いていく。
レティーは申し訳なさそうにアールに話す。
「アール君……今回の件は私にも責任があります。ボルターを簡単に信用してしまって、君を危険な目に……」
「いえ、俺が最初にボルターさんを信用してしまったんです。それで紹介されたんじゃ、仕方ないですよ」
ボルターと初めて組合にやってきた時、流れでアールがボルターをレティーに紹介した。
信用できると、良い人だと。
そして実際に、ボルターは悪人ではなかった。
悪人だから、犯罪に手を染めるのではない。
犯罪に手を染めた人間が、悪人とされるのだ。
レティーはアールにグレイを渡しながら続ける、顔は依然暗いままに。
「それでも事実として、私の担当下で君を危険な目に遭わせました。君が望むなら担当を変える事もできます。……どうしますか?」
「……今回の一件、誰が担当でも防げなかったと思います。寧ろこうやって、誠実に向き合ってくれるレティーさんを、俺は信用したいです」
レティーの顔が少し明るくなる。
まだ負い目を感じているようだが、一先ずはアールと笑みを交わす。
「ところでアール? 私を地下に連れて行く合間に、エミールさんと話すとかの事だけど」
腕の中からグレイが話し掛けてくる、一先ずはカウンターの上に置く。
「別に問題ないだろ? 命の恩人だし、ちゃんと報いないと」
「それは、問題無いんだけどさあ……?」
グレイはチューブを伸ばし、ツンツンとレティーの肩をつつく。
レティーは咳払いをして、いつもの毅然とした調子に戻り、アールに話しかける。
「今回の件で、ボルターのディガー登録は抹消され、ギルド『クレメント』も同じく組合から抹消されました。……君もそこから脱退となっています、なので」
言われてアールは石の様に固まる、つまりは振り出しに戻ったのだ。
ボルターに出会う前の、無所属ぼっちアールに。
更にグレイが悪気も無く追い討ちを掛ける、本当に悪気は無い。
「ぇーっと、アール? 仮に仕事ができても。……私暫く、鎧はちょっと無理よ?」
表情筋が固まったアールは目だけで、それは一体どうして? と、グレイに納得のできる説明を求める。
「ゴーレムから滅多打ちにされて、私自分で修復はできるけど。……ザっと2ヶ月くらい掛かるわね」
瞬間、アールは膝からその場に崩れ落ちた。
レティーから見れば、アールはカウンターの下に消えてしまった。
精根尽きたアールは、最後の足掻きをする。
まだ辛うじて瀕死の脳みそで家賃、部屋の修繕費、諸々の生活費と、ちょっと足りそうにない貯金との計算を始めていた。
埒が開かないとばかりに、見守っていたエミールがレティーに話し掛けてくる。
「このまま放置もできんし、姉さんも更に忙しくなるだろう? とりあえずこいつは私達が預かる、グレイを奪う様なことはせんよ」
「御願いねエミール。立て続けで疲れてるだろうから、ゆっくり休ませてあげて」
サチェットが伸びているアールを、エミールはグレイを運び、今朝方アールが目を覚ました彼らの住処へと戻っていった。
こうしてボルターとの一件は、一先ずの幕となった。
アールは先達からの心からの助言と、決して多くとは言えないが、貴重でなんとも苦味のある経験を得た。
まだ整理しきれない感情と、胸に小さく空いた、心の喪失感を引き換えにして。
これらを糧にして、アールのディガーとしての真の幕が開くのは。
もう少し後の事である。
ここまで御覧頂き、まことにありがとうございます。
※こちらからは《メタ話、顔文字、ゆるい話等》となっております
※また、後書きは推敲を行っておりません、悪しからず
というわけで、ボルターさんとの事件は一旦お終いとなりました
アール君にとっては何とも言いがたい経験となりました、今後の彼の形成にも大いに関わって来るでしょう
ボルターさんの話していた内容はモロに孫氏ですね、自分と相手を知れってのはほんと何にでも精通することかと
勿論作者も「それができれば苦労しねーよ!」ですが、客観的視点ってのは難しく重要でちゃんと出来てるのか?も解りにくいものです
三国志やif歴史ものもいつか書いてみたいなー・・・書きたいと思うものは増えても脳みそと時間と手は増えない、悩ましいことです
一先ずはボルター編は幕を閉じました。
今回の件によりアール君はどうなるのか?ぼっち脱却はちゃんとできるのか?グレイは2ヶ月ぽんこつですがお金どうするの?
次回からは新たな幕開けです、どうか御一読頂きます様、御願い申し上げます




