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第10話 告解

グレイを奪還すべく、上層街をひた走るアール。

ついに彼は裏路地の奥深く、建物とパイプの奥に、ボルターを見つける。

逃走を諦めたボルターは、そこでアールに全てを語る。

 僅かに光が差し込む、薄暗い路地裏。

 そこかしこに蔓のように、パイプが入り組む。

 せいぜい地下と違うのは、天井の有無だけだ。

 ボルターは壁を背に座って項垂れていた。

 足には包帯が巻かれ、血が滲んでいる。


「ボルターさん……諦めたんですか?」


 油断はせずに、警戒しつつ問いかける。

 地下の二の轍を踏むわけにはいかない。


「この足ではな、コルトにしてやられたよ。まあ君が戻ってきた時点で、全てはご破算なのだがね」


 ボルターは観念したのか、立ち上がりもせず息を深く吐き出す。

 その様は疲れと諦めしか感じられない。


「まさか、生きているとはねえ。……街の様子がおかしいので、まさかとは思っていたが。さっき声が聞こえた時は、化けて出られたのかと心底驚いたよ」

「グレイは、コルトですか?」

「焦らずともいい。……グレイは意識を戻した。持ったままでは、コルトも潜伏はできまい。ゴーレムの攻撃でも、気絶で済んだのだ。殺す事等も無理だろう」


 グレイの意識が戻った。

 ならば、やかましく騒ぎまくるだろうから、捨てない限りコルトはどこかで捕まるだろう。

 アールは少しほっとし、改めてボルターに向き合う。

 複雑な感情をもったまま。


「そうですか、良かった。……あなたはどうするんです? 自首しますか?」

「見ての通りだ、逃走は不可能さ。自首を望むが……全くもってすまないが、連れて行ってもらえないかな?」


 殺そうとした相手に、自首の手伝いを頼む。

 余りにもおかしな話しだ。

 この場で復讐されても、文句も言えないだろうに。

 だがアールは、まだボルターの事を憎みきれておらず、多くの疑問を抱えていた。

 鎧のために貯蓄していたというのは?

 借金とはどういう事なのか?

 これまでのアールとのやり取りは、全て嘘だったのか?

 自然と口が動いていた。

 疑問を解消するために、ボルターの真意を知るために。


「ボルターさんの預金、殆ど無かったって聞きました。俺は、あなたが真面目に頑張って、鎧のために貯めているディガーだと……」

「鎧を運良く拾っただけの小僧が! 貴様がそれを問い質す権利があるのか!?」


 見たことのない形相と敵意を向けられ、アールの体は強張る。

 アールの見知っている、紳士然としたボルターからは想像もできない。

 座って手負いで疲れ果てているのに、その眼光は猛獣のそれであった。

 だがボルターは直ぐにハっとし、少し考えてから、アールの知っているいつもの紳士に戻った。

 ボルターは少しずつ言葉を紡いでくれる。

 アールは困惑しつつも耳を傾ける。


「……いや、君には話すべきか。……君の言う通りだ。私は長年、鎧を買うために頑張ってきた。……50万z(ザル)くらいは溜まってたかなあ」


 50万z(ザル)、モグラのアールの月給は1800z、アールの年収の20年分以上である。


「昔話をしよう。……私は、元々個人ギルドというわけではなかった。6人の仲間と一緒に、仕事をしていた。これは前にも話したね。……彼らと一緒に、採掘をメインに仕事をしていた。誰も鎧を持っていなかったからな」


 獣狩りは危険を伴う。

 絶対に鎧が必須というわけではないが、鎧持ちが多いほど安全性や限界も高まる。


「稼ぎは分けずにやっていた。当然実入りに差はあったが、特に大きな問題にはならなかった。……たまに獣を狩っては、一杯奢ったり奢られたりだったよ」


 ギルド内部で稼ぎをどうするか。

 それはギルドに一任されている。

 分けようとも分けずとも、どちらにも長所があり短所がある。


「ある時、中々にレアな獣と出くわした。……若い腕自慢の二人が競って狩り、狩りには成功した。しかし、その取り分でモメた。私はその時、現場にいなかった」


 レアな獣、獣は身に宿している鉱石によって、その価値は幾らでも変わる。

 モールベアでさえも、個体によって多少は差がある。


「私が仲立ちしようとした時には、もう手遅れだった。結局2人とも、ギルドを去ってしまったよ。……私の力不足だな」

「それは……。ボルターさんが悪いんですか?」

「形式的ではあったが、私がギルドの長だ。責任が無いとは言い切れないさ」


 ギルドの長、ギルドには役職等を設けないといけない規定等はない。

 しかし集団である以上は、自然とまとめ役が求められる。

 人が集まれば必ずや、様々な関係が生じるのだから。


「4人になって、それでも頑張っていたが、問題は得てして立て続けに起こるものだ。……獣の一件のすぐあとに、採掘した鉱石でもモメ事が起こった」


 採掘した鉱石、最近はあまり採算が取れないらしいが、少し前までは、それなりに堅実に稼げていたらしい。

 班長等の鎧を持たないディガーが、採掘ではなく現場指揮等をメインにしているのも、そういう影響だとか。


「その時は私も現場にいた。最初は何でもないちょっとした、冗談の様な愚痴だったが。……獣の件で不満が溜まっていたのだろう。言葉の押収は雪だるま式にエスカレートし、もう少しで暴力沙汰になるところだった」


 ボルターは複雑な顔をしている。

 懐かしい思い出を見ているような、辛い記憶を思い出しているような。


「結局それが原因で、更に2人がギルドを辞めた。……これも私の力不足だ」

「それは……。それで残った人と2人で……?」


 アールは何かを言いたかったが、何を言っても間違いであるような気がした。

 ただ先を促す事しかできなかった。

 既に過去の事であり、今更何を言っても変わらない。

 慰めや激励ができるような立場でも、経験もない。


「最後は、あいつは。……私から、全てを奪っていった。……我が事ながら、あの時の私は。……私は! なんとも! 正しく愚かだった!!」


 ボルターの顔が憎悪に歪む、両手は拳を握り震えている。

 アールは息を呑んで、言葉を待つしかできなかった。


「あっという間に4人が消え、2人だけになり、私は消沈していた。……あいつは! そんな弱った私に取り入り、言葉巧みに誘導した! ……『2人の金と借金を合わせれば良い鎧が買える』なんぞと!!」


 ギルド内での金や物資の融通は、そう珍しい話ではない。

 しかし、特に金のやり取りは、人間関係を幾らでも塗り替える。

 それほどまでに金というものは重いものだ。


「良い鎧を買って、それを旗印にギルドを建て直そう、と。……私は愚かだった。冷静さを失っていた。奴の言う通りに……気付いた時には、奴は消えていた」


 ボルターの顔から生気が抜けていく。

 怒りが消えたのではなく、諦めで上書きされていった。


「残ったのは、2人分の借金と、手持ちの採掘道具だけだった。……奴は、採掘道具も売って足しにしようとしたが、私のは旧式で大した金にはならなかったからな」


 アールはボルターの顔を、どんな目で見ればいいのか解らず、少し目を伏せた。

 生気の抜けた顔でボルターは言葉を続ける。


「それでも私は頑張った、1人でね。……借金も返し終わった。これからも頑張ろうと、空元気を振り絞っていた。……君が、出てくるまではね」


 ボルターはアールに、虚ろな瞳を向ける。

 顔を背けたかったが、何かがアールにそうはさせなかった。


「妬んださ、ひたすらに妬んだ。……私もモグラ上がりだが、スコップを買うまでに3年ほど掛かった。……君の事を調べて妬みに若干の、何とも身勝手な憎しみが混ざった。ここに来て、2年だったね?」

「……そうです。モグラとして働いて2年で……グレイに、出会いました」


 負い目が無いといえば、嘘になる。

 アールは余りにも、大き過ぎる幸運に出会った。

 だがそれは、ズルをしたりましてや他人から奪ったものでもない。

 あの時アールが早々に諦めていれば、モールベアに殺されていただけだったろう。

 アールは弱々しい言葉と顔で、だがはっきりと。

 ボルターに向かって、自身が奇跡を掴んだことを認めた。


 ボルターは、フっと一瞬軽く笑った後、長く大きく息を吐く。

 気を落ちつかせるように、敗北を認めるように。

 悪意を自身から追い出したいように。


「後は知っての通りだ、私はやってはいけない事をした。……君は幸運か実力か、いや運も実力の内だ。君は君の力で、私達を上回った」


 ボルターは壁にもたれつつ立ち上がる。

 逃げるためでは無いというのは、痛いほど伝わってきていた。


「本当に……。申し訳ないのだが、警察まで肩を貸してくれないか? この足ではちょっと無理だ」

「行きましょう。……俺には、あなたを憎めません」


 握り占めていた廃管を捨て、ボルターに手を貸す。

 パイプの間を抜け、肩を貸して裏路地を行く。

 ボルターが道を教えてくれるのみで、2人とも無言だった。

 もっと色々聞きたい事があった気がするが、アールは口を開けなかった。


「そういえば。……モールベアの時の助言、覚えているかね?」


 不意にボルターが、思い出したようにアールに聞いてくる。

 準備していた、わざとらしい台詞のようにも聞こえる。


「ぇーっと。……相手をよく観ろ、観察しろ、見極めろとかの事ですか?」

「そうだ、それはとても大切な事だ。戦いだけでなく、多くの事に通じる。……ただ、それだけではいかんのだ。不足している」

「不足……?」


 獣との戦いを思い出す。

 モールベアを観察し、避けて、攻撃した。

 全て上手く行っていたのではないか?


「勿論、それだけで上手く行く時もあるだろう。だが……君は私達にゴーレムで嵌められた。あの時君は、もっと自分や周りを見ていれば回避できたのだ。……あの時私達は、ゴーレムが縄を引き千切れるように細工していた。君はそれに気付かなかった」


 ゴーレムとの戦いの前。

 アールは、ボルターとコルトが縄に何かをしていたのは気付いていた。


 「あの時は敵ではなかった私達を観ていれば、ロープに細工しているのに、気付けたかもしれない。……自分を観察できていれば、言われた事をするだけの人形になっていると、気付けたかもしれん」

 

 だがアールは、ゴーレムの隙を作る為と聞かされて、その準備だと勝手に納得していた。

 言われたままの操り人形になっていた。


「相手を観るのと同時に、自分を外からも観るのだ。客観的な視点というやつだな。……私も、これが出来なかったからこそ、過去に失敗したのだ。……今も出来ているとは言えん。偉そうには言えんな」

「それは……。しかし、何でもかんでも疑う様なことは……」


 客観的視点から物事を考える。

 それは少し間違えれば、あらゆる事を疑い疑心暗鬼に陥らせる。

 まだまだ若いアールには途方もない話に思えた。


「今すぐ出来る様になれとは言わんさ。40に近い私もできてない。……まずは、信頼できる仲間を見つけるのだ。……私のギルドは鎧を持たない者達が、仕方なく集まった寄せ集めだった」


 信頼できる仲間。

 今回の一件も、アールが仲間探しに焦った結果とも言える。

 ボルターはまさにその心の隙に、上手く入り込んだのだ。


「……そこから通りに出れば、すぐ警察署だ。老人の無駄話はこういう時に役立つ。暇潰しになったろう?」


 アールは言葉に詰まる。

 アールを騙すまでのボルターは、演技だったのかどうか。

 それを聞きたかったはずなのに、もうアールは、それを聞く事はできなかった。

 アールの顔を覗き、ボルターは少し苦笑した。


「……そんな泣きそうな顔をせんでくれ。犯人を捕まえたんだ、笑っていなさい。そのまま警官に見つかったら、私の罪が重くなってしまうよ」


 ボルターを連れて警察署へ向かう。

 アールが付き添っていたのもあり、ボルターの自首はそう時間を掛けずに受理された。

 その後程なくして、逮捕されたコルトも、警察署に連行されてきた。

 結局コルトはグレイを捨てきれずに、それが仇となって逮捕されたとの事だ。

 グレイは組合に届けられていると聞き、アールは迎えに行く。

 何とも言えない気持ちで、彼は警察署を後にするのだった。

先達からの助言を受け取ったアール。

しかしその胸の内は、複雑なものであった。

こうして、ボルターとの出会いを発端とした一件は、幕を閉じる事になる。

是非次回も御覧下さいますよう、御願い申し上げます。

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