96 可能性の種
毬乃さんたちが帰宅してすぐに、夕食になった。もはやいない方が珍しい先輩も含め、皆で食事をとると部屋に戻り、可能性の種をすべて出す。
ダンジョンで入手できる可能性の種は、一個とは限らない。
場所によっては一個しか入手できない場所もある。しかし、二周目以降推奨の難度だと、複数個入手できることもある。
二周目以降の攻略が推奨されている、学園ダンジョンの可能性の種は、例にもれず複数個獲得できる場所だ。
ここでは一パーティ分である五個手に入る。数を確認し、もれなく回収したから、ここにそれらがある。
一つはもちろん自分で使用する。しかし残り四つをどうするか。
一応ツクヨミポイントに換金し、何らかのアイテムを買うということもできる。場合によっては、そうした方がいいのかもしれない。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
「……よし」
方針は決まれば、行動開始である。
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「夜這いですか? お待ちしておりました」
ななみの部屋に入ってすぐに言われたことはそれだった。……一応真面目な話をしに来たのだが。
「入室していの一番にそれか。違うから」
ななみに促されソファーに座ると、俺は話を切り出す。
「以前俺が目指しているモノの話したよな」
「そういえばしましたね、お笑い芸人の頂点でしたか?」
「懐かしいな、そのネタ」
「ええ、コンビ名は『ななみ症候群』で落ち着きましたね」
「落ち着いてないし、ファンが感染者扱いされそうだからやめよう」
武士みたいな感じで呼ばれるならまだしも、これは町中にゾンビがあふれてそうでヤバイ。でも逆に皆が気に入っちゃう、もしくは面白がって定着するまでありそう。
「感染者第一号はご主人様ですね!」
「俺コンビの相方だから……。まあ感染しているようなものか」
「ファンクラブNNN(ななみ、なんて、ななみん)、設立ですね……! ファンはご主人様一人いれば問題ございませんのであとは打ち切りで」
「ファンクラブって団体で定義されてると思うんだけど……それただのファンだよね?」
「細かいことは良いのです。あ、カード後で発行しますね」
「わーい、やったーひとけたかいいんだー」
なんかすげえ脱線したなぁ……。
「ななみ、そろそろ本題に入っていいか?」
「仕方ありませんねぇ、どうぞ」
「どっちが上かわからんな。まずはこれを見てくれ」
そう言っていくつかの種を取り出す。
一、二、三、四、五。ダンジョンで回収した五つの黄金の種。それを見たななみは小さく息をついた。
そして先ほどのボケボケの雰囲気から一転し、表情に真剣みを帯びる。
「……頑なにソロ四十層一週間攻略をしようとしていたのは」
「ああ、これのためだ」
さすがダンジョンマスター向けメイドナイト。
種を見たななみは、これが何なのかすぐに分ったようだ。また入手法をも察したようだ。まあ一週間は関係ないが、訂正しなくてもいいだろう。
「すさまじいものをお持ちですね。いったいどれだけのDPを……。これはダンジョンマスターでもめったに手を出さない代物ですよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうです。まさかこれを入手するなんて。さすがですご主人様。ですが……ちょっとそこで正座してください」
そういって満面の笑みを浮かべると、床に指をさすななみ。
俺は地面を見てもう一度ななみの顔を見る。
ななみは、いったん手を引っ込めもう一度、笑顔で地面を指さす。
「ゑ゛なんで?」
「いいですからご主人様は正座してください」
ななみが少し怒っているのは察せられたので、すぐに正座する。
「ご主人様。ご存じかと察しますが、こちらの種はですね。かなーりレアなアイテムです。私も驚くほどレアなアイテムでございます」
「は、はい」
「ソロ、もしくは四十層の数字を口にしていたことから推察するに、もともと入手の方法を知っておりませんでしたか? いえ、確実に知っていましたよね? なぜ知っていたか非常に気にはなりますが追及はしません。しかしです」
「しかし?」
「なんて無茶をなさっているのですか? こればかりは看過できません」
ななみは笑顔であるはずなのに、笑顔ではない。いや笑顔ではあるんだ、だけどそこはかとない怒りが体全体から漂っている。
「む、無茶したかなぁ。そ、そんな大変じゃなかったし」
正座している理由は察せられた。なんとかごまかそうとそう言うも、あまり意味はなかった。
「例えばです、銀行が大切なお金をどこにしまいますか?」
「ま、まあ、セキュリティ強固な金庫だろうなぁ」
「ダンジョンも理屈は同じです。ダンジョンの価値を上げるために『可能性の種』を設置するとしましょう。しかしダンジョンマスターはなるべく取られたくありません。では、どうやって設置するか」
ダンジョンの価値とかあるんだな……まあ藪蛇か、困らせることを聞くことになりかねないから、聞くのはやめておこう。
「え、えっとセキュリティを強固にする」
「その通りです。学園ダンジョンについては多少調べさせていただきました。正直申し上げますと、ご主人様なら三十層ぐらいが丁度よく、その先はちょっと辛いのでは、なんて思っていました。ですが……」
「ですが?」
「同時になんらかの方法で攻略するとも思っておりました。しかしです」
ななみはジト目でこちらを見る。
「そんな生易しいものではなかったはずです」
実はななみの言うとおりである。弱体化させることができたし、不思議なトランス状態になっていたから倒せたが、イカロスはあの階層に出現していいボスではない。火による弱体化のおかげで暴走状態を飛ばすことができたが、本来なら7、80層に出現してもおかしくないモンスターだ。
「分かりますか、よっっっぽどですよ、よっぽどのことがないと入手できなかったはずです。私の予想ですが高難度の迷路型フロア、罠フロア、高位ボスなんかがいませんでしたか? 絶対に何かがあったはずです」
「……」
おっしゃる通り過ぎて何も言えない。
「なぜ戻ってこなかったのですか? ご主人様の体は一つしかありません、ご自身を大切にしてください……それでも行かれたいのなら、せめて私を連れて行ってください……お願いします」
「次から、必ずセーフティをとりますし、皆と行くようにします……」
「本当にお願いいたします。……まったく、もし亡くなったらはぐれメイドを一人生み出してしまうのですからね。しっかり理解してください」
ほかの人のメイドになれば、なんて言おうかと思ったが、すんでのところで止めた。それは、言ってはならないような気がした。俺が黙っていると、ななみは俺をソファーに座らせ、頭を下げた。
「まあ、その、理解されているのなら、構いません。それと、申し訳ございません。言葉が過ぎました……。ご気分を害されたかと存じます。罰があるならなんなりとお与えください」
そういうななみに、思わず苦笑する。
「……なんで心配から言ってくれているのに、罰を与える必要があるんだよ」
「これでもメイドナイトの端くれです、本来はここまですることは許されないんですよ」
まあ正座とかさせてるもんな。まったくもって気にしていないが。
「じゃあ、許可するから……。これからも思ったことははっきり言ってくれ」
「……本当は口に出している時点で、商会に切られてもおかしくない愚行なのです。メイドとしては最悪です」
「じゃあこう言おう。言ってくれて、心配してくれてうれしかった。ありがとう。その商会からしたら愚行かもしれないけれど、俺からしたら最高の言葉で、君は最高のメイドだよ。出会う機会はないだろうが、あったら商会にそう言っといてやる」
そう俺が言うと彼女の目じりが少しさがり、はにかむような柔らかな微笑を浮かべる。
「まったく、ご主人様はそうやってポイントをためてくる。まったく、私でなければ危険でした。ときめきエターナルデスティニー間違いありません。なんとかコロリと落ちるだけで済みました」
「落ちてんじゃねえか!? しかもまたポイントがたまったのか……。今何ポイントだよ」
「そうですね、702億ポイントです」
「そうか702億かぁ、って702ぃ!? 十倍以上じゃねえか、この短期間で何があった?!」
「はつみ様に10億ポイント入ったため、私も負けていられないと思い、ポイントを数百億ほど入れておきました」
「えぇ……それで入るのかよ……」
ななみは口元に手を当て、くすくすと笑う。そんな彼女を見て、俺もつられて笑った。





