95 プロローグ
かつて、これほど充実していることがあっただろうか?
ソロダンジョン攻略の反動か、得た経験か、それとも思いか。見える世界の日常が、より彩られて見えた。
なぜ彩られているか、その理由はもう分かりきっていた。リュディが、先輩が、ななみが、姉さんが、皆がいるからだ。
俺は世界を彩ってくれる彼女たちに渡さなければならな……渡さな……わた。
ちょっとまて。
「学園前の広場よりも、校門すぐのところに設置するほうがより注目度が高いかと」
「確かに……!」
「ちょっとまて」
「どうされましたご主人様?」
「こうすけ?」
真剣な表情の、ななみ、姉さん、そしてあきれた様子で見るリュディ。
この状態にそこはかとない不安を感じたんだ。
結構真面目な話があったんだが、その話を切り出す前にしっかり確認しておこう。
「いったい何をしているんだ?」
見積書の文字とゼロがたくさん書かれた紙を前に、ななみと姉さんが話し合っている。姉さんはいつも通りの顔にしか見えないかもしれないが、俺にはわかる。今は真剣な時の顔だ。
「いえ、前人未踏の記録を打ち立てた記念に、銅像を建てようかと思っておりまして」
ほっ、なぁんだ銅像か。もっとぶっ飛んだ想像していたから少し安心した。
「ばっか、お前何言ってんだ、銅像とか恥ずかしいだろ。金の無駄だし、要らない要らない♪」
もちろん要らないけれど、銅像設置を検討するほどの実績を残せたって考えると、非常に嬉しい。頑張った甲斐があったってものだ。
「喜んで頂けて非常に嬉しいです。像の名前は、ななみグランドスラムが良いでしょうか」
「お前の銅像かよ、俺じゃねえのかよ!」
記録打ち立てたのは俺だルルォ!? 何でななみの銅像を建てるんだよ。確かに見栄えは俺よりも良いだろうけど、そこは俺だろっ?
「ななみのは冗談、ちゃんとこうすけの銅像」
よかった、安心したぜ。さすがにそこは俺の銅像だよな。
「そっかぁ俺の銅像か、嬉しい。でも、普通に要らないかな」
「ただ、学園への設置許可は下りているのですが、なにぶん費用が……」
俺の話を聞こうか。というか。
「それが本当だったら、毬乃さんに文句言わなければならない案件だな」
あの人って学園長と理事長兼任してる独裁者だからな。許可を取るならあの人だ。てかなぜ設置の許可出てるんだ。
「『学園長である私の像を、こうちゃんの隣に立てるなら、すぐに費用をだしても良いんだけど…』なんてほざいておりましたが、隣に立てるのは忠誠メイドである私であるべきでしょうに。もちろん拒否しておきました」
それならすぐに費用降りるんだ。あとで毬乃さんに文句を言う。絶対。
「とりあえずダメだ。銅像なんぞいらないだろ」
ななみは小さくため息をつくとヤレヤレと首を振る。
「……せっかく計画したというのに……残念です。今のでご主人様への尊敬ポイントが5減りました」
「へー尊敬ポイントね、そんなポイントあったのかよ……。ちなみに今何ポイント?」
「5億6千万ポイントですね」
「5ポイントとか誤差の範囲じゃねーか!?」
お前5億6千万円持ってて5円玉無くなってて気が付くか? 絶対無くなったの気が付かないわ。
「心震える素晴らしいツッコミです、3000ポイント入りました」
「なにこの増加量、増える一方だぁ……」
「ちなみに100ポイントが上限値ですね」
「超限界突破してんじゃねえか!? 尊敬どころか崇拝や狂信レベルだよ!」
「照れますねぇ」
「褒めてねえし……」
むしろ褒められるのはポイントを溜めた俺であるべきだし。
「こうすけ、安心して」
小さくため息をつく。
姉さんかぁ……姉さんの安心は、安心できた例しが無いような気がするんだが。
「……何を安心するんだい姉さん」
「お姉ちゃんポイントも8億ポイント突破してるから」
やっべぇ二人そろうとツッコミ追いつかねぇ……お姉ちゃんポイントって何? しかも『ちゃん』ってなんだよ、『ちゃん』って。前も『ちゃん』言ってたし、『ちゃん』で呼んで欲しいのか。恥ずかしいんだけど一度呼んでみるか。
「そっか……ありがとう、お姉ちゃん」
「!! 今お姉ちゃんポイント10億入った」
「今のでご主人様への尊敬ポイントが5万減りましたっ」
「なんでっ!?」
「下がったのは冗談です……はぁ」
冗談っぽく聞こえないんだが。まあいいや。
それにしても……なんて言えば良いんだろう。日常がこちらに向って全力疾走してきたとでも言えば良いのか。このアホな生活が懐かしい。1週間ダンジョンだったからな。
「リュディも何か言ってやってくれ」
ひっそり話を聞いていたリュディに振ってみる。
「銅像は自己顕示欲が高くてどうかと思うわね」
おう、その通りだ。リュディはすばらしいな。頼む、もっと言ってやってくれ。
「デフォルメした人形とかだったら……」
「そうそう、デフォルメした人形だったら…………っていらないわ!」
どう考えても要らないだろ! ななみの影響受けたのかな? どうしてボケてしまった、それよりもツッコミに回ってくれ。
「そ、そうよね。じょ、冗談よ!」
「まあいいや、そういえば先輩は?」
「風紀会の何かがあるらしくて、毬乃さんと帰ってくるらしいわよ。何でも一年生が無謀な事をしでかす前に、色々対策しておかなければならないんですって」
へぇ、無謀なことをしでかすヤツね。そんなヤツいるのか……なんだか身に覚えがありまくるような。
「多分幸助の所為よ」
「だよな。後で謝っておく」
「雪音さんは気にしてないでしょうけどね。楽しそうにしてたし」
と俺らが相談していると、またもや真剣な表情で話し合っているななみ達。
「……それで、ななみ達は何の相談をしているんだい」
「正直、目から鱗でした。デフォルメ人形を作るべきでしょう」
「欲しい、売れる」
「いや、売れないだろ」
俺のデフォルメ人形をほしがるヤツなんて……いるのか? いないだろ。むしろ。
「リュディとか、姉さんとか、ななみのヤツを作ったほうが良い気がするが。俺欲しいし」
「わ、私の!?」
「お姉ちゃん……」
「デフォルメ以前にここに本体が有るではありませんか」
三者三様の反応だぁ。そして何が言いたいのか分らんのが混じってる。
「リュディとかすさまじい勢いで売れると思うぞ。LLLとかに」
実は写真とかが高値で取引されてるんだよな。
「ああ……」
なんだかすごく嫌そうな顔だ。そういえばLLLを毛嫌いしてたな。
俺がリュディと話していると、ななみ達がこそこそ話しながら、立ち上がる。そして部屋を出て行った。
「そういえば……」
俺が部屋を出ていく二人を見ていると、リュディからそう切り出された。
「さっきポイントの話してたじゃない?」
「ああ、してたな」
彼女は下を向きながら、なぜか少しだけ顔を赤くしている。そして髪を右手でいじりながら、急に明後日の方向を向くと、コクリと小さく唾をのんだ。
「その、ね。私に信頼ポイントみたいなのがあれば、幸助は、さ、最大だからっ!」
そう言ってリュディは勢いよく立ち上がる。
そして足早に部屋を出……出ようとして扉に肩をぶつけ、痛そうにしながら部屋を出ていった。
いつもの不定期更新です。





