81 学園ダンジョン突入前 先輩
この話と次の話でヒロイン成分しっかり摂取してください。ダンジョン行ったらしばらくでない(予定)です。今回ソロだもんね……。
食事を終えて伊織と別れた後、さあ、先輩の所へ行こう! とした時だった。ふわふわのピンク髪が目に入ったのは。先輩に会いに行く途中ではあるが、久しぶりに見かける顔があったので声をかける。
「こんにちは、ルイージャ先生」
体をびくりと震わせ、ゆっくりこちらに顔を向ける先生。
「う、うぅ」
こわばった笑顔を浮かべていた先生だが、やがて諦めたかのように、シュンと悲しそうな顔に変わる。
「その、何でしょうか。ええと、覚悟は一応出来てます……」
なんのかな? 俺が言葉を失っていると、先生は言葉を続ける。
「その、初めてなので……」
「急に何を言い出してるんですかね?」
急な暴露やめてくれません? そもそも登場ヒロイン全員がそうであることは知ってるし。先生の場合は確か、初めて好きになった人に彼氏がいたせいで及び腰になったんだよな。いろんな意味で衝撃半端なかったに違いない……察するに余りある。
「ルイージャ様、ご主人様はゆっくり関係を進めていきたいとのことで、まずは膝枕をご所望のようです」
突然ななみが前に出てきたかと思いきや、そんなことを言い放つ。
「えっ、その。それぐらいだったら……」
いいのでしょうか。あたりに誰もいないな、なら俺は断らないからな!
「その、ねえ、瀧音君……私この子見たことが無いんだけど」
ななみを見ながら困惑した様子で尋ねてくる先生。
そうだよな、学園内をメイド服で闊歩しているヤツなんて、俺だって見たことが無い。和服とかはいるんだけどな。何だこの学園……。
「ああ、最近入学したんです」
「ええぇ、最近? え、私何も聞いてないんだけど……?」
最高権力者が許可出してたから大丈夫でしょ、多分。まあこの話はさらりと流してしまおう。
「しばらく会ってませんでしたが、その後の経過はどうですか?」
ぱっと明るくなる先生。
「そうなんですよ、少し生活に余裕は出来ましたし、催促の電話とかはかかってこなくなりました。そういえばお願いがあるんですが」
先生は桃色の髪を抑えて、はにかんでもじもじとする。
「お願い?」
「その……お小遣いを増やして欲しいなって…………」
ななみの顔がぴくっと反応したのが分かった。そりゃ驚くよな。教師が生徒にお小遣いの増額を申し入れすれば。
「構わないんですけど、何に使おうとしてるんですか?」
現在のルイージャ先生はお小遣い制である。学園からのお給料は先生の口座、ではなく俺の口座に入金される。そこから俺が借金返済分やら光熱費やらを引いて、使っても良い分だけ先生の口座に入れている。ネットで振り込んだときは、何で俺がこんなことやってるんだろうと思った。
「ええっとね、とてもよく眠れる枕があるらしくてね、いまならたったの……」
「はい却下。ななみ、行こうか」
「ちょっと、どこ行こうとしてるの!?」
聞くだけ無駄だなと思っただけだよ。
「お願い、少しだけでいいから、今しか買えないらしいの!?」
「あーはいはい。安眠枕ね。安いのがありますからそれでいいですね。後で送っときます」
ネットで注文して先生宅に届ければ良いだろう。
「それじゃダメなのっ! 今この枕を買わないとぉ!」
それめっちゃ詐欺の手口!
「全然ダメじゃ無いです、ていうか俺十分なお小遣いあげましたよね?」
先生は手で髪をいじりながら、舌をぺろっと出す。
「とっても良い布団があるからって……つかっちゃった……」
可愛いけど論外である。
「クーリングオフで」
すがってくる先生を振り払いながら、先輩との待ち合わせ場所に向う。先輩はすでに来ていたようで、着席したまま唖然とした様子でこちらを見ていた。
「あっ先輩、申し訳ないです。……遅くなってしまって」
「あ、ああ。私が早すぎただけだ。時間はちょうどだが……」
先輩が動揺している。まあ理由は分かるが、あなたいつまでひっついてるんですかね?!
「先輩、目の前の状況ってどう見えますか?」
「不倫現場を見つけた若夫に、『別れたくないっ』なんてすがりつく妻みたいだ」
昼ドラかな。これ明日絶対噂になってるだろうな。
「なるほど、こうすればなお良い感じですね」
と言ってななみが先生と反対側にすがりつく。男を取り合う二人組の完成だ。これはあれだ、白そうなアルバムシリーズか、学校デイズか。
昼ドラだな。俺は二人を払うと、ななみにルイージャ先生を任せて(押しつけて)、頭を下げる。
「申し訳ないです、変なのを連れてきてしまって」
「い、いや色々驚いたが平気だ」
ふとななみを見れば、ルイージャ先生と何かを話している。
「ゴホン、さ、さて明日は試験だと言うのに、君は挑戦するんだろう?」
「ええ、行きますよ。まあこれ毬乃さんと、ななみ以外に話すつもりは無かったんですけどね……」
心配かけそうだから伝えるのは止めて欲しいと言ったのに、毬乃さんたら次の日にバラしてるんだもんなぁ……。
「そうか。ふふっ。本当に行くんだな」
「ええ、行きますよ。その準備のために今日学園に来たんですし」
欲しいものは、しっかり手に入った。学園ダンジョンに向けてすべきことは、もうほとんど無い。当日用意する物ぐらいだ。
ははは、と先輩は心底おかしそうに笑う。
「君の破天荒ぶりには、呆れを通り越して笑いと尊敬にかわるよ」
といって先輩は制服のポケットから緑色の巾着を取り出すと、中に手を入れ何かを取り出した。そして俺の側に近づいてくる。
あと一歩の所まで近づくと、先輩は少し照れくさそうに美しい黒髪をさっと払い、耳にかける。先輩の白く潤いのある頬と、三日月のように弧を描く耳が空気に晒された。
そして、まるで生まれたばかりの動物を見るような、そんな優しい瞳でこちらを見て、クスリと笑う。
「手を出してくれ」
俺が手を差し出すと、先輩は巾着から取り出した何かを、俺の手に乗せる。そして俺の手を両手で優しく包み込んだ。
「君はさらりと言っているが、やろうとしていることは異端で、非常に難易度が高い」
「そうですかねぇ?」
「ほらっ、今だって軽薄な口調で話しているだろう。あそこはそんな場所じゃ無いんだ、かなり辛いぞ?」
「いやいや、それなりに大変だとは思ってはいるんです。同時にまあ出来るだろうとも。それにこれくらい出来なければ、最強になれないんじゃないか、なんて」
「これくらい、か。難しいな。私は戦闘ならば行けるだろうが、時間的に無理だ。モニカ生徒会長なら出来るかもしれない」
先輩は浮かべていた笑みを消し、真剣な表情でこちらを見た。
「本当の事を言うと、私もついて行きたい。一緒に連れて行って貰いたいんだぞ」
俺だって連れて行きたい。先輩もリュディもななみも、全員連れて行きたい。でも今回ばかりはどうしてもダメなのだ。
「まったく、そんな顔をするな。理由があるんだろう? 分かっている」
先輩は名残惜しむように、ゆっくりと手を離していく。俺の手に乗せられていたのは見覚えのある風景が縫われた、お守りだった。
そこに描かれていたのは滝だった。小さな滝とそれを受け止める小川。あの、美しい風景。
俺達が初めて出会ったあの滝だった。
その滝は私有地である。こんな場所知っている人は数人しかいないだろうし、行く人はさらに少ないだろう。だからこそ、これが店に売られているわけがない。
手作りのお守りだ。
「君から貰った指輪を考えれば、全然価値のないものだが」
はにかんだ笑みを浮かべながら先輩はそう言った。俺はそのお守りをぎゅっと握る。
「先輩……そんな事無いです。もし俺があの指輪五個と、このお守りどちらか選べって言われたら、俺は指輪を火口に捨てたっていい」
価値ある指輪なのかも知れない。でも俺は、先輩の大事な時間を削ってまで作ってくれたこのお守りの方が、はるかに価値がある。
「ははっ、もったいないぞ、ばかものっ。でも、ありがとう」
俺はゆっくり手を開いて、握っていたお守りを見つめる。
「先輩、テスト近いって言うのに、ホント何してるんですか……ただでさえ俺の鍛練に付き合って貰っているって言うのに、馬鹿はどっちですか。凄く、嬉しいです」
このお守りはかなり手の込んだ物だ。1,2時間で簡単に作れる物じゃ無い。テスト前という大切な時期に、俺の鍛練に付き合ってくれただけでは無く、こんな手間暇をかけてくれたのだ。
「瀧音……成功を祈ってる」





