76 ななみの心情
瀧音幸助は異質である。
メイドナイトである私は、契約者を選ぶ立場では無いです。天使の中には選べる立場の者もいますが、天使カースト最下層に位置する私は基本的にありえません。
その中で瀧音幸助が自分と契約したことはある意味で悪く、ある意味で良かったのかもしれません。
本来ならば、私はダンジョンマスターか、それに準ずる者と契約するのが普通のため、一般人とは基本的に縁が無いはずです。
しかし瀧音幸助とは契約できた。それはある意味で運が悪かったのでしょう。元々私は知識複写の魔法が使われ、ダンジョン管理やマスター補助のための知識等が組み込まれています。しかし瀧音幸助は明らかにダンジョン管理者側ではなく、ダンジョン攻略者側。私の一番の存在意義が否定されたような物です。
しかし契約は契約です。私達にとって一度交わされた契約は絶対であり、私とご主人様との確かなパスがつながっている事は間違いありません。故に私はご主人様の忠実なメイドナイトにならざるを得ません。
どうなることだろうか、と心配もしました。転写された知識によれば、メイドナイトシリーズは、いくらでも代わりのある歯車であり、基本的に大切に扱われないことが多いとのことです。
しかしご主人様は、まるで私を自分と対等のように扱おうとするではありませんか。
私はご主人様の許容範囲を探るために、わざとふざけて様々なことをのたまってみたものの、ご主人様はなぜか怒らない。まあ少し照れ隠しでふざけた部分もありますが。
とりあえず、ご主人様は怒ることはありませんでした。その代わり、お笑い芸人顔負けの鋭いツッコミで返されました。
はっきり申し上げれば、それは非常に楽しかったです。くだらないことを言い合えることは最高の信頼関係を築けると、私の知識がいっていました。しかもです、出会って間もないというのに、ご主人様はこちらを信頼してくださってる節があります。
私が申したくない事を無理に聞きません。まあ申し上げれば私だけでなくご主人様も危険になる可能性があることですが。
しかし、出会って間もないのに、なぜご主人様は信頼してくださるのでしょう。不思議です。
私は逆に心配になって、言わなくて良いことを言ってしまいました。本来ならこう使われるであろう使い方を、ご主人様に話してしまいましたし、自分に不都合なこともかなり言いました。まあ言わずとも後にバレていたでしょうが。
どうやらご主人様は天使に幻想を持っているようです。天使の最下層は人間の世界で言えば奴隷に近い扱いをされることが多い。それを伝えた瞬間は少し後悔しました。今後の私の扱いはどうなるのでしょうか。私はなぜ自身で墓穴を掘ったのかと。
驚くことにそれでもご主人様は私を大切に扱ってくれるようでした。
むしろ同情されてしまいました。はっきり言いましょう。与えられた知識の中にある、他のメイドナイトと比べると、待遇は最上位と言って良いかもしれません。
何よりご主人様は私を必要としているようでした。作られた存在である私達にとって、それはある意味で最上の言葉でありましょう。
私がご主人様と契約できたことは、これ以上無い幸福でありました。
一つ驚いた事は奥様候補が複数いたことでしょうか。冗談で言ったつもりが皆様本気でしたので、もうなんと申し上げれば良いか分かりません。
ただ、良い事ばかりではありません。すこし疑問に思う事もいくつかあります。
私を仲間に引き入れてすぐに向ったダンジョンもそうです。ご主人様はダンジョン『暗影の遺跡』についての資料を見たと仰っていました。しかし、資料があるならなぜすでにダンジョンが発見されていないのか、なぜその資料自体を持ってこないのか、問い詰めたいところですが、聞かれたくないようでしたのであえて聞きません。もし言いたくなったら仰ってください。それまで待ちましょう。ただ、私としては聞かせて頂きたい。
それとダンジョンの入り口で、ふてくされてしまった私をお許しください。しかしですね、こればかりは私も言い分があります。
使用済みショーツを捧げるなんて、どうかしていると思います。
このダンジョンを作ったダンジョンマスターは頭がおかしい。なぜショーツを三枚捧げて入れるのですか?
さて、それから一悶着ございましたが、なんとかダンジョンに入る事が出来ました。そしてボスを倒し、宝箱に近づいたときです。問題が発生したのは。
がたんとリュディ様達の足下が二つに割れます。しまったと思った時には、ご主人様が穴に飛び込んでいました。
ご主人様は身を挺して、リュディ様達を守りました。しかし代わりに、自身がヌルヌルになってしまいました。致死的な罠で無くて良かったと、心から安堵しました。そしてそれと同時に自分自身のふがいなさを恨みました。
どうやら身を挺して助けてくれたご主人様に、リュディ様達は言葉もないようでした。私も同じ状況だったら、そうなっていることでしょう。
それから10分程かかって、ご主人様を洗い終えました。
今回は私のミスの所為で、ご主人様をこんな目に遭わせてしまったことを、深く反省しなければなりません。本来なら私はご主人様に罵倒されるべきでした。それなのにご主人様は私のせいじゃないと言い張り、そして頼りになってくれたと褒めてくださいました。
そして何より嬉しかったのは、私達のくだらない言い合いを楽しいと思って頂けていたことです。楽しんでいるのは私だけかもしれないと思っていたから、より嬉しかったです。
さて、喜んでばかりもいられません。いつか休日を頂けるとのことでしたので、その日に罠探知を強化しておかねばなりません。
そんな事を考えながら、私達は宝箱の前に移動しました。
その宝箱をリュディ様が開けようとしましたが、パスワードが設定されているようです。しかしご主人様は知っていたようなので、ご主人様に開けて頂きます。しかし、なぜパスワードを知っているのでしょうか。
さて、中に入っていたのは5つの指輪でした。宝石と魔力を見た限りだと、中級属性強化の指輪4つに、初級程度の効果がある指輪でしょう。初級の方は能力の低い私はまだ鑑定できません。しかしご主人様はそちらの能力もお求めになっているようなので、睡眠時間を削ってでも鍛えておきましょう。弓の訓練を徹夜でしていて良かったですし、鍛えておいて損は無いでしょう。
さて、はつみ様の言葉で分かったことは、私やご主人様の価値観は、どうにも皆様とずれていそうだという事です。
ご主人様は『四属性の指輪にそんな価値無いだろ』なんて顔をされていました。後でどう思ったかを確認しようと思いますが、間違いないでしょう。
やぶ蛇になる可能性もあると思い、あえて何も言いませんでしたが、ダンジョン産にしてはそれほど良い物ではありません。私の知識がそうだといっています。これらは中級クラスのアイテムでしょう。
また、この世界で一般的なのは私やご主人様の価値観ではなく、リュディ様達の方であると考えなければならないようです。ならば導き出される結論は……。
と考えていると、ご主人様は私に火属性の指輪を渡してきました。どうやらご主人様は一番レアリティの低い指輪を手にして、その他を配ってしまうらしいです。
リュディ様達はダンジョン入り口で代償を支払ったものの、ダンジョンを発見し謎を解いたのはご主人様であると理解しています。
だからこんな良い物を貰って良いのかと驚いていました。
認識のズレとはこのような結果をも及ぼすのでしょうか。
そのズレがまた、ご主人様の評価を上げる事につながっています。狙ってやっているのでしょうか、無意識でやっているのでしょうか? 実際の所、狙ってますよね?
どちらにしろ、さすがですご主人様。意識的にしろ無意識にしろ一度に四人へ指輪のプレゼントとは、数多のプレイボーイでもできないに違いありません。まあプロポーズではないことは分かりきっていますが。
しかしリュディ様がこっそり左手の薬指にはめようとしていたのを見る限りだと、プロポーズといっても、あながち間違いと言えないかもしれません。それを横目で見て自分もしようとしていた、雪音様も言わずもがなです。
まあ二人とも思い直して右手の薬指に填めていましたが。
もちろん私は左手の薬指に堂々と填めました。当然ですね。そんな目で見てないで、堂々と填めれば良いのです。ご主人様にアピールするなら、もっと直接的な方がよいと、アドバイスさせて頂きます。はつみ様を見習ってください。……いえ、はつみ様は直截すぎますね。私も初めは驚愕しました。
そういえば洞窟を出てからご主人様が挙動不審だったのはなぜでしょうか。はつみ様とリュディ様と雪音様に声をかけられたときなんか、特にです。
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ダンジョンから帰宅した夜、ご主人様は私を呼びました。
ご奉仕ですか? と伺いましたが、どうやら違うようです。いつでも受け付けている旨をお話しし、本題を聞くことにしました。
「またダンジョンに行かれるのですか?」
「それについてきて欲しい」
欲しいではなく、来いでも別に構わないのですが。
ご主人様は必ず安全マージンを取るからと花邑家の者に言って、二人でのダンジョン突入の許可を得ていたそうです。なるほど、明日は学園の日なのですね。道理ではつみ様達がついてこないわけです。
「今のうちにどうしてもやっておきたいことがあってだな……」
「お言葉ですが、少し休みを挟んではいかがでしょうか? 近頃ダンジョンに行ってばかりです」
と言うとご主人様は右手で首をかいた。
「そうなんだけど実は成したい目標があってだな……そのためには今頑張っておきたいんだ」
「成したい目標ですか?」
「ああ、実は天下を取りたくてだな」
と恥ずかしそうにそう言ったので、とりあえず茶化してみることにしました。
「まさか、お笑い芸人でしょうか♪」
「何でだよ! 漫才で天下を取りたいんじゃねぇよ、魔法だよ魔法!」
「ああ、そうですか……」
「何でやる気失せてんだよ!」
「実は目指しているかと思い、ご主人様と私のコンビ名も考えていたというのに」
「準備良いなっ! ちなみにコンビ名は何なの?」
「ええ、わたくしとご主人様の名前を考慮し、ななみレボリューションはどうかと考えてました」
「それ瀧音幸助の『た』の字すら入ってないかなぁ。どこに考慮されたんですかね」
「仕方がありません。断腸の思いで妥協し、こちらにしましょう。ななみエクストリーム……!」
「やっぱり俺は考慮されてないよね?」
思わず顔がにやけてしまう。
ホント、ご主人様との会話は楽しい。優しくて、扱いが良くて、一緒にいるだけで幸せになる。一体これ以上何を望めば良いのか。
どうやら成したい目標とは、最強になることらしいです。それに力を貸して欲しいと。
だから、何度も申し上げますが、ご主人様は契約を理解していない。
私は命令されれば言葉通り何でもしなければならないというのに、あなたはいつもお願いばかりだ。あのですね、蓄積されていたメイドナイトの知識には、こんな対応をする人はいらっしゃいませんでしたよ?
そんなへりくだった態度でお願いされたら……全力でお手伝いするしかないではありませんか。
「仕方ないですね、最強になったらしっかりネタの練習をしますよ?」
「まだお笑いを引きずるのか」
ご主人様は苦笑しながら部屋に戻られる。一瞬、ご主人様の布団に入って、温めておきました、なんてしようと思ったけれど、さすがにやめておきました。明日はまたダンジョンです。少し修行をしておきたい。
さて、周りの人々の激烈なバックアップのある前途洋々なご主人様ですが、気がかりがあるとすれば、あの女性でしょう。
何もないとは思うが、私が注意しておこう。ご主人様なら、何かされても苦笑して「仕方ない」なんて、言うかも知れません。仕方なくなんてない。
ただ、話した限りでは敵ではないようです。私に「ご主人様の味方である」事や「不利益にならない」と誓って頂きました。そもそもですが、彼女がご主人様を好きなのは伝わっています。だからこそ安全ではあると思われます。
しかしその存在は一般人とは隔絶しています。どうしてこんなところにいるのでしょうか。いやそもそもこのあたりがおかしいのです。
本当に、このあたりはどうなっているのでしょう。似たような事は私の知識にも無いです。
いずれご主人様と一緒に話してくれるらしいですが、それは今ではありません。
しかし私はご主人様に万が一が無いようにしないといけない。
だからこそ、注意しておきましょう。
ツクヨミ魔法学園、学園長、花邑毬乃を。
彼女に関しては安心してくださいとしか言えないです。





