74 暗影の遺跡⑥ そして勘違いへ…
七、八、九層のサンドゴーレム地帯を抜け、ようやく目的の物がある最終層、十層に到着した。十層はこれまでのランダムマップではなく、固定マップになっている。それもボス部屋直通の一本道のみと、最終階層らしい作りだ。
少し休憩を挟み、準備を整えると俺達はボスへ挑んだ。
現れたボスはライオン・マミーである。
ライオン・マミーは名前通りライオンのミイラである。雌ライオンを黒くして病的なほど痩せさせたような姿だった。
速さと攻撃の重さは『薄明の岫』で戦った火車よりも多少速いだろう。だけど苦戦する事は全くなかった。そもそもこのダンジョン『暗影の遺跡』は前回の『薄明の岫』と同レベル帯のダンジョンである。ボスも同レベル帯であるのにもかかわらず、こちらは前回とは違い俺一人でない。
相手の攻撃にしっかり反応出来たし、ストールでガードも余裕で間に合う。俺が二回攻撃を防いだところで、リュディのウインドカッターで切り裂き押し出され、俺がぶん殴って壁までぶっ飛ばし、ななみの矢で爆発したのち、リュディのストームハンマーで完勝である。
可哀想なぐらいフルボッコだった。
「……あっけないわね」
「……そうだな」
本当にあっけなかったな。爪が少し恐かった、なんて小学生並の感想しか言えない。
一応マミー系共通の弱点である、火の陣刻魔石を用意していたのだけれど、それ以前にうちの火力が圧倒的すぎた。
本来ならもう一段上のダンジョンへ挑んで良いだろう。まあ、もう一つのダンジョンに行った後に、一段上レベルじゃ無いところへ挑む予定ではあるが。
リュディが魔石を拾ったのを見て、俺達は先へ進む。
ボス部屋を進んだ先にあったのは一つの宝箱だった。木と鉄で出来たその宝箱は、間違いなく俺が求めていたアイテムの入っている宝箱であろう。
その宝箱を見てリュディと先輩が笑顔で近づいていく。その後ろをななみと姉さんがついて行った。
はて、と首をひねる。そういえば俺はここの宝箱を取るときに、何度かリセットしていたような気がする。一体なぜしていたのか?
リセットをするなんて、CG回収以外にあり得るだろうか?
四人を追って歩いていると、不意に頭の中で、ヌラヌラになったリュディの姿が浮かびあがった。
「あっ」
思い出した。ここには罠があったのだ。それもSRPGパートの罠ではない。アドベンチャーパートの罠だ。
記憶が確かなら、宝箱の前に落とし穴がある。どれだけ罠系スキルが高かろうと落ちるイベント罠であり、落ちた先にはヌッラヌラでエッロエロな気分になってしまう、そんな液体が敷かれていたはずだ。またエロゲありがち設定だが、エッロエロ気分になるのは女性のみだ。
イベント罠の影響によってか、ななみの罠探知も正常に機能していないようだ。リュディ達は気が付いていない。
このまま行かせてしまっても良いのだろうか?
頭の中にヌラヌラの先輩とリュディが浮かぶ。
落ちれば、俺がある意味で待ち望んでいた光景を見ることが出来る。しかしそれを知っていて、わざと黙っているなんていいのだろうか。
もし今回落ちたのだとして、その姿を全身全霊で拝見して、そのメモリーを記憶の奥底に2重バックアップ保存したとして、これから先、彼女達と普通に接することが出来るだろうか。
やっぱり、ダメだ。
「リュディ、先輩、止まれっ!」
その言葉とほぼ同時だった。ガタン、と音がして、リュディと先輩の足下が二つに割れたのは。
落ちていくリュディと先輩に第三、第四の手を伸ばす。しかしその手は届かない。遅かった。だけど少しでも助けられる可能性があるのならと、その穴に飛び込んだ。
空中で俺はリュディを第三の手で、先輩を第四の手で掴み、上へと持ち上げる。そして落下の衝撃に備えた。
衝撃はほとんど無かった。ビチャン、というより、ヌパ、と言った方が良いだろうか。
俺が落ちたのはそういった液体だった。ただそれほど液体の量は多くなかったようで、膝あたりまでしか濡れていない。またこの液体が落下の衝撃を抑えてくれたのだろう。痛みは全くなかった。多分卵を落としても割れることは無いだろう。
ただ尻もちをついてしまったから、俺はかなり濡れてしまっているのだが。
「リュディ、先輩、大丈夫かっ」
「わ、私は大丈夫だ」
「私も……」
俺は先輩達がつからないよう持ち上げたまま、あたりを見回す。すると右手側に階段のような物があったので、そこに例の液体がない事を確認し、二人を下ろす。
普通に考えると、罠には抜け出すための階段なんてなさそうであるが……特殊なエロ罠の所為だろうか?
降りてきたななみ達と合流し、俺達はいったん上に進んでいく。
階段を上ってすぐに姉さんは俺の体をチェックした。
「この液体から嫌な感じを受ける。ゆきね」
先輩は頷くと、すぐに水魔法を使い俺を洗い流す。姉さんは解毒の魔法を使ってくれた。
「幸助……」
そう呟くリュディと心配そうな顔で水魔法を使う先輩を見て、ホッとため息をつく。
「リュディ達が無事で……よかった」
本当に無事で良かった。もしヌラヌラになっていたら、良心の呵責に苛まれながらもムラムラして、扉を開き新世界へ旅立っていたかもしれない。
「ご、ごめんなさい。私が不注意だった……」
「すまない、私も迂闊だった」
と二人は言うが、
「二人とも、もう謝らないでくれ」
実際の所、俺が悪いのだ。もっと早くに行動していれば、この惨状にはならなかった。それに俺はリュディや先輩のエチエチな姿を見たくて、わざと黙ろうともしていたのだ。
「幸助……」
リュディは俺をタオルで拭こうとしていたが、手を止める。そしてタオルをそのまま握りしめ、感極まったかの表情をしていた。先輩も水魔法を使うのを忘れ、ぼうっとこちらを見ている。
「ご主人様……」
俺は声をかけられ、横を見る。そこにいたのは、思い詰めた表情のななみだった。彼女は深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません」
一体何のことだ、そう思った。
「罠を探知出来ませんでした」
それを聞いて、なんだ、そんな事かと首を振った。
「謝る必要なんて無い。今日は探知でも戦闘でもずっと頼りになった」
「しかし……」
「しかし、じゃない」
今回の件はどーーー考えても俺が悪いのだ。
「変に思い詰めないでくれ。そしていつもの状態に戻ってくれ。お前と言い合っている軽口は、楽しくてしょうがないんだ」
ジョークだと分かってるからな……ジョークだよね?
「ご主人様……」
まったく、そんな目で見ないで欲しい。罪悪感が募るんだから。





