73 暗影の遺跡⑤
「ンッッアッ……ハァ、ハァ……」
俺は魔力を送るのを止めると、リュディは深いため息をつく。そして俺にもたれかかりながら、息を整えた。そのトロンとした目に、汗をかいて髪の毛が頬や額に付く姿は、正直いろんな意味でやばかった。かった、ではないな。現在進行形である。
すぐに握っていた、温かくて少しウェットなリュディの手を離す。すると彼女は小さくあっ、と声をもらした。
さて、俺の贈与魔法はどこかおかしいのだろうか? クラリスさん曰く、不思議なマッサージを受けているような気分になるそうだが、俺がクラリスさんから贈与魔法を使って貰っても同じにならない。ゲームとかであればまあ良いのだが、現実でこんな感じになると色々困る。特に戦闘前とか。
考えても原因は分からなそうなので、それはおいておくとしよう。まだ疑問がある。
なんで姉さんとななみは、一列に並んでこちらを物欲しそうな目で見ているのか。
ななみ含む天使達は基本的に魔力で行動するため、欲しいと言うのはまだ分かる。試験的に一度送ったことがあるし、戦闘で魔力をある程度使用していたから贈与してもなんら不思議ではない。
しかし何で姉さんが並んでるんですかね? 姉さんはほぼ魔法使ってないよね?
先輩を見て欲しい。先輩はしっかり体を休めていて…………あれ、リュディを見て思い詰めた表情を……き、気のせいだろう。
姉さんとななみに『家に帰ったら贈与魔法を使う』事を約束させられて、俺達は先へ進む。
----
あれから何層か降りて六層までたどり着いた訳だが、いままでの戦闘から少し変わった点があるとすれば、先輩が戦闘に参加するようになったことだろう。
見ていたら体を動かしたくなったそうで、やけに張り切って魔法を使っている。
しかしそれは攻略において非常にプラスであると言えた。それは現時点での俺、リュディと相性が悪い『サンドゴーレム』が現れたからだ。
サンドゴーレムはその名の通り体が砂で出来ている。俺の物理攻撃は砂によって分散吸収されるだろう。第三の手、第四の手で攻撃で吹き飛んでも、すぐに立ち上がってダメージを受けた形跡が見られない。リュディの風魔法も同じだ。ストームハンマーの打撃と風では、例え吹き飛んで壁に激突したのだとしてもすぐに起き上がりこちらへ向ってくるのだ。ただ動きが遅いためよっぽどの事が無い限り、攻撃を受けることは無いだろう。しかしこちらも攻撃手段が乏しい。
そこで先輩の登場である。
先輩の得意な水魔法は、サンドゴーレムに対して非常に有効だった。サンドゴーレムは水を浴びると硬質化するからだ。それも土を固めたぐらいの硬質化だから、簡単に粉砕する事が出来るため、そうなってしまえば、あんなのはただのサンドバッグである。
そのため先輩の水魔法を当てる、俺とリュディが破壊するを繰り返すことで処理をしていた。
ただ、着弾点を爆発させる弓魔法『エクスプロード・アロー』を覚えたななみは、例外である。硬質化前に爆破で倒すことが出来るため、数が多いときには非常に助かっている。もし先輩が手を出してくれなければ、ななみの負担が増えることになっていただろう。
ていうか技を覚えるのが異様に早い気がするのだが、気のせいだろうか。
おかげで非常に戦闘が楽だ。もしソロでここに来ていたら少し面倒だったろう。
リュディだったら、先輩ほどではないが水魔法も使えるし、覚えようと思えば爆発魔法も覚えられるため、ソロ戦闘でも問題は無い。ただし今は風魔法に注力しているらしく、水魔法はそれほど使えないらしいが。まあ、パーティで戦闘するならば、色々な魔法に手を出すより、得意な属性を育てていった方が有用である。
ゲームでもそうだった。全体的にまんべんなくをするのは、一つがある程度終わり、時間に余裕がある時(二周目以降)が定石だ。何かに特化してしまった方が、断然使われる。
ただ俺の場合、ソロでのサンドゴーレム戦は面倒を極める。
一応水球を出すことは出来るが、異様に効率は悪いし、狙った場所に飛ばせないし、何より水球が小さいから、全身硬質化させるのにどれぐらいの時間と魔力を使うのかわからない。
水のエンチャントを施したストールでぶん殴っても、残念なことに硬質化はされないから威力は吸収されるし、こうなったら陣刻魔石を使わざるを得ない。
しかし陣刻魔石をわざわざ使って戦うほどだろうか? それを考えれば、全逃げだろう。囲まれそうなときぐらいにしか戦わないことは目に見えている。ただ経験値は美味しい魔物だったので、条件さえ揃えれば戦うのも良いのかもしれない。
「だからといってパーティで効率狩りするのもなぁ」
それ以上に稼げる場所があるから、有用ではなさそうだ。
先輩が放った水球を浴びたサンドゴーレムを砕き、魔素と魔石に変わるのを見守る。ぼーっとそれを見ていると後ろから声をかけられた。
「瀧音はなぜそんなに強さにこだわるのだ?」
後ろにいたのは先輩だった。
「最強になりたいからですが……?」
先輩には以前話したような気がするが、いや話したはずだ。
「やはり……少し急ぎすぎているような気がしてな……」
毎日のようにダンジョンに挑んでいるからだろうか。言われてみれば、俺ほどダンジョンに挑んでいる人を見ない。ただし、先輩の訓練量は俺並かそれ以上だと思うのだが。
「いえいえ、もし最強になるならば、今しっかりしないとダメなんですよ」
目標である聖伊織はまごうことなくチートである。
現在は座学を軸にして、俺の潜っているダンジョンではない、別のダンジョンに潜っている。今度はまた別のダンジョンに潜るとも言っていた。さすがにパッチで追加されたダンジョンは情報すら仕入れてなかったようだが。
さて、ゲームにおいてその行動は、事前知識の無い、初回プレイのプレイヤーがとる行動そのものである。
今は俺の方が強いだろう。間違いない。ただ伊織は普通に進めているがゆえに、主人公として普通に強くなるだろうし、あまりにも弱い場合は俺が手を出すつもりでもある。
だからこそ、これから伊織は有用な固有スキルをどんどん覚え、そのチートで駆け上がっていくはずなのだ。それを追いかけるのであれば、普通にやるのでは遅い。最初から使える物を使って、強くなっておくのが一番だと思っている。
幸い、俺には紳士達によって研究された『知識』という武器がある。そして個性的だけど、決して弱くはない瀧音幸助だ。
戦い方次第では勝てると思っているし、必ずやってやるのだ。
また超えるべき相手は、伊織だけではない。三強という化け物もいる。
じっと先輩を見つめる。
今日の先輩は紺色の袴姿である。髪を一つにまとめ、後ろにながしている。先輩のうなじは最高です。ご飯なんぞ三杯くらい行けそうだ。いつ見ても美しい先輩だが、今日もまた一段と美しい。
「先輩は強くなりたくはないのですか?」
「なりたいが……」
先輩は何も言わないが、俺はなんとなく言いたいことが分かる。
「では一緒に強くなりましょう。リュディ達も誘って、さっさとツクヨミダンジョン百層を突破してしまいましょう」
まあ実際は百一層あるんだけど……。まあそれはどうでも良い。少し面倒な問題があるとすれば、攻略が終わったら挑むダンジョンの方である。まあそちらの完全攻略は伊織に任せるかもしれないが。
「フフッ、何を言ってるんだ、君は。ツクヨミダンジョンの最高到達は八十七層だぞ?」
先輩は笑いながら言った。
そう、たったの八十七層である。
「結構真面目に言ってるんですけど……やっぱ一緒には無理ですかね?」
ふと、この世界での先輩の立場を考えてみる。先輩は風紀会副隊長(副会長)だ。上から二番目の職であり、作中でも慕われているキャラクターだった。パーティをすでに組んでいないわけが無い。
ゲームでは誘えば大抵来てくれるけれど、普通に考えたら元々組んでいるパーティを優先するだろう。ぽっと出の俺は優先度が低くなるのは仕方ない。
と、否定されることを考えていると、先輩はふふっ、と笑い出した
「いや、私が行けるときであれば構わない。言葉に乗せられてやる、攻略するぞ」
バシン、と背中を叩かれる。そう言って皆の元へ歩き出す先輩。俺はその揺れるポニーテールと白いうなじと形の良い尻を追って歩き出す。





