68 ななみ⑤
絶世の美女達が勢揃いする花邑家リビングには、様々な表情が入り交じっていた。
それは嵐の前の静けさと言えばいいのだろうか。その場では誰も口を開かなかった。
最高級の寿司が目の前にあるからか、ニコニコしている毬乃さん。
普段と変わらないような表情だが、すこし落ち込んでいるっぽい姉さん。
さきほどからやたら目が合う、ほんの少しだけ顔が赤いままのリュディ。
自然体で、何を考えているかさっぱりわからないななみ。
と、皆が様々な表情で見つめ合うこの混沌空間に、つい先ほど帰ってきて、かわいそうなぐらい狼狽するクラリスさん。ただでさえ想定外の事態に弱い人なのに、この状態はきついだろう。
「……つまり、どういうことかしら?」
切り出したのは毬乃さんだった。
どういえば良いのか少し考えたが、なるべく最初から説明すべきだろう。
たまたまダンジョンを見つけたことにして。
「……という事でダンジョンを攻略し彼女を見つけたので……契約もしたし、そのままうちのメイドとして雇いたいなと」
「そっかぁ、ふふっ。なんで、そんな危険な事をしたのかなぁ?」
非難の目が突き刺さる。毬乃さんだけでは無い、ななみを除く全員からだ。
ダンジョンに突入したときは、なんとも思わなかった。自分なりに安全マージンも取っていた。
しかし皆は知らない。俺にダンジョンの知識があって、準備もしっかりおこなっていたなんて思いもしない。
他者から見れば、無謀な事をしたと感じるのも、仕方ないだろう。
今まで誰も踏み入れたことの無いダンジョンをたまたま見つけ、誰かに何らかの連絡もせず、一人で突入する。
うん、もし俺が逆の立場だったら激怒していた。今の彼女達以上に激怒していたかも知れない。報・連・相は重要だ。次回から本当に気をつけよう。
毬乃さんだけでは無く、リュディやら姉さんにもこってり絞られ、俺が反省の言葉を述べて、ようやく本題に入る。
「それでええと、ななみさんのことなんだけど……」
と、毬乃さんがななみを見つめると、ななみは何も言わず毬乃さんを見つめ返した。
不思議なことに、ななみは非常に大人しい。会話に入ってきて、冗談を言ったりすることも無く、口を開くことすら無い。
ななみが反応を示さないこともあって、少しの沈黙が訪れる。
それを破ったのはクラリスさんだった。
「反対ですっ」
全員の視線がクラリスさんに向う。
「い、言い方は悪いですが、得体が知れません。私にはリュディヴィーヌ様を守る使命がございます。なにか事があってからでは遅いです」
確かに身元不明の者を家に入れることに、不安を覚えるのは理解出来る。一応リュディは殿下だ。……家での生活感溢れる姿を見慣れたせいで、殿下らしさをあんまり感じないんだよな。
まあ、クラリスさんの懸念は不要だ。
「うーん。天使がしっかり契約済みっていうから、大丈夫じゃないかしら。天使の契約の安全性は私が保証するわよ? 問題があるとすれば、契約者であるこうちゃんを信頼できるかどうかって事ね」
まあ、こうちゃんは大丈夫でしょ。なんて、あっけらかんと毬乃さんは言った。
天使や悪魔における契約は絶対。ゲームの設定でもあったことだ。まあこの設定はサブヒロインとのアレなイベントで少し使ったぐらいで、ゲームではほとんど死に設定だったが。
まあ、その設定がこの世界でもあるのは間違いないと思う。だからこそななみは、禁則事項を全て話せと言ったら、自身が抹消される可能性があっても、話さなければならないのだろう。まあ実際にやらせたわけでは無いから、本当に話してくれるのか、抹消されるのかは不明だが。
「……仰るとおり、契約はつつがなく終わっております。ご主人様に逆らうことは決して出来ません」
ななみはそう言った。
逆らうことは無い、ね。丁寧語で話そうとしたら舌打ちしたり、同居できないなら悪口ながそうとしたりするけど。あれ、これって契約ミスでもあったんじゃ? そんな事があったら借金先生に何も言えない。いかん、不安になってきた……。
「し、しかし……そ、そうです。はつみ様はどうお考えですか? 服従しているとは言え、赤の他人が同じ屋根の下にいるのですよ?」
姉さんは同居に反対してくれると思ったのだろう。うん、俺もそう思った。
「私はかまわない」
「はぇっっっ!?」
非常に驚いている。気持ちはとてつもなく分かる。俺もつい先ほど通った道だ。
「りゅ、リュディヴィーヌ様! リュディヴィーヌ様なら……」
そう言われたリュディは俺の方を見て、
「わ、私だって、幸助をその、一番信頼しているから……!」
上目遣いでそう言った。
さすがにリュディは賛成してくれると思っていたのだろう。クラリスさんはかなり驚いたようで、目を見開き口を開閉させるも、言葉が出ない。さきほどの出来事を少しでも知ってれば、皆がどう反応するかある程度察せれたんだろうけど、タイミングが悪いというか、かわいそうというか……。普段お世話になっているし、何かでいたわってあげよう……!
「はい、じゃあ決まった事だし、ご飯にしましょ!」
おすしよ、おっすし♪ と口ずさみながら箸を用意して、毬乃さんは食べ始めた。すごくどうでも良いが、毬乃さんはいくらが大好物らしい。
食後、風呂に入った俺はななみの元へ向った。どうやらななみはお客様用に用意していた一室をあてがわれたようだ。毬乃さんとやりとりして色々決めてきたらしい。詳しくは聞いてないが。
「明日ですか? 承知いたしました」
と明日の予約を入れておく。今度は今日行った『薄明の岫』ではなく別のダンジョンだ。
俺はななみと別れると自室へ向った。
今回の件を踏まえ、ダンジョンに挑む前に色々と下見をすることにした。まずはななみと現場検証だけで帰宅し、皆を誘ってからダンジョン攻略に乗り出す。まあ、そもそもだが、あのダンジョンは俺とななみだけじゃ絶対に入れないし。
「はぁ」
思わずため息が漏れる。
「あのダンジョンかぁぁぁああ、ぁーあ」
ついに来てしまったか…………! いろんな意味で行きたくないダンジョンの一つだ。ゲームだったら全然良かったんだ。ゲームだったら。むしろ行きたいし、何度もデータをロードして行ったぐらいだ。でも現実だとなぁ……。
くそっ。あのダンジョンの解放条件考えたヤツ、本当に頭おかしいよな。でも強くなる為には必須のダンジョンだから、行かざるを得ないのだけれど……。
さて、それよりもだ。
俺は電気をつけっぱなしだったろうか?
少し開いた扉から、光が漏れている。
「…………うーむ。よし。すぅぅぅはぁぁぁぁ」
扉を開けてから部屋を見て、大きく深呼吸する。
よかった。つけたのは俺じゃ無かった。
目の前には俺のベッドがあり、その周りには脱いだのであろう服が散らばっている。落ちていたのは茶色のセーターに、赤いスカート、そして黒いレギンス。うん、ついさっき着ていた人を見た覚えがあるな。
彼女はこちらに背を向けている。そのため確実とは言えないが、体が一定のリズムで動いていることからしっかり寝ているものと思われる。
さてと、何で姉さんが俺のベッドで寝てるんですかね?
ふぅ、と再度大きく深呼吸し、散らばっていた服をたたむ。そして電気を消すと静かに部屋を出た。
向う先は居間のソファー。エアコンの設定を変更すると、大きく伸びをして横になる。
よし。
今日はダンジョンを攻略出来た、すばらしい一日だった。
明日も頑張ろう、おやすみなさい。
明日もダンジョン(下見に)行くからね、しっかり寝られる場所で寝ないとね。





