66 ななみ③
俺がどうしてもこのダンジョンを初期に攻略したかった理由は、ななみを仲間にするためだ。彼女を仲間に引き入れることで受けられる恩恵は多い。
一番の恩恵は、彼女は一部ダンジョンの突入時期を早めることが出来るということだ。古代魔法の知識を持つ彼女は、ダンジョンの突入条件を知っていたり、解除しなければ攻略出来ない魔法陣を解除できたりする。本来ならば中盤に仲間になるキャラが担当すべき案件に彼女も対応出来るのだ。
まあ、例えそれが無かったとしても、仲間にすることは揺るがない決定事項だ。
そもそもであるが、俺がマジエロの仲間キャラ使用率で一番高かったのは、水守雪音先輩ではなく、ななみである。
先輩よりも使用率が高くなるのは、しかたないといえばしかたない。雪音先輩は風紀会で忙しく一時期仲間から外れることがあるし、正式加入が三会入会後である。まあ2周目からは初期から式神分体システムとか言うご都合主義で、ダンジョン攻略には来てくれるが。
対してななみは初心者ダンジョン後すぐに加入してくれる。また主人公一人でしか入れないような、特殊なダンジョン以外ではすべて出撃できる。
そして何より使用率が上がる理由が、彼女の万能性にある。彼女は遠距離、近距離、魔法、接近、全てこなせる、雪音先輩やモニカ生徒会長と同じタイプだ。しかも雪音先輩やモニカ生徒会長でも習得できない、採取スキルや盗賊スキルといった、戦闘以外のスキルもななみは取得可能である。
確かに戦闘力は三強に劣るだろう。しかしモニカを除くメインヒロイン達に引けを取らない実力は有る。その上で、鉱石採取、薬草採取やら罠解除に鍵開けまで可能ときた。
使用率が高いのは仕方ないことであろう。無論俺だけではなく、大抵の紳士は昼夜問わず使わせていただいたのは間違いない。俺は抱き枕のために1本多くソフト買わせていただきましたっ(半ギレ)。
まあ使用する一番の理由はやっぱりKAWAIIからだが。性格も髪色も選択肢で選べるし、見た目可愛くて何でも出来て万能だし、自分に生涯の忠誠を誓ってくれる。そりゃ使わないわけがない。
さて。万能といえるななみではあるが、どうしても一つだけ問題がある。マジエロでは問題になり得なかったが、今の俺には社会的に問題があることだ。
「さて、同居することを毬乃さん達にどう説明すべきか」
大問題である。いっその事、俺名義に変わったマンションに住んで貰うことを考えたが、雇っている管理人さんや、保護観察中のルイージャ先生、そして金の流れでいずればれるだろうし何より。
「別居ですか? ふっ、ご冗談を。私がご主人様のお側を離れるときは、死ぬときくらいでしょう。ご命令とあれば従いますが、『瀧音幸助はドMの変態』だとか『小さい女の子も40超えてもイケる発情野郎』だなんて根も葉もない噂が蔓延すると覚悟してください」
と、ななみが別居に反対している。
「ななみは忠誠度が高いのか低いのかよく分からないよな」
ちなみにド変態も発情野郎も否定できないし、もし噂になっても火のない所に煙は立たないとしか言いようがない。
「いっその事ご主人様と私がご所有のマンションへ引っ越すのはどうでしょう?」
「確かにそれもありなんだよな。だけどいずれバレるだろうから、それなら最初から言っておいた方が良いってのと、花邑家の施設が使いたくなったときにすぐに使えない欠点がある」
特にルイージャ先生辺りは簡単にゲロりそうだ。
「では、そうですね…………私は猫の鳴き声が得意です」
「何を言いたいのか察せられるけれど、どう考えても無茶だろ」
「雨の中段ボールの中で震えていたと話せば、映画化決定の感動超大作間違いなしです」
もし段ボールの中で濡れ鼠になっているメイドが存在するならば、ネス湖にネッシーが存在していてもおかしくないだろう。
「結構シュールな画だよな、それ」
「まあ冗談は置いておきまして、私に妙案がございます」
「なんだか碌でもない案のような気がするが……聞こう」
「メイドを雇いたいと仰るのはいかがでしょう? 聞くところによりますと、花邑家は富豪だとのこと。メイドがいてもおかしくはありません」
一瞬身構えたが、案外普通の提案である。
「まあ、確かに……そういやメイドって言えば、うちにはクラリスさんがいるな」
アレは騎士してるんだけど、一応メイドでもあるはず。それに、リュディの使用人らしきエルフが居るときもある。常駐はしないが。
「メイドの一人や二人増えたところで気にもとめないでしょう」
「そうだな、っていかないんだよな……」
家にはクラリスさん以外のメイドが常駐していない。それは姉さんが人見知りだからだ。
そもそもだが学生が急にメイド雇いたいだなんて言うだろうか。日本じゃ……あれ、そういえばこの世界はもしかして学生がメイドを雇うこともあり得るのか? しかし、
「雇うで思い出したが、給料の問題もあるな……」
今思えばマジエロではななみに給料を払っているシーンを見たこと無いような……。それどころか毎日のようにダンジョン連れ回していたし、究極的にブラックだ。
「ダンジョンのアイテム売り払えばなんとかなるか? いや、それ以前に俺のお小遣いだけで余裕で一人養えるか……」
バカみたいに貰ってるもんな。もし俺がこの家で生まれ育っていたら、金銭感覚麻痺してるだろう。むしろ現在進行形で金銭感覚が麻痺していっていると言っても良いか。
まあ現状に感謝して、ななみの給料に充てようか。そう考えると最低限のお金を残すとして、いくらななみに出せる?
と、毎月貰えるお小遣いからななみに出せる給料を逆算していると、
「えっ」
と、驚いたようにななみが声を上げる。
「なんで驚いてるんですかね……」
やっぱ人を養える程お小遣い貰えるって異常なんだよな。
「……いえ、給料をもらえると思ってもいませんでしたから」
「はい? なんだって?」
俺は思わず聞き返す。ななみは戸惑いながらも話し始める。
「AA-MKS天型は少し特殊で、給金を望みません」
「……どうゆこと?」
「説明が難しいのですが、天使という種族の最下層は『金』を必要と思いません。私もこれに該当します。そのため余り深く考えず、賃金は必要ないとお思いください」
いやいやいやいや。そんなばかな。何をモチベーションに仕事をするんだ。ななみがそう言ってもな、働くからにはやっぱり何かしらの対価が必要で、それが無ければただの奴隷である。俺が欲しいのは仲間であって奴隷ではない。その仲間を金で雇っているのだとしても。
「……いや、給料は何かしらで払う。それは決定だ」
そうですか、とななみは息をつく。
「頂戴しても利用する機会が無いかと思われますが」
「ご主人様の自己満足とでも思ってくれ。休暇の時にでも使うといい」
「えっ、休暇があるのですか?」
ななみは心底驚いたようで、少し興奮した声色だった。そして信じられないとばかりに、首を小さく左右にふる。
「えっ、休暇が無いと思っていたのか!?」
「ええ。最下層の天使は休暇はございません。魔力などのエネルギーさえ適宜補充していただければ、常に働き続けることが可能です」
「一体何のために生きてるんだ……」
天使の労働改善を要求しよう。労働組合は無いのか、ストライキ起こそうぜ。やらないんだったら俺が起こしてやる。
「エネルギー源となるご主人様の魔力か、食事を与えていただければ休暇は不要ですが……」
「……ななみの待遇については後でしっかり考えようか」
「ご配慮感謝申し上げます」
そうか。天使って良いイメージが強かったが、この件でブラックなイメージがついた。
哀れんで見ていると、ななみはそういえば、と話し始める。
「話の腰を折ってしまい申し訳ないのですが、そろそろ辺りが暗くなる時間なのですが、帰宅された方がよろしいのではないでしょうか」
そう言われ、俺はツクヨミトラベラーを取り出すと時間を確認する。確かに、もう夕食の時間が迫っている。夕食前に帰れない可能性があると伝えてはいたが、心配をかけないためにもなるべく早く帰る方が良いだろう。
「そうだな、じゃあ帰るかぁ。てか、言い訳どうしよう」
と俺が言うと、ななみは手で握り拳を作り頭をかく。
「にゃー、にゃぁぁぁ、フシュー」
「……確かに声はそっくりだけど、それは無いわ」





