62 薄明の岫②
八層に到着していの一番に出迎えてくれたのは、のっぺらぼうでも煙々羅でもなく、しょうけらだった。現実で初めて見るしょうけらだが、ゴブリンに比べばカワイイかもしれない。
「狛犬にアマガエルのイボイボをつけたような感じだなぁ、ってか早く倒さないと面倒になるな」
俺は遠吠えしようとしているしょうけらを第三の手で殴り飛ばす。元々壁の近くに居たこともあって、すぐさま壁に激突し、第三の手とサンドイッチにされた。俺はここぞとばかりに追撃を入れると、しょうけらは魔素に変わり、小さな魔石を残した。
「敵が来る様子は……なし。よし進むか」
今回はすぐに倒してしまったから、詳しいことは分からないが、マジエロでは弱いが厄介という扱いだった。
「仲間を呼ぶのが厄介なんだよなぁ」
しょうけら単体では弱い。しかし仲間を呼ばれ囲まれてしまえば危機に陥る可能性が微レ存である。もっとも、この辺りののっぺらぼうや煙々羅が呼ばれたところで、ほぼ危機になり得ないだろうが。
「一時期しょうけら仲間喚びLV上げチャート(RTAを走る上で使用する手順書みたいなもの)も考えたんだけどな、このダンジョンじゃ呼び出す仲間がしょぼすぎて、初心者ダンジョン周回しながら火の陣刻魔石稼ぐチャートの方が有用だったんだよなぁ」
それに魔素(経験値)だけを稼ぐだけなら、初心者ダンジョンやここよりも他のダンジョンに行く方が良い。別のダンジョンで出会うしょうけらの上位種の所では、有用な狩り場もあるのだが。
と考え事をしながら突き当たりを曲がろうとし、魔物の気配に気が付く。壁に張り付きながらこっそり覗くと、そこに居たのはしょうけらと煙々羅だった。面倒な事に煙々羅は天井近くを浮遊しており、物理攻撃の範囲外だった。
小さくため息をつくと、
「煙々羅は倒すのが面倒だし、強行突破して逃げるか」
決めてからは、すぐ行動に移した。俺は腰に下げていた刀に手を添えると、しょうけらが反対側を向くタイミングで走り出した。しょうけらは田舎道のばあさんよろしく、通路の真ん中に立っていた。異変に気が付いた煙々羅だったが、もう遅い。
抜刀一閃。綺麗に真っ二つとなったしょうけらと、驚いた? のだろうか、その場でふわふわ浮かんでいた煙々羅を無視し、駆け抜ける。
煙々羅の行動が遅いのは運が良かったと思う。おかげでかなりの確率で逃げられる。ただ希にだが、背中に火の玉が飛んでくるが……今回は大丈夫だった。
ここまで来れば大丈夫だろう……それにしても、このダンジョンは味気ないな。見た目も宝箱も。
普通のダンジョンなら一階層で一つは宝箱を見つけていそうなものだが、薄明の岫では宝箱は一切ない。紳士達が稼ぎに薄明の岫を不毛の地として利用しない理由の一つだ。有用な宝箱があれば、ワンチャンあったかもしれないのだが。
と、何度か出会った魔物から逃げながら、先へ先へと進んでいく。そして9層への階段へたどり着いた。
9層はボス前の層ではあるが、登場モンスターは見飽きた者どもで、しょうけらの比率が若干多い気がする……程度だった。宝箱も無く旨味がほとんど無いフロアなぞ、駆け抜けて当然だ。
それに少しだけフロアが広くなっているのも、逃げに徹する理由の一つでもある。
「なんでわざわざ上空のモンスターと戦わなければならないのか。これがわからない」
魔素と極小ながら魔石が貰えるため完全に無益な殺生とまでは言わないが、ここの倍以上の効率で稼げる所を知っていれば、どうしてもばからしく思えてしまうのは致し方ない。
一刀のもとにしょうけらを斬り伏せ、のっぺらぼうを無視し先へ先へと進む。9層は今までの階層で一番早く通り抜けることが出来たであろう。
そしてようやく10層へとたどり着いた。
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10層は今までの階層とは違い、少しの道と一つの中部屋(ボス部屋)、そして最後のダンジョンコアルームで構成されている。俺は階段を降りてからボス部屋に向う前に、戦いの準備を行う。
「水の陣刻魔石は持った、回復用のポーションも持った、ストールに水のエンチャントも済んだ」
低級の陣刻魔石(水)は低級の陣刻魔石(火)と交換して貰ったのだが、その際のレートは火が2に対して水が1という、半ばぼったくりに近かった。まあ、必要経費(使うか分からない)として割り切ろう。
「よし、イクゾー!」
ストールの両手でファイティングポーズを取ると、部屋へ突撃していく。相変わらず薄暗い洞窟ではあるが、広さはこのダンジョンで一番だった。そしてその部屋の中心には一匹の魔物が立っていた。
それの見た目は誰が見ても黒猫と言うであろう。その耳もその目もその尻尾も、どこをとっても猫にしか見えない。
しかしちっちゃくて可愛くて、一緒にごろごろにゃーんしたくなるような猫では無い。
まずデカい。二回り大きくしたような、もはやトラに近い大きさだ。そして鳴き声が低い。「にゃぁぁあああ」と鳴き方は一緒なものの、異様に低いせいで少し恐い。
グルグル言いながら鳴いていた猫だったが、ゆっくり立ち上がり、こちらに近づいてくる。そして自身の横に二つの燃える車輪を生み出した。
「ふ゛にゃぁぁぁ゛あ゛あ゛あ!」
鳴き声と同時にその燃えさかる車輪を連続して飛ばしてくる。
俺は燃えさかる車輪の片方を第三の手で弾き、もう片方を避けると、それぞれがそのまま壁にぶつかり、消滅していく。
それを見た火車は苛立ったように鳴き声を上げると、もう一度二つの車輪を生み出した。
薄明の岫のボス『火車』は猫の皮を被った魔物である。元ネタは日本の妖怪『火車』であるらしく、それはスタッフブログでも明かしていた。
俺はまた飛ばしてきた車輪を受け流しながら、前へ前へと進む。水のエンチャントのおかげか、こちらに飛んでくる車輪は簡単に受け流すことが出来る。
俺は火車との距離を詰めると、第四の手で頭を殴ろうとする。しかしそれは前に突撃されることで簡単に回避されてしまった。いや、回避だけでは無かった。そのまま火車は俺に噛みつこうと大きく顎を広げ、自慢の牙を見せつけるように俺に飛びかかってきた。
勢いよく飛びかかってくる火車に、俺は開いていた第三の手でその胴体を思い切り叩きつける。
「ギャウン」
「こ、こわぁ」
ここまで飛び込まれながらも反撃が間に合うため、先輩よりは遅いのは確実だ。しかし道中の魔物が低速ばかりだったから……そのぶん速く見えてしまう。
今までの魔物と火車の違うところは、カウンターで壁まで飛ばしても、しっかり意識を保っていることだろう。今まではほぼ即死か意識が半分飛んでいた。俺は空中でバランスを整える火車を見つめながら、刀の鞘に魔力を込め抜刀準備を行う。
着地に成功した火車はすぐさま地面を蹴ると、こちらに向って飛びかかってきた。今度は牙ではない。どこにしまい込んでいたのか、忍者が持っていそうな鉤爪みたいな爪を、デカすぎて可愛らしくも無い手から出し、こちらに飛びかかる。俺は心眼を発動させながら、迫り来る爪を第三の手で弾く。すると火車は一旦横に回り込むと、今度は左の手を伸ばしながらこちらに飛びかかる。こちらは第四の手でしっかり防御し、鞘に込めていた魔力を解放させ刀を抜いた。
その時点で俺は勝利を確信した。
昔からこう言ったのはよくあった。まだ結果が出ていないのに、なぜか結果が分かってしまうのだ。サッカーやバスケで、シュートを行うときに特に多かったと思う。まだ手足からボールが離れたばかりだというのに、それがどういう軌道で飛んでいくのかが分かって、それで本当にその軌道通りに飛んでゴールに入るのだ。弓道なんかでもあるらしい。矢をつがえ、手を離した瞬間に、「ああ、これは当たるな」なんて分かるとか。多分同じ事なんだろう。
何度も何度も同じ事を繰り返し、体がそれを覚えてしまったのだろう。
雪音先輩には感謝しか無い。初めに彼女に「瀧音には申し訳ないが、お前に刀で打ち合う才能は無い」と言われたときは少しショックだった。すぐに「しかし、お前には別の才能がある」と言われ有頂天になったことは記憶に新しい。
それから俺は毎日、毎日一つの型だけをひたすらこなしてきた。それは幾日もかけてようやく形になった。
抜刀術 - 瞬 -
俺は刀を鞘に戻すと、ストールに送っていた魔力を最低限まで減らす。
「ニ゛ィギャ」
火車はそう呟くと同時に、体が二つに割れる。そしてすぐさま魔素と、今まで見た中で一番の大きさの魔石に変わった。





