61 薄明の岫
俺がいなくても初心者ダンジョンを潜れるように、簡単な資料と実戦でのアドバイスを終えると、彼女達は俺なしでダンジョンへ挑戦しに行った。スキルを揃えるためあと3回は挑むであろう。
その後俺はツクヨミダンジョンに潜る前に、行っておきたいダンジョンを精査したところ、三つのダンジョンが候補に挙がった。それら三つのダンジョンは、マジエロにおいて初心者ダンジョンを攻略後に入ることが出来るダンジョンで、今の俺でもソロ攻略が出来るであろうと予想している。
一番挑戦が簡単そうで、今後を考えると真っ先に攻略したいのは……ここなんだけどなぁ。
「ここだよなぁ……? いや魔法陣らしきものの痕があるし、ここだよなぁ」
不安しかない。
記憶にあるフィールドマップとこの世界の地図を照らし合わせ、導き出された場所に有ったものは、草が生い茂る石畳と二つの石の柱だ。一つの柱の上には太陽を模した石が置かれており、その柱の周りには蔦が巻き付いていた。
「でも他は土だらけで怪しい場所はないし、可能性があるならここだ」
石畳にはかろうじて魔法陣のようなものを見つけられるも、起動してくれるかどうかは定かではない。
身体強化して這っている蔦を適当に取り除き、全体を見つめる。幾何学模様の一部が削れているのだが、果たして大丈夫なのだろうか?
若干の不安を感じるが、とりあえず魔法陣を起動する準備をする。魔法陣を起動するためには二つの柱それぞれに、太陽を模した石と月を模した石を置かなければならない。一つはすでに設置してあり、もう一つは蔦を除去していたら見つけた。ゲームでは伊織がそれに躓いて転ぶのだが、もちろん俺は転ばなかった。(ぎりぎりのところで踏みとどまった)
俺はその月を模した石を第三の手を使い持ち上げると、柱の前に持って行く。柱の上部には、石を乗せるためであろうくぼみが存在していた。
台座に乗せた瞬間に変化は訪れた。台座に掘られた線に沿って、青白い光が浮かび上がって行く。そしてそれは台座から地面の魔法陣へ。そして全体がうっすら光ると、驚くことに掠れていた場所や削れていた部分に、辺りの石や土が集まり、新たな陣を作り出す。
どうやら自動修復の機能があるらしい。
「……動いたな」
フォン、と小さな音がしたかと思うと、陣の中心が青白く光る。俺は荷物を確認するとその陣に向って歩いて行った。
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転移魔法陣の先は初心者ダンジョンの神殿とは打って変わって、何ら芸術性が感じられない洞窟だった。店舗特典のアペンドパッチで追加されるこのダンジョン「薄明の岫」は、その名の通り辺りは薄暗く、壁は洞窟のように上下左右とも固い石で覆われている。力のある魔物に叩きつけられたら、それだけで体に甚大なダメージを受けてしまいそうだ。
「まあ、この世界に来て……魔素を集めてから体が丈夫になったからな……大丈夫そうな気もするな」
俺は岩をペシペシ叩きながら、クラリスさん達の稽古を思い出す。クラリスさんや雪音先輩は見た目は普通の女性(特に女性らしさに溢れている部分もある)だが、パワーはゴリラ級である。見た目にだまされて突撃すると、痛い目を見る。ただ最近はダンジョン攻略やら多数の対人戦闘を見たことや心眼の効果もあって、姿形がどうであれ、大体の強さを察することができるようになった。
「それからすれば、アイツはザコだな」
俺は壁から手を離すとストールに込めている魔力を一段上げる。そして飛びかかってきた百三十センチくらいの小僧を第四の手で殴り飛ばした。
「ゲベッ、ま、まってく……ふぎゃぁぁぁぁあ」
何かを言う前に殴り飛ばす。背丈はゴブリンに近いが、アイツはゴブリンではない。ゴブリンには無い角が生えていたり、落ち武者のような髪の毛が生えているし、何より言葉を話す。
「天邪鬼は何かを言う前に狩る。大抵が嘘しか言わず、こちらの心を乱そうとしてくる、だったな」
出現するモンスターの情報を得る事は、ダンジョン攻略において非常に重要な事である。瀧音が持っていたダンジョン初心者向けの本には、突入前にダンジョンの構造と出現モンスターを詳しく調べることが鉄則と記されていた。
しかし、それは調査済みのダンジョンならば、だ。今回のように情報の無いダンジョンや未踏地域では、出現モンスターの情報なんてない。だからこそ何が出てきても対応出来るよう準備を入念に、そしてダンジョンでは一段と警戒を強めなければならない。
しかし俺にはマジエロの知識がある。
他者には未開なのかも知れないが、俺にとっては素っ裸も同然だ。ただし俺自身が弱いから、まだ行ける場所は多くないが。
「遠距離魔術が利用できるキャラだったら、もっと色々行けたのか? いや魔力が保つとも限らないし、ある意味物理特化している今の方が良い可能性もあるか」
俺は天邪鬼の落とした小さな魔石をしまうと、奥へと進んでいく。
それから天邪鬼を数匹倒し、さて先に進もうか、と思った時に、新たなモンスターが現れた。
「のっぺらぼうだな」
日本の妖怪でも有名な一匹、のっぺらぼうがそこにいた。
日本でよく知られるのっぺらぼうは、夏の風物詩「恐い話」のイメージが強い。だからのっぺらぼうイコール恐い妖怪と思うだろう。しかしこの世界ののっぺらぼうは、恐いよりも気持ち悪さが強い。
のっぺらぼうの顔には目も、鼻も、口も無い。日本のイラストではつるりとした肌が描かれるが、ここではそうではない。顔にはこぶやら皺やらがあり、そこに血管のようなものが浮き出ていて、それが生々しくて気持ち悪い。また心臓が顔にでもついてるんじゃ無いかと思う程、顔全体が伸縮するのもまた不快感を増長させるのに一役買っている。
「せめてもの救いは弱いことだな」
俺はラグビーのタックルをするかのように飛び出してきたのっぺらぼうを第四の手で防ぐ。そしてすぐさま上から第三の手で叩きつけ、のっぺらぼうは地面に激烈なキスをした。口は無いからキスという表現は正しくないか。
すぐに追い打ちをかけようとしたが、のっぺらぼうはすでに魔素に変わり始めていた。俺は攻撃を止めて第四の手で体をひっくり返す。うん。見るべきでは無かった。そっと元に戻すと、小さな魔石を回収し、先へ進む。
「そういやどうしてここには光源が無いのに明るいんだろうか」
光源が無いにもかかわらず、周りがよく見えるなんて普通に考えればおかしい。まあちょっと薄暗いが。
壁全体が光源にでもなっているのだろうか。まあダンジョンの事なんて学者達にも分かっていないらしいから、考えるだけ無駄なんだろうが。
「初心者ダンジョンと同じでマップは一致してるんだろうけど……ここはあんま覚えてないなぁ」
薄明の岫は周回プレイにおいて、真っ先に飛ばされるダンジョンである。なぜなら一度クリアすれば必要なものは全て手に入るし、それはゲーム攻略後でも引き継がれる要素であるから、強くてニューゲームを始めた瞬間から所持している。
「ダンジョンも稼ぎに向いてないしなぁ……」
登場するモンスターは弱く狩りやすいとはいえ、経験値も低い。初心者ダンジョンの狩り場で狩りをするのと余り変わらない経験値効率でありながら、取得できるものに良いものはない。このダンジョンに潜るよりも別のダンジョンに潜った方が良いだろう、と言われるのも仕方ないかも知れない。
それからいくつかの天邪鬼とのっぺらぼうを倒しながら奥へと進んでいく。
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階段を降りた先は、もちろんであるが前の階と何ら変わりの無い洞窟が続いている。もうすでに四回も階段を降りたから、こうなるのは予想できているが。
しかしそろそろ出てきても良いのではないかと思っている魔物……というか日本で言えば妖怪がいるのだが、なかなか姿を見せない。進めども進めども現れるのは天邪鬼ばかりで、もう倒すのも億劫になってしまった。
煙々羅が現れたのは、五層の階段が視界に入った時だった。それはゲームのイラスト通り、人間の頭よりも一回り大きいぐらいの白い煙に、人型埴輪の目口をつけたような見た目だった。
俺はストールに水属性を付与し、第三の手、第四の手を構える。それと同時に煙々羅の目の前に自身の体ぐらいの魔法陣が浮かび上がった。
その魔法陣から飛んできたのは初級魔法のファイアボールだ。俺は前もって準備していた水属性エンチャント済みの第三の手で受け止める。そして近づきながら第四の手を煙々羅の顔に向って振り下ろした。
見た目とは裏腹に手応えは大きかった。煙々羅と呼ばれる位だから煙のように突き抜けるかも知れないと思っていた。しかし第四の手はその顔面にクリティカルヒットし、泥酔したサラリーマンみたいに、ふらふら飛んでいた。
「大丈夫ですかぁ?」
攻撃される気配は無さそうなので、すこし実験してみることにした。
俺は荷物から木刀を取ると振り下ろしてみる。しかし手応えは無い。ただ顔付近に攻撃すると、少しだけ何かを打ち付けたような手応えがあった。一端エンチャントを切り、無属性でストールを強化した場合も同じだった。顔付近はダメージがあり、体はすり抜ける。ただ水属性のエンチャントを施すと、体にもダメージは通る。
俺はあえて木刀で数回顔を殴っていると、やがて魔素と魔石に変わってしまった。
それから一層下に降りて、何度か煙々羅で実験を行った。
結論として、マジエロと同じように煙々羅に無属性の物理は効きづらい。しかしエンチャント後の攻撃、特に水属性で殴ることがとても有効で、顔を殴れば高確率でふらつくことが分かった。
「顎が一番ふらつきやすい気がするな。まるで人間だな、脳でもあるのか……そして火のエンチャントは効きづらいと」
大体は設定通りである。しかし、マジエロと違って面倒なのは、
「高い所にいると攻撃が当てにくいんだよなぁ……」
顔に向って石を投げるのも有効かもしれないが、時間がかかる。かといって陣刻魔石を消費してまで倒すべき魔物であるかは疑問が残る。いっその事挟み撃ちにされないことを祈って逃げるのが吉だろう。
それを決めると、俺は視界に入ったのっぺらぼうと煙々羅に気づかれないよう、気配を消して走り出した。





