6 現状確認、行動②
調べたところによると、魔力を通しやすい、付与しやすい布は魔物の糸を使用したものらしい。さらに普段から首に巻ける肌触りの良い布になると、物は限られてくる。
辺り一面にある魔法具を確認しながら、値段を凝視する。そしてため息をついた。
魔具総合商店は非常に商品が多い。ただ欲しい商品があるか、と問われればそうでもない。
欲しい商品が特殊だからであるが。
「ええと、四メートルのストール、ですか? そこまで長いストールはありませんね……時期も時期ですし。むしろ生地を購入される方が、お求めの物を入手出来るかもしれないですね」
そう、だよなあ。
普通マフラーとかストールなんて二メートルあれば長い方だ。それの倍の長さなんて引きずる事前提だ。
「そうですよね」
と相づちをうつ。紹介された手芸コーナーに移動するも、今度はそちらでため息をつく。
手に取るのは真っ白な布地。隣には灰色の布地、さらに隣は黒、赤、黄色。シンプルな生地ばかりだ。それも魔力を通しやすくなる生地であればある程、色の種類が少ないし、値段も高い。
「とりあえず、コレにするか」
悩みに悩み、チェック柄の生地を二つ買うことにした。魔物からとれた糸を使用した赤黒、白青の生地は、二つ合わせて八十万とちょっと。金額に見合った働きをしてくれる事を祈ろう。
帰宅してすぐに購入した生地を取り出すと、首に巻く。そして立ち上がってつけ心地の確認をした。
「四メートルは長すぎたかな、でも魔力の通りは最高に良い、さすがアラクネの糸だ」
長さは後で切って調整すれば良いだろう。そして肝心の魔力の通りの良さは最高なので、ほぼ文句なしと言って良い。ただ残念な点を上げるとすれば、
「魔力が切れたら引きずるな、それに何かに引っかけそうだし。何か対応策を考えないと……」
今のところは問題ないから別に良いか、と問題を棚上げし布地に魔力を送る。そして布地を自在に動かすための訓練を始めた。
ただそれはマフラーに比べると難しかった。
長過ぎなのだろうか? 以前つけていたマフラー程、自在に動かすことが出来ない。面積が原因だったら横も縦も倍以上になっているから、こうなるのは仕方のないことだ。でも今後の事を考えれば、長くて面積の大きい物を使っていた方が良いだろう。
以前の長さでは学園三強の一人に、なすすべもなくやられることだろう。
「訓練するしかないな……」
俺はすぐにジャージに着替えると、先ほどの布をマフラーのように首に巻く。そしてランニングをしながら、自在に布を動かせるようになるための訓練を始めた。
走りながら魔力を循環させ、布を動かす。第三の手(ストール右側)で四十五度なぎ払い、第四の手(ストール左側)で足下二十五センチ足払い、左右同時殴り。
目標は、両方を自在に動かしながら両手両足での攻撃を可能にすることだ。ゲームでは中盤近くから『動かすのに慣れてきた』と言う理由で、第三の手が使えるようになったはず。そして最後の方には四刀流だなんて阿修羅みたいな能力を使っていた。それでもなお、特殊な事情で中途半端キャラに甘んじてしまって居たのだが。
とりあえず、なるべく早く四刀流が出来るようにしておいた方が良い。出来ることなら入学前、それも花邑家へ引っ越す前に。
それに今のうちにある程度なれておかないと、初めに戦うヒロインの一人に、手も足も出ず敗北するだろう。ゲームのイベント通りにすすめるなら、むしろ負けるべきなんだが。いや、色々考えれば負けた方が良いか?
まあ、いろんなフラグをこれからバキバキ粉砕する予定であるから、戦わない可能性もあるか。
「まだまだ練習が必要だな……」
コンビニで買った適当な食事を済ませると、再度ランニングしながら魔力循環と布を自在に動かせるように訓練をする。それが終われば自身の部屋にあった魔法書を読み、内容を頭にたたき込みながらも、今後どう行動していくかを考える。
「一番はレベル上げとスキル獲得だな」
本を読んで分かったことであるが、この世界にもゲームと同じくレベルの概念がある。総合レベル、身体レベル、魔法レベル、耐性レベル、索敵レベル、隠密レベル等々。総合レベル以外はさらに細かく分類があるらしいが、全てを網羅するのは無理だろう、ゲームに比べて倍以上あるみたいだ。そもそも細かな分類のレベルは「多分あるだろう」という研究者の弁だけで、実際にあると確定しているわけではないらしい。ただ大まかなレベルは確実にあると断言はされている。
なぜ断言されているか。それは大まかなレベルが確認できる魔法具が存在するからだ。それは非常に高価な物のため、普及はしていないようだ。ただ学園には設置してあると毬乃さんのメッセージで確定している。
出来ることならそのレベルを確認するアイテムを手元に置いていろんな検証をしたいところではあるが、入手は出来そうもない。
やっぱ、今は出来ることをするしかないか。
と魔力を循環させているとピンポンとチャイムが鳴る音がする。俺はそのまま玄関へ向った。
「ふふ、ようやく仕事が終わったの」
そこに居たのは数日ぶりに顔を合わせる花邑毬乃だった。俺はすぐに彼女を家に招くと、彼女はためらいなく家の中に入った。
「幸助くんはこれをいつもしているの?」
と、毬乃はそういうと俺の魔力を込めていたままの布を手に取る。なんだか絵面が犬(俺)とリードを持った飼い主(毬乃さん)のような感じだ。
毬乃さんはそのストールを手でなでる。もはや布の感触ではないだろう。魔力をこれでもかと込めて循環させている布は、鋼鉄のように堅くそして俺の意思で動かすことが出来る。
「いつもではないよ、最近は練習がてら常時使用してるけど」
「……貴方の付与と魔力量は異常ね」
俺は頷いた。
実を言えばゲーム内において魔力量が一番多いキャラクターは、瀧音幸助である。遠距離から特大魔法をばんばん撃つ三強の一人よりも、聖女の血を引いたヒロインですらダブルスコアをつける程多い。ただ、周回引き継ぎをして、能力アップのドーピングアイテムを馬鹿みたいに使用すればどんなキャラでも逆転できるが。
瀧音幸助はそれほどまでに魔力量があるというのに、接近戦主体という、他のゲームからしたら超不思議キャラだ。ドラ○エで言えば戦士や盗賊が一番MPが高いようなものだ。
ただ彼にとって魔力量はとても重要だ。ゲーム内の彼はどんな行動でも魔力を消費すると言うハンデがあったためだ。魔法攻撃してないのに減っていくのだ。一番魔力量がありながら、魔力不足になりがちのキャラである。しかし第三、第四の手というとがったスキルがあるため、使い方次第ではとても使える、玄人向けと言えるだろう。
今思えば行動する度に魔力が減るのは、マフラーに魔力を込め、第三の手として動かしていたからだろう。今まさに俺がやっていることだ。
「コレが使いこなせれば……すごいわね。防御に徹すれば数メートルの鋼鉄の盾になるでしょうし、攻撃させれば岩も砕きそうだわ」
さらには武器防具を持たせたり、様々な属性付与も出来るんだよな。
一応瀧音幸助のような不思議体質のヤツはゲーム内に数人居る。もちろん俺とは違う不思議体質だが。ただどいつもこいつも運営のお気に入りのようで、チートみたいな専用武器を貰っていた。
俺にも専用チートアイテムがあるならば入手を検討していたが、あいにく俺にはない。お気に入りではないのだろう。まあ、強いて言うならマフラーが専用アイテムみたいなものか。
「幸助君、もっと魔力を込めることは出来る? それと布を広げて盾にしたりとか」
言われて俺は布にさらに魔力を込める。そしてその布の形を変えて、扇状に開いた。
バリン、とまるで鉄扇を開いたような音が室内に響き、自分が驚いてしまった。ゲームではなるべく魔物に見つからないよう、音を立てないように戦闘するシーンがあったから、いずれ音もなく開けるように訓練しておいた方が良さそうだ。
毬乃さんは布を触ると、感嘆のため息を漏らす。
「私の魔法もある程度耐えそうね……でもこう開くのではなくて、なるべく円形にしてはどうかしら?」
と毬乃さんは言う。
「どういうこと?」
「コレじゃあ強い技を使われたら衝撃を殺せないわ。それに何度も同じ場所に攻撃されればいずれ破られる。だったら円形にして攻撃を受け流せるようにすべきだわ」
なるほど、と思わず呟く。
確かにゲームとかで見る盾は弧を描いているのが多いが、受け流すためだったのか。逆に剣を引っかけるように、とっかかりをつけるのも良いかもしれない。いや勢いに負ければ吹き飛ばされるのだから、受け流す方がいいか? そこは戦い次第か。
「幸助君はそれはどれくらい持続できるの?」
「今は十時間かな? 目標は二十四時間なんだけど……」
以前試したときは十時間ぐらいだった。しかしそれは普段の生活しかしていない状態でだ。冒険しながらや戦闘しながらでは、別のことでも魔力を使うだろう。そんな状況では五時間も持たないかもしれない。毬乃さんは呆れたようにため息をつく。
「エンチャントの力と魔力量だけなら私以上じゃないかしら?」
「たしかにそうかもしれないけど、放出系の魔法はからっきしだから……」
魔力量が多くたって放出系の魔法はあてに出来ない。そのため空から攻撃してくるドラゴンやキメラ等に、手も足も出ないのは目に見えている。攻撃を堪え忍ぶことが出来るかもしれないが、こちらからの攻撃はそよ風みたいなものであろう。接近戦に持ち込めればなんとかなるかもしれないが。
「ふふっ、ならば学園で早く良い仲間を見つける事ね。幸助君ならきっと学園ダンジョン最下層も突破できるわ」
「だと良いんだけど……」
瀧音幸助といったゲームの登場人物はとても強くなるため、学園ダンジョンは楽に突破できるだろう。ただしパーティメンバーがうまく集まれば、だ。
「どうかしたの?」
「あ、いや、パーティメンバーが集まるかなって」
俺が主人公パーティに混ざるのが、一番楽に強いメンバーを集められる方法だろう。でも最終的に打倒する主人公のパーティメンバーになって良いものなのだろうか。
いや、ここは入っておくべきか。ある程度主人公を強化して、魔王を倒して貰おう。あの魔王のダンジョンは潜るのめんどくさいし、倒すのも面倒だし。そして何より、魔王を倒した強い主人公を俺は倒したい。
となれば、ここは主人公パーティに混じって、ある程度の主人公強化はしようじゃないか。ほっといても強くなりそうだったら抜けて、しばらくソロで鍛える。あとは将来性のあるメンバーを集めれば良いだけだ。いっそのこと主人公からヒロインをわけてもらうか? 腐る程ヒロインがいるし、数人引き抜くのもいいか。それと今後を考えるとどこかの会に所属するのも良いかもしれない。
「……大丈夫よ」
なぜか急に穏やかな表情をした彼女は、そっと俺に近づいてくる。そして背中に手を回され、引き寄せられた。
「ふぁっ」
思わず体の一部が反応し、変な声が漏れる。
彼女の豊かな膨らみは顔に接していて、その不思議な弾力と温度に顔中の血液が暴走し、沸騰するんじゃないかと思うぐらい熱くなった。女子高生にしか見えない未亡人に、抱きしめられ頭をなでられるなんて何というご褒美か。
しかし、一体何で彼女はこんなことをしてくるのだろうか。
「大丈夫。引っ越しすれば近所からの迫害もなくなるわ。私の家の周りは悪い人は居ないし、それに何かあってもこんどは私が守る」
言葉からさっするに、瀧音幸助はいじめやら迫害までされてたようだ。
「………………ありがとう」
いつも思うが、瀧音幸助の人生ハードすぎだろ。