59 瀧音幸助の特異性②
先輩視点
一体彼はなんなんだろうか?
私の中で非常識の代名詞だったのはモニカ生徒会長である。しかし瀧音はそのモニカ生徒会長がかすんでしまう程だ。まだ出会ってそれほどでもないというのに、何度驚かせれば気が済むのだ。
「進んで十字路だった場合は北西西南南南東南東北ですね。丁字路だったらまた違うんですけど。ああ、計算表にまとめておくので、後で確認してください」
意味が分からない。これだけの情報を集めるのに、一体どれだけの努力をしたのだろうか? 本来ならば黙秘されるか、莫大な対価を支払って手に入れるべき情報を、彼はいとも簡単に私達に公開している。
この情報を知り得るには、相当な苦労が必要であることがうかがえる。パターンの把握、その全マップの精査だけでもそれ相応の時間を食うだろう。また攻略時間を絞るための調査もしていると。
彼は学園内での自身の評価を下げることもいとわず、この初心者ダンジョンに潜り続け、ようやく得た情報を私達になんのためらいもなく公開してしまった。
こうまでされると逆に不安になる。なぜこんな簡単に情報を公開するんだ、と聞いてみるも
「いやぁ、先輩達だから教えるんですよ」
瀧音はヘラヘラ笑いながらそんな事をのたまった。私達だからって……そんなに私を信頼しているのか……?
毬乃さんからは『初心者ダンジョンの秘密を口外しないで欲しい』と言われたが、瀧音が苦労して得たであろうこの貴重な情報を、いったい誰が口外出来るというのか。瀧音の努力の結晶に大きな恩恵を受けた私が、いったいどうして口外できようか。
リュディやクラリス殿も同じ気持ちであろう。はつみ先生は……よく分からないが、幸助のことを思っているからこそ、彼の不利益になることは絶対にしないだろう。
初心者ダンジョン11層の攻略を終え、皆が思い思いのスキルを得て喜んでいる姿を見た瀧音は、まるで自分に大きな幸せが訪れたかのようで、そう、本当に嬉しそうだった。
それは私やクラリス殿との戦闘に負けても、変わらなかった。彼は確かに悔しそうでもあったが、何よりも私やクラリス殿の成長を喜んでいた。
一体誰が彼の事を嫌えようか。
自身の敗因を真剣な顔で話している瀧音と、対戦相手だったクラリス殿を見ながら私は小さくため息をつく。
普段ならあまり気にもとめないであろう一年の噂話の中心には、彼がいる。以前まではリュディの腰巾着扱いだったが、現在は悪意を以て話す者が増えている。
二,三年での注目度は低いようだが、一年生内ではあの式部会にすら、負けず劣らずの嫌われようだ。
しかもその悪意を持つ者の中には、貴族もいるらしい。瀧音が言うには『リュディヴィーヌ様の迷惑になっていることに気が付かず、彼女の温情に与り、迷惑をかけ続けている』なんてことを面と向って言われた事もあるらしいが、果たして温情に与っているのは瀧音なのだろうか?
初心者ダンジョンの件でも分かるが、温情に与っているのは私達だろう。確かに私もリュディも瀧音に何かを与えていることを否定しない。今までは与える側だった私も今回の件で与えられる側に回った。そう、私達はそれ以上に受け取っているのだ。
私はまだ気が楽だ。接近戦闘に関しては教えることが出来るから。しかしリュディには出来ない。それに彼女自身の存在が、他の人間が瀧音を非難する一番の理由となっている。リュディがLLLを非常に嫌悪してしまうのは仕方の無い事だろう。
また彼らLLLの言い分「リュディヴィーヌ様の迷惑になっていることに気が付かず、彼女の温情に甘え、迷惑をかけ続けている」が、そのまま自分達に返ってきていることに彼らが気が付いていないのは、第三者視点からすれば滑稽と見えるかも知れない。しかし当事者のリュディや瀧音からすれば、それは全く笑えるものではなく、たまったものでない。はずなのだが。
再戦を始めた瀧音とクラリス殿、そしてそれを少し疲れた顔で見ているリュディ。
「一番の被害者である瀧音は一切気にしていない。そしてリュディだけが一方的に気にしている……」
彼女のことは私からフォローしておこう。それに。
「大丈夫、私も見てる」
うっすら感じた気配はやはりはつみ先生であった。彼女は私の隣に来ると瀧音達を見つめ、ほんの少しだけ目尻が下がった、ように見えた。
「お願いします、先生。私は追いつかれないように修行をしないといけません」
と苦笑しながら私が言うと先生はこちらに顔をむけ、その無機質な瞳で、私をじっと見つめた。
「こうすけは雪音をとても評価している。雪音を越すのが最終目標かも知れないとさえ、こうすけは言った」
不思議なことだ。なぜ彼は私の評価がこれほどまで高いのだろう。
以前聞いたことがある。最強になるのが目的だとしたら、最大の障壁になるのは誰だと。
『最強になるための壁? まあ同年代だとリュディですね。でも最大の障壁はモニカ・メルツェーデス・フォン・メビウス生徒会長と水守先輩でしょう。学生以外で考えれば常軌を逸した最終兵器レベルのが一人いるんですけど……ああ、そういえばクラスメイトに化け物予定が一人いますね』
モニカ生徒会長については分かる。彼女は異次元の存在だ。いずれは花邑毬乃に匹敵する魔法使いになるだろう。
しかしなぜ彼女と私を同列にならべるのだろうか?
私などたかがしれていると話すも、瀧音は絶対に譲らなかった。もはや崇拝に近い。押し問答を続けていると、不意に姉の顔が頭に浮かんだ。生を受けてから現在までで、そこまで私を評価してくれたのは、姉だけだった。
確かに他の者から才能があるとは言われた。しかし最強になれるとまでは言われなかった。言うのは姉と瀧音だけだった。
「こうすけは不思議。でも言うことには不思議な説得力が宿っている。感情論とか暴論とも捉えかねないことに信憑性を持たせることが出来る」
確かに不思議な説得力がある。長年をかけてつちかわなければ語ることの出来ない経験則みたいなことを述べることがある。それは彼の生まれとつらい生活が影響しているであろうが。
そして突拍子もない事を言い出したかと思えば、それが真実だったりする。今回のダンジョンのように。
彼の言葉に説得力があるのは、今までの彼の行動がそのまま反映されていることもあるだろう。彼がやってきたことは結果的に正だった。
逆を言えば彼と付き合いが全くない第三者は、彼の言うことが説得力の無い暴論と捉える可能性もある。
「雪音を超すのが最終目標かも知れないとさえ、こうすけは言った。最強を目指すこうすけが」
先生は一度言った言葉を再度繰り返す。
「だから私は水守雪音に注目している」
無機質な目でじっとこちらを見られ、思わず目をそらす。
「……ご期待に添えるか分かりませんが、研鑽し続けます」





