53 事件(ごほうび)
事件、オールコメディ回です。
汗だくの体をシャワーでながし終えた俺は、自室に戻ると備え付けの冷蔵庫から冷えたコーヒー牛乳を取り出す。自分の部屋に冷蔵庫があると、こんなにも便利なんだと実感しながら、備え付けられていた高そうな椅子に座り、机に置かれていた本に手を伸ばす。
そして、本をめくったそのときだった。部屋のドアがノックされたのは。
ノックの音でそれが誰かは分かった。
リュディやクラリスさんであればノックと一緒に声をかけてくるため、すぐにわかる。毬乃さんはノックの後に間を開けずに入ってくる。エッチなことをしていたらどうするのだろう。
俺は開いた魔術本にしおりを挟みながら声をかけた。
「どうしたの姉さん」
声をかけると、ガチャリとドアを開け、姉さんが入室する。姉さんは何も言わずにベットに腰掛けると、隣に座れとばかりにポンポンと叩いた。
何をしたいのか分からなかったが、俺は彼女の指し示す場所に座る。するとどうしたことだろうか。
「あの、姉さん。一体何をしていらっしゃるのでしょう」
頭に手を置かれ、ポンポンと軽く叩かれる。
「こう?」
それから手を押しつけるようにして頭をなで始める。
「ええっと。どうしたの?」
いや、その。急に部屋に入ってきたと思ったら頭をポンポンされて困惑しないわけがない。こんな至近距離で姉さんの匂いが鼻から入ってきて、体が触れ合っていて、困惑しないわけがない。
「こうすけは頑張ってる」
姉さんなりに褒めてるのか、それか励ましてるのだろうか。しかし褒められることも、励まされるような事も覚えはこれっぽっちもないのだが。
「元気、出た?」
「で、でました」
元気が出たというか、その出かかっているのを必死で押さえ込んでいる。もちろん俺は紳士であるが故に、そりゃあもう顔には出さないよう努めている、のだが。しかしですね、こう密着されるとね、どうしても象徴たる部分に元気が集中してしまいましてですね。
ヤバイ。
「むぅ……」
と、俺を見てそんな言葉を漏らす。俺が困惑していることを察したのだろうか。それともあっちに気が付いてしまったのだろうか。下はまずい。
俺が下を向いていたせいだろうか。
「もしかして太ももをなでてほしいの?」
姉さんは急にそんな事を言い出した。
キャバクラかな? 読書しているうちに、キャバクラに迷い込んじゃったのかな? 急に異世界とかエロゲ世界に行くことがあり得るから、迷い込んでても不思議ではないな。
と、俺が何も言わないことを肯定と受け取ったのか、彼女は太ももを触り始める。
「どう?」
気持ちよすぎて発狂しそうです。
「ね、姉さんちょっと待って」
と、姉さんは手を止める。俺は矢継ぎ早に言葉をかける。
「す、すごく満足したっ! 超元気出たっ! 元気な玉くらい出せそうなぐらい元気出たっ!」
「げんきなたま?」
この世界に龍玉の漫画はないようだ。
「と、とりあえず元気でた。そう言うことにしてくれ! だから姉さん、ありがとう!」
と俺が太ももの手を取って姉さんの膝に置こうとする。
「そう……」
しかし姉さんは俺の手を離さないまま、
「よし……っ!」
と言ってもう片方の手で、布団をめくった。
俺は混乱の極みに有ると言っても過言ではない。そもそも、何のヨシなのでしょう。ヨシと言ってもいくつか種類がありまして、ベッド入る事を許可してのヨシなのか、ペットにご飯をマテした後にヨシのよしなのか、よしいくぞー! のヨシなのか、イネ科ヨシ属の多年草のヨシなのか。
いや落ちつこう。まずは直接聞いて意図を理解するんだ。
「ね、姉さんこれは一体どういうことなのでしょうか!」
「疲れたときは寝るのが一番」
ベッドインOKのヨシだった。いや、現状を見ればそれ以外なかったかも知れない。
しかし、姉さんが言っていることは正しいっちゃ正しい。寝ることは精神的にも肉体的にも有効だろう。いやでも、何で姉さんは俺の手を握ったままで、そんな事仰るんですか?
「そ、そうだね。じゃあ、着替えて寝るから……」
とドアに視線を向け、着替えるから出てってください、と言う意思表示を行う。
「分かった」
と言っていたが、彼女は分かっていない。部屋を出る気配がないし、体はミリ単位も動かない。
「ね、姉さん。ちょっと着替えを見られるのは、その、は、恥ずかしいかなっ」
と俺が言うと姉さんは頬を少し赤らめ、目を伏せる。
「私も恥ずかしい……」
んじゃ出てってくれよぉぉぉぉぉぉおおおお。まったく出てく気ないよね!
「大丈夫、隠すから」
と言って俺から手を離すと、両手で顔を覆う。しかし指には隙間が空いているように見受けられるのだが。
そういや以前はつみさんとお風呂場でニアミスしたとき、毬乃さんに同じような事されたなぁ! やっぱり親子だな!
ってそんな事はどうでも良いんだ。
「わ、わかった」
何が分かったのか分からないけれど、とりあえず着替えよう。あの隙間から覗く目は意識からはずそう。着替え始めれば、天変地異が起こって目を閉じるかも知れない。
クローゼットから寝間着を取り出す。ちらりと姉さんを見るが、冬場だったら室内が氷点下になりそうなくらい開いていた。
ええいままよ。
俺は思い切って服を脱ぎながらちらりと姉さんを見る。
姉さん、手、手、隙間大きくなってる。ガン見してる。
「あの、姉さん」
「緑色のパンツなんて見てない」
めっちゃ見てんじゃねぇか!
着替えを終えて姉さんがめくってくれた布団に入る。ようやく羞恥プレイが終わったかと思った時だった。姉さんが脱ぎ始めたのは。
「ね、姉さん、な、何するの?」
姉さんは表情はいつものままながら、頬を少し赤らめて
「添い寝」
と呟いて、上着を脱ぎ、ポイッとその辺に置く。
添い寝って脱ぐ必要あったっけ? と俺が混乱している間に姉さんはどんどん脱ぎ、どこからか取り出したネグリジェ姿になっていた。デカかった。
姉さんは布団をめくると俺の隣に入り、なぜか体を密着させてくる。
頭が沸騰しそうだ。
ええと、これはいったいなんなんなんだ。一体なぜ俺は姉さんと添い寝しているんだ。姉さんは悪魔にでも操られているのか?
「こうすけ」
「ん?」
「こっち向いて」
と俺が布団の中でもぞもぞ動き振り返ると、姉さんに抱きしめられた。
ここが楽園か。
すばらしい。いままでの幸せをすべて凝縮したような巨峰が、私の頭を包み込んでいる。脳に麻薬を直接ぶち込んだような、狂ったような幸せで満たされている。戦争がなんだ、宗教がなんだ、エロゲがなんだっ! ここは楽園だぁぁぁぁぁああ! ラブ、アンド、ピースッ!
いやちょっとまて……落ち着いて現実に戻れ。
一体どうしてこうなった?
最初はただ頭をポンポンされただけだ。そしたら太ももをサワサワされて、気が付けば目の前がポヨンポヨンしてる。ダメだ……擬声語でしか考えられなくなっている。
でも考えれば考える程、誘っているとしか思えない。
いやしかし、俺は姉さんとは恋仲ではないし、もし俺が野獣になって、姉さんが毬乃さんに怒りの報告を行ったら、俺の人生はどうなる?
有ってはならないことだ。
ゲームのRTAを思い出せ。アレは危険な攻略ではなく、安定した攻略も重要だろう?
よし、落ち着こう。そしてマジエロでの姉さんの攻略を思い出すんだ。そこに活路があるかも知れない。
姉さんの攻略。姉さんはええと主人公に時空魔法を授けてくれるだけのキャラで……ええと主人公のチートに拍車をかける魔法を授けてくれて……ええと。
(姉さんマジエロの攻略対象じゃねぇえええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
思わず心の中で叫んでしまった。
どうする。俺はどうするべきなのか。
俺の中に居る悪魔が囁いてくる。
悪魔:おいおい、姉さんはこんなに誘ってるんだぜ? 花邑家での立場なんて気にせずやってしまえ。
これじゃぁだめだ。俺の中に居る天使に悪魔を止めて貰おう。頼む、悪魔を止めてくれ。
天使:はつみさんを気遣いながら優しくやってしまおうぜ。
天使なんか、いなかった。満場一致だった。
よし、武士は食わねど高楊枝なんてくそ食らえだ。据え膳食わぬは男の恥。
心は、決まった。
俺は姉さんを抱きしめる手を少し強める。そして
「ね、姉さん……」
意を決して声をかける。しかし反応はない。顔を上げて、気が付いてしまった。
「……すー……すー……」
「ね、寝てる……だと……」
このやり場のない高ぶりはどうすれば良いのだろう。
「…………寝よ」
と、目をつむる。しかしどうだろう。
「んっ」
姉さんが少し身じろぎする。そして俺を抱きしめる手に力を込め、そのまま規則正しい呼吸を始める。
「あのさぁ……」
姉さんの匂いも肌の柔らかさも呼吸に合わせて一定に動くその体がいちいち気になってしょうが無い。
「…………ねむれない」
翌日寝坊した瀧音は起こしに来たリュディと一悶着有ったとかなんとか。





