51 瀧音幸助②
「なに、気にする必要は無いだろう」
そういうのは、瀧音が師匠と崇める水守雪音風紀会副会長である。
「瀧音はバカではない。絶対にそうなることを予測していたはずだ。だからこそ起きてしまった現在もそれを問題として捉えておらず、今もダンジョンに籠もっているのだろう?」
私は頷く。
「以前から私は一目置いていたが、さらに一目置かざるを得ないな。個人的な意見ではあるが、他者の視線や言葉というものは、人間にとって非常に影響を受けやすいものだ」
その意見には同感である。
この町に来てから図書館に行く機会があった。そこでやけにうるさい女性らがいたのだが、彼女らのことを辺りの人らが注視を継続していると、視線に気が付きすごすごと退散していった。
「はい、それは、そう思います」
彼女らは視線に負けたのだ。とはいえ悪いのは彼女らだが。
「確かに、瀧音が褒められることをしているとは言えない。そもそも私は風紀会副会長でもあるから、注意しなければならない立場でもある」
しかしだ、と雪音さんは声を一段強める。
「もし彼が強さを求めると言う点で考えれば、とても理にかなった行動だ。それを他者からの意見によって自分を曲げず、効率よく自身を鍛える姿は賞賛を浴びせるべきだ。そもそも瀧音は直接他者に迷惑をかけているわけではないのであろう?」
私はうなずく。雪音さんの言うとおりなのだ。彼は授業にしっかり出席していないだけで、授業そのものを遅延、妨害しているわけではない。
「私がLLLに注意をすれば良いのでしょうか?」
私がそういうと、先輩は首を振る。
「いや、LLLに関してはよっぽどの事を起こすまでは放置しておいた方が良い。それはMMM(モニカ様マジモニカ)やSSS(ステファーニア様すごくステファーニア)で立証、確認済みだ。一部のファンは注意を受けるとより嫉妬心を燃やし、行動が過激になっていく。ステフ隊長はそれでわざと暴走させ、見せしめ鎮圧する荒技をやってのけたがな」
それは、その……。あの二人も苦労しているのね。
「ため息をつきたくなるのも分かる。まあ、モニカ会長は同情しても良いが、ステフ隊長には同情すべきではない。……と失言だった。今の言葉は忘れてくれ」
現聖女で有らせられるステファーニア様はとても良い噂が多い、というより良い噂しか聞かない。しかし私はそれになんとなく違和感を覚えていた。普段の彼女の笑顔が仮面に見える時があるのだ。
「そろそろ話をまとめよう。瀧音は現状を理解しているのだろう?」
「それは幸助の友人が確認してくれたわ」
「ふむ、瀧音の事だ。焦ることもなく普段通りに過ごしているなら、何かするさ。それよりも私達は瀧音に置いて行かれないよう、修行に励むべきだ」
「確かに、あいつダンジョンに行くようになってから、異常な程実力が上がったわ……私はもう置いて行かれそう」
いや、置いて行かれている。彼とクラリスの手合わせが結果を如実に示す。クラリスが膝をつき、幸助が立っているのだ。
クラリスも思うところがあるのだろう。敗北を喫する確率が上がってから、彼女は自分の修行時間を増やした。気持ちは分かるが、通常業務に支障が出そうなほどしていると、パパから大目玉を食らうわよ?
「私も焦燥に駆られているよ、短期間でこんなにも実力をつける人間など初めて見た」
と雪音さんは嬉しそうに話す。そしてふと何かを思い出したのか、そういえば、と話を切り出す。
「……リュディは瀧音と一緒に毬乃学園長の家に住んでいるのだろう? 私は君がとても羨ましいよ」
「えっ?」
思わず息をのむ。先輩は幸助と一緒に暮らしたいの?
「彼と一緒にいれば修行に対するやる気が変わってくるだろうな。毬乃さんやはつみさんに魔法のことで質問も出来る。自身を鍛えるにはこれ以上無い最高の環境だ」
思わずため息が出た。そういえばこの人も幸助に負けず劣らずの修行バカである。
「話を戻すが、もし実力差をつけられるのが耐えられないならば、いっその事はっきりと聞いてみたらどうだ? どうしてそんな強くなってるのか教えなさい、と。案外瀧音はさらりと応えてくれると思う。むしろ私も聞きたいから直接聞いてみようか?」
と先輩と仲よさそうに話す瀧音を想像し、
「いえ、自分が聞きます」
そう答えていた。先輩はそうか、と頷くと、
「……瀧音はこれから先、今まで以上の嫉妬やねたみを受ける可能性がある」
そう話を切り出した。
「場合によっては今以上の酷さになるかも知れない。まだそれは可能性だ。瀧音がうまく回避するならば、それは起こらない」
だけど、
「幸助は目的のためなら、自分の評価を気にしなさそう」
私はそう思うし、実際それを今行動で示しているではないか。
「その通りだ。しかし彼は一人ではない。一つ言えることは、」
雪音さんは殺気すら感じる真剣な表情で、私の前で仁王立ちする。
「瀧音がどれだけ学園生に嫌われようとも、私は瀧音の味方であることは揺るがない」
アイツは悪い奴には思えないからな、とカラカラ笑う。
私はふと思う。幸助は雪音さんに出会ってそれほど経過していないと言うが、全幅の信頼を置くのはこういった理由なのだろう。
「私はそうだが、リュディヴィーヌ・マリー=アンジュ・ド・ラ・トレーフル殿。あなたはどうだろうか?」
と聞かれ、幸助の事を考える。頭に浮かんだのはあの花邑ホテルでの一件だった。
10年以上トレーフル家で働いていた彼の裏切りに、絶体絶命だった状況の中、彼は死を恐れず私達の盾になってくれた。そして彼は私の本当の性格を知っても引くことなく、むしろ付き合いやすくなったぜとばかりに、気楽に話しかけてくれる。家族やクラリス以外で自分の素を出しながら話せ、これ以上無い程信頼できる人は他にいるだろうか?
「私も幸助の味方でありつづける」
ラーメン仲間がいなくなるのは寂しいし、ね。
と私が言うと雪音さんはフッと笑う。
「なら、大丈夫だろう。何かあれば我々が支えてやれば良い。まあ、そもそもだが、彼は今助けが必要そうに見えないからな。今回ばかしは私達が何かしなくてもアイツは解決するよ。それがどういった形になるかは予想が付かないが」
はっはっはと雪音さんは笑う。
瀧音を評価している人間は多数いる。毬乃さんもはつみさんも私もクラリスも。しかし誰よりも評価しているのは雪音さんのような気がした。
「よしっ、では修行を再開しよう。リュディもどうだ?」
雪音さんは意気揚々と体を伸ばし、さわやかにそう言った。
私は満面の笑顔をうかべる。そして
首を横に振った。
断固拒否である。
雪音さんと幸助の訓練はドMの境地にたどり着かないとこなすのは無理だろう。「軽くランニングだっ!」と言ってフルマラソンするとか頭のねじが外れている。
落胆した表情の先輩に、罪悪感が少し芽生えた。
でも無理なもんは無理だ。





