50 瀧音幸助
リュディ視点
幸助に対して悪い噂が立っているのは、うすうす感じていた。私の耳に入らないように辺りの人が配慮したからだろう。しかし私に教えてくれた者達がいたため、その配慮は無駄になった。とはいえそれは配慮なのだろうか? むしろ私の怒りを買わないための根回しとしか思えない。
とはいえ幸助自身も悪いとは思う。ただでさえ学力が低いというのに、授業をサボり、午後授業もほぼ出ることはなく、いつも飄々(ひょうひょう)としている姿は、普段真面目にしている学生からすれば鬱陶しい事この上ないだろう。
また幸助の言い分も理解できるのが、この問題を解決するのが難しい要因になっている。
「そもそも俺が午後授業に出る理由が思い浮かばない。接近戦闘を得意とする奴は午後授業を受けず、学園内外の道場やサークルに顔を出している奴が多いじゃないか。俺はその分ダンジョンに潜ったりしているだけだ。たまに甘味処に行くこともあるが。それにサボる授業はなるべく得意な授業を選んでる。その分しっかり修行できてるし問題は無いだろ」
確かにそうなのだ。午後授業にほとんど出ない生徒は思ったよりも多い。そして彼がサボっているのは数学や体育と言った彼の得意な科目の時だけだ。なぜ源義経や弁慶を男と思っている程バカなのに、数学は習っていない部分すら出来るのだろうか?
いやそれは置いておきましょう、今は彼の風評についてだ。
「要は悪目立ちしているんだよ」
幸助の友人である聖伊織君はそう言った。
「トレーフルさんを悪く言うつもりはないんだけど、原因はLLLの近衛騎士隊にあると思う」
「そうね、それはアタシもそう思うわ」
聖君の言葉に加藤里菜は同調する。
「要するに嫉妬よ嫉妬! 羨ましいヤツが居るとね、そいつについてあら探ししたくなるのよ。いるのよねぇ、そんなヤツ。相手を貶めて自分が勝った気にでもなるの? ならないでしょ。むしろ自分を磨いて、好きな人に見向きされるぐらい立派になりなさいよ」
なんだか妙に実感が籠もった言葉だ。
「瀧音君は別段気にした様子がないんだよね、いつも通り。むしろ瀧音君と仲が良いクラスメートの方が怒りとかショックを受けてるように見えるかな」
それはまるで、
「今の私達のように、ね」
本当にアイツは人様に心配をかけて、何も思わないのだろうか。いやそもそもアイツの場合、私達が幸助のことで悩んでいること自体知らない可能性がある。あいつはやけに鋭いときと鈍いときがあるから。
「彼がおこなっている修行の一端でも知れれば、他の人も異を唱えることをしなくなるのでしょうが」
と私が言うと、里菜さんは顔をしかめた。
「アタシ幸助の事よく知らないんだけど、アイツってそんなに努力してんの?」
「ええ、私達の知り合いに風紀会の人が居るのですが、その人曰く『異常』。常軌を逸した努力家。いやがるような基本や反復訓練も文句を言わず、狂ったように一心不乱に行い続け、気持ち悪いぐらいに結果をだす、と絶賛していました」
「僕はどん引きしているようにも聞こえるんだけど……」
「彼曰わく『超クソゲーのRTAに比べたら何倍もマシだ』とのことです」
分からない単語が有るせいで、私には意味が分からない。どうやら里菜さんや聖君も意味がわからない模様。
「まあ、アタシ達が分からないなら、より接点のない奴らが分かる事なんて、一生無いわね」
「そうだよねぇ。僕も普段の瀧音君しか知らないから……」
里菜さんの言葉に聖君も同意する。何でアイツは学園ではあんななんだろう、家にいるときはあんなにも修行やら勉強やらしているというのに。
「家ではあんなにも――」
「家?」
「家?」
私は小さく咳払いをする。
「家でも飄々としてそうですね」
失念していたが、同居しているコトは一部を除いて秘密であった。
「?」
伊織君ははてなマークを浮かべているが、里菜さんの方はなんだか眉根を寄せている。カトリナは勘が鋭いから気をつけろ、と言われていたのに、なんという失態だろう。
「彼は噂されていることを、どう思っているのかしら?」
私は流れを変えるため、話を変える。それに乗ったのは聖君だった。
「ああ、それはね。すごくどうでも良さそうだったよ。食事中だったんだけどね、全く手が止まることもなかったし、すごく美味しそうにパフェ食べてたし。その後『心配かけた詫び』ってことでパフェをおごって貰ったんだけど、すっごく美味しかったんだ!」
なんだか幸助よりもパフェがメインになってないかしら?
キラキラと目を輝かせる聖君を見てふと思う。彼は『心配かけた詫び』ではなくて『聖君の物欲しそうな視線に耐えられなくなった』からおごったのではないか。
……さすがに違うわよね?





