5 現状確認、行動
決意してからの行動は早かった。貰った札束は、自分強化のために使用する事を根底に、計画を考える。
「やっぱ攻略ウィキなんてないよな……となれば」
エロゲにおいて攻略本なんて基本存在しない。唯一と言って良いゲーム攻略情報の入手先はネットである。勇士である有志達の融資の支えによって作られたウィキによって、ヒロインの選択肢やエンディング分岐というシミュレーションの攻略から、敵の詳細ステータスやドロップアイテムやダメージ計算などが公開されていた。
「せめてあのエクセルファイルがあればなぁ……まあ使えるかわかんねえんだけど」
ウィキ情報を参考に、独自で集めた詳細データ集と、最適化したレベル上げ方法のメモ。RTAの為に用意したデータから、乱数調整用の表まで、いや、さすがに現実となった今は乱数調整なんて無理か。タイトルになんて戻れない。
「でも今のところ攻略データ以前の問題だよな……ゲームはボタン一つで魔法発動だが今は魔力を循環しなきゃいけないし」
となれば、まずはこの本を読み魔法の常識を知るのが良いだろう。
近くに置いておいた本を手に取る。
サルでもわかる魔法。
紅茶を用意して椅子に深く腰掛けると、ぱらぱらと読み進める。書いてある内容は魔法という概念の説明から、基本の魔法に、簡単な応用魔法まで。まるで俺のために用意されたような本だった。
「魔力の強化は魔素の回収によるレベル上げと、魔法を限界まで使うこと、ね」
ゲームでは魔力を限界まで使わなくても、増減があったはずだ。それ以外ではレベル上げ、特殊なアイテムの利用、装備による補正だった。どちらが正しいのか。今知らなければならないのは、本当にこの本が正しいのか、それともゲームの設定が正しいのかだ。実はどちらも正しいのか。
「検証が必要だな」
その検証はまず後にしよう、読み進めておいてから効率の良い検証方法を模索しよう。
ここは要チェックだな、と近くにあった紙を破って、付箋の代わりに挟む。そして紅茶を一口のみ、ページをめくる。
読み終わった後は検証と実験である。まずは本に書かれていた内容が正しいことを、この身をもって体感することにした。
失敗しても危険ではなさそうな魔法をいくつか見繕い、庭にでて唱える。
初級魔法はある程度問題なしではあったが、一部初級魔法と中級魔法から予想していた問題が発生した。
「……やっぱり俺は放出する魔法に適性はないな……」
ゲームでの瀧音幸助は、身体強化や物への魔力付与に関しては問題ないどころか、他の追随を許さないほどの超一流である。ただし代わりに放出系魔法にはほとんど適性はない。
「ウォーターガン」
発動と同時に小さな水球が飛んでいく。速度が遅い上に、重力にも負ける。狙いはもちろんはずれる上に威力はほとんどない。
頑張れば使えないことはないだろう、ただ身体強化してそこら辺の石を投げた方が強いとなれば、使う理由が見つからない。強いて言うなら掃除に便利そう。
これは予想できたとおり、ゲームの設定そのままだ。
「ふぅ」
小さく息を吐きながら、マフラーを掴む。
瀧音幸助になって自身の事を知れば知る程、アイデンティティとも言えるマフラーが、彼にとって最高のアイテムであることが分かる。
「長所を生かすために、あいつはいつも長いマフラーをしていたんだよな」
彼の特性を考えるに、俺にとっての最強装備となりえる。ゲームでもそうだったように。重要さでいったら、伝説の剣や伝説の盾よりもマフラーの方が上だろう。
「なら、この金使ってマフラー買うか。今のマフラーでも良いけど、もっと質の良いモノがあるはずだ」
うん、そうしよう。ついでに欲しいものは何かあるだろうか? まあ……強いて言うなら、本だろう。今の俺は圧倒的に知識がたりない。
いや、本に関して言えば無償で入手出来るあてがある。ついさっきあてが出来たと言うべきか
「毬乃さんに頼もう」
彼女なら多分本くらいなら貸してくれるだろう。あとは図書館に行っても良いかもしれない。ネットで魔法書が借りられる図書館を確認して、本を借りに行くのが良いか?
とはいえ、買い物や本に関しては明日に回した方が良いだろう。時間が時間だ。なら今すべきことは、
「身体強化魔法と付与魔法の練習だな」
俺は部屋に戻ってタンスをあさる。そしてジャージを取り出し着替えると、タブレットで家の周りの地図を確認する。家を出て身体強化魔法を発動し、ランニングを始めた。
近くに大きな公園があることは、とても幸運だった。それもランニングする人向けにコースがあったこともまた幸運だ。
そのランニングコースは夜間に走る人のためにか、街灯がいくつも付いていて、とても走りやすかった。ただ残念なことは俺以外にも何人かが走っている人が居ることだ。今も一人とすれ違った。
俺とすれ違った人からすれば、なんだアイツはと思うだろう。現にさきほど見られたばかりだし、俺だって逆の立場だったらそう思う。
風を切り裂いて走る俺は、他者の倍近い早さで走っている。身体強化魔法の影響だ。この調子なら地球で短距離世界記録も余裕だろう。
また他のランナーが俺を注目するのはそれだけが理由ではないだろう。なぜなら彼らの視線は俺の少し後ろ、風で流れるマフラーを凝視してるからだ。
何でランニングにマフラーをするのだ? なんて思っているのだろう。これが東京マラソンだったら疑問に思わないかもしれない。ただこのマフラーにはしっかり意味がある。
俺は走りながらマフラーへ魔力を送る。ふわりふわりと浮かんでいたマフラーは、急に静止し、まるで鉄の塊のように硬化していく。
瀧音幸助の最も得意な魔法であるエンチャント。彼は膨大な魔力をマフラーにあてがい、まるで自分の体の一部のように自在に動かすことが出来る。ゲームでは『第三の手』『第四の手』というスキル名だったはずだ。
またこのマフラーの汎用性は高く、マフラーその物を魔力で性質変化させることも出来た。鉄のように硬化させ盾にする事も出来るし、水属性を付与すれば火属性を弾く小さな壁にもなってくれるようだ。そして手足のように自在に動かせるため、両手とマフラーの両端に剣を持たせて四刀流も出来る。
何より有用だと思ったのが、炎、氷属性の付与だろう。
ゲームでは属性付与などはせず、何かを持たせるようにしか使われなかった。しかし実際に自分が使ってみると、何かを持たせるより、属性を付与して属性魔法よけに使った方が良いように思う。
また別の意味でも普段から属性エンチャントは愛用することになるだろう。多分氷を一番使う事になることは想像に難くない。
氷属性を付与すれば、マフラーが冷たくて気持ちいいからだ。なんという冷房いらず。冬になれば炎を付与して暖を取ることも出来るだろう。なんて素晴らしいのだ。
さて、ゲーム内の瀧音幸助はコレを自在に動かし、相手の剣を受け止めたり、受け流したりしていたはずだ。俺の接近戦を強化するために、必須のスキルであろう。彼は終盤辺りには自在に動かせたが、俺も同じように動かせるようにしなければならない。まず身体強化魔法を使いながら、自在にマフラーを動かせるようになってからだ。
いくら走っただろうか。五キロくらいは走ったような気がするが、さほど疲れた感じはない。身体強化の影響だろうか。コレならば十倍くらい走ってしまえそうだ。
いまだ尽きることのない体力に疑問を感じながら、ランニングを切り上げる。また設定でもそうであった瀧音幸助の魔力は、それ通りだった。あれだけ使っていたにもかかわらず、身体強化とマフラーへの魔力付与なんかでは、魔力を消費し切れなかった。
「自分の限界も知りたいな……むしろ知らなければ魔力アップの条件が分からん」
普通のことをしていては、自分自身の全魔力消費なんて出来やしない。効率の良い魔力消費の方法が必要だ。それと自分のステータスが数値化される魔法はないものか。あれば色々はかどるのだが。
「ま、出来ることをやるしかないか」
今は付与魔法の練習でもしようか。