45 初心者ダンジョン④
三、四階層の見た目は、ほぼ二階層と変わらなかった。しかし出現するモンスターには、大幅な変化が見られた。まずギョブリンは姿を消し、泥人形が複数体で出現することが増える。そして新たに別のモンスターが出現し始めた。
「普通のゴブリンね」
そのモンスターの見た目は、日本人的美的感覚から言えば醜悪の一言である。体中が皺だらけで、またあばらなんかの骨が浮かぶくらい痩せこけている。さらには病気を疑うぐらい目玉が飛び出していて、眼球の1/3ぐらいは空気に触れているだろう。また舌がびろんと飛び出しており、そこからよだれがしたたっている。腰にはぼろきれが一枚、手には棍棒。防具に関しては紙だが、あの棍棒には少し気をつけなければならないか。
実のところゲームでも難易度が上がるのは三階層からである。まあ……。
振り下ろされる棍棒を第三の手で掴む。そして第四の手で頭から叩きつけた。
「ゴブゥゥ」
「やっぱ相性最高なんだよなぁ」
それにクラリスさんと戦闘訓練している俺からすれば、単調で遅いゴブリンの攻撃を受けるわけもなく、まるで赤子を相手取っているかの気分になる。
魔石を回収しながら俺は二人の元に戻る。
「私は一人だと辛くなってきたわ……近接戦闘の技術も覚えようかしら」
とリュディは言う。しかしリュディはそもそも接近タイプではなく魔法タイプだ。少しくらい追い払う技術さえ有れば、後はパーティに任せて良いと思う。後半は無詠唱で魔法をバンバン使うし。さて、それをどう伝えれば良いだろうか。
「まあ、最低限は必要だと思うが……。得意な遠距離魔法を極めても良いんじゃないか? ある程度のモンスターは、俺がなんとか抑えれるし」
俺がいること前提で話しているが……まあいいか。
「うぅん……そうね」
もし俺がリュディを自由に育てて良いのなら、最適解とも言える方法で上げるのだが。とはいえ俺はお前の最適解を知っているぜ! だなんて、普通に言ったら頭に虫でもわいたかのような台詞は、口が裂けても言えない。
「確かにリュディの遠距離魔法は生徒会長らを彷彿とさせるな」
ダンジョンを本格的に攻略し始めてから、ほとんど口を開かなかった先輩が俺に同意する。
「私は何もかもが中途半端だったから、オールマイティに育ってしまった。しかしリュディは遠距離に適性があると私も思う。魔力を見るに最上級の魔法を唱える素養があるし、生徒会長らに並び、むしろ超える事も出来るだろうとも思う」
ちなみに先輩は『何もかも中途半端』などではなく、何もかもが一流のため(しかも一部超一流)、普通の中途半端君とは一線を画するのだが。
「もうちょっと考えてみるわ」
「方向性の話ならいつでも相談を受け付けるぜ。魔法については先輩が」
と先輩に丸投げするも、にっこり頷いてくれた。
「ああ、私に教えられる範囲ならいくらでも教えよう。まあ君たちの場合は学園長やはつみ先生に教わるのが良いかもしれないが」
リュディの場合、結局そこに落ち着くよなぁ。見た目と性格は少々アレな毬乃さん達だが、魔法使いとして最前線に居る人たちだ。
現時点ではゲームのリュディよりもスキルを得ているし、良い成長度合いのような気がする。
やっぱ環境が良いんだろうな。スポーツとか勉強も環境がとても大事だし。まあ、絶対とは言わないけれど。
「毬乃さんやはつみさんに相談してみようかしら……って、それ明らかに現状維持よね?」
とリュディは俺を見ながらそんな事を言う。俺に何が言いたいのか分からない。
「俺からすれば、その現状で十分以上の結果が付いてきていると思うんだが……」
と俺が思ったことを口にすると、先輩は何かを察したのか、ああ、と呟いた。
「リュディが言いたいことは分かった。その気持ちは非常に分かる。私も同じような経験がある。なにより、恥ずかしい話だが、私も焦燥に駆られてしまうことがある」
「……」
リュディは何も言わなかった。ただ先輩を見つめながら、握り拳を作って沈黙する。
「私の場合は……まあ、これは後で話そう」
と先輩は話を区切る。俺はまだしっかり確認できてはいないが、どうやらモンスターがこちらに向っているようだ。
少しして発見したのは、ゴブリンの集団だった。
俺はリュディに魔法を使うように促すと、彼女はすぐに詠唱を始める。
「ストームハンマー!」
と詠唱を終えた彼女は魔法を発動させる。するとゴブリン達の前に緑色の巨大な槌が現れ、それが振り下ろされた。
耳をつんざくような衝撃音に、着弾点から吹きつける突風。ストームハンマーはその見た目と名前通り、物理寄りな中級攻撃魔法である。風と土魔法が使えないと覚えられない魔法で、魔力消費量さえ気にしなければ、中級魔法でも最上位に位置する。なぜ中級魔法に含まれているのかが分からないくらい強力な技だ。
てか周回プレイでも無い限りこの時点で覚えているわけがないのだが……。むしろ今の時点で学園に来ている事がゲームとは違うか。
さて、この魔法の強い点は振り下ろされる槌もそうだが、その後吹き荒れる風も厄介なことこの上ない。
ハンマーの直撃した二匹は即絶命したらしく、粒子になっていく。また魔法近くに居たゴブリン達は、突風と衝撃によって壁まで吹き飛ばされた。勢いよく飛んでいった一匹はぴくりとも動かない。
少し離れた所に居たゴブリン達は風に煽られ尻餅をついていたが、隙だらけである。
「ほい、終わり」
振り下ろされた第三と第四の手に潰され、断末魔を上げながら粒子となっていくゴブリン。
「やっぱリュディの魔法は羨ましいよなぁ。俺こんなの出来ないし」
出来るならやっぱりああいったのも使ってみたい。模擬戦闘で何度か使われたけど、防ぐのに非常に苦労するし、何より近くで審判していた姉さんのスカートをめくってくれるのが非常に良い(視線を取られて一敗を喫する。意外なことに赤だった)。
俺がリュディの魔法を羨ましがっていると、
「隣の芝生は青く見える、か」
近くで見ていた水守先輩はそう呟いた。





