43 初心者ダンジョン②
写真で見てみる物と実際に視る事は別物であると知ったのは、学生時代の修学旅行だ。中学やら高校やらの教科書で一度は見るであろう有名な絵画『最後の晩餐』を直に見た時に思ったのだ。ああ、写真なんかじゃ、これは伝わらないな、なんて。『芸術』の『げ』の字すら知らないような、万年美術普通評価だった俺ですら、その絵のすさまじさは分かった。
それは想像していたのよりも大きく迫力があって、まるで目の前に居るかのように立体的で、実はとても色鮮やかで。もう、ただただ圧倒的で、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、言葉が出なかった。一緒に行った女友達なんかは、まるで金魚がエサを求めるかのように口をぱっくり開けて、見事なアホづらをさらしていた。まるで初めて都会に来た田舎者が、高層ビルを見て仰天しているような感じで。
でも俺は彼女を笑えなかった。友達が、お前も似たような顔をしてたぞ、なんていっていたからだ。まあそいつも同じようにアホづらを晒してたから、全員痛み分けみたいなものだろう。
「すっげえなぁ……」
そこをたとえて言うなら、ローマやらエジプトなんかにありそうな、石造りの神殿だ。ゲームでもイラストでその雰囲気は知っていたが、こう現実にドンッ! と出されるとその迫力に圧倒されてしまう。
もしここがダンジョンではなく、ただの観光地だと言っても俺は信じる。この建物を見て回るだけで、俺の封印されていた中二心が刺激され、意味もなく高笑いし魔法を唱えてしまいそうだ。残念な事に視覚的に楽しめる魔法でかつ、危険なく使える魔法はライトぐらいだが。
ペシペシと石の柱を叩いていると、水守先輩がフッ、と笑う。
「瀧音は変わってるな」
水守先輩がそんな事を言う。
「そうですか?」
「いままで何度もダンジョンに潜って来たが、そんな反応をする人は珍しいよ」
「え、どんな反応をしてましたか?」
「そうだな……まるで観光に来ているような感じだろうか。違う文化を体験して、感動しているような、戦闘しに来ているようには見えないな。まあ初めてダンジョンに来る人でそれは珍しいのは確かだ」
嘘だろ? とリュディを見る。彼女はどことなく呆れた様子でこちらを見ていた。
「えっ、いや、だってこんな建物見たらすごいなって……なあリュディそう思うよな?!」
「……実はアタシ結構緊張してたのよ。ダンジョンは初めてだったから。でも幸助を見てたらね」
いやぁ日本人だったら皆同じ反応すると思うんだけどな?
「まあ、瀧音もこの辺りを堪能しただろう? そろそろ出発しよう」
と先輩が視線を前にうつす。そこには石の扉があった。
先輩達と相談した結果、前衛は俺。前中衛に先輩。そしてリュディを後衛に置くことに決めた。また先輩は基本手を出さず、俺達二人に任せるらしい。という事で俺が一番先頭に立つのだが、立つのだが……。
「先輩、このドアの開け方が分かりません」
目の前にあるのは石で出来た重厚な扉。それも十メートルぐらいある。これ全力で押しても動くとも思えない。巨人が通るために作られたのだろうか? ゲームにもこんな扉はなかった。というかすぐにダンジョンパートに画面が切り替わって探索に入った。ゲームでは扉が省略されていたと言うのが正しいのかもしれない。
「ああ、それはドアに触れると自動で開くぞ? それとこの先からはモンスターが出現するからな。まず大丈夫だろうが、一応気を引き締めろ」
と言われ、俺はドアに手を触れる。
するとどうだろう、まるで地震が起きたかのように地面が揺れ始めるではないか。
「キャッ」
リュディは焦ったのか杖を手に持ち、魔力を活性化させながら、なぜか俺の腕を掴む。俺自身も急な揺れにとても驚いているが、地震大国日本に生まれ、なおかつ高層ビルで大きな地震を受けたことのある俺からすれば、さほどの揺れでもない。
しかし腕に当てられる二つの双璧の揺れは相当であり、地面以上に心が揺れ動く。
そして今度は『ウィン、ウィン、ウィン、ウィン』と何らかの機械音が辺りに響き、揺れが強くなる。俺はストールを杖のようにしてバランスを取っているから、なんとか立てているが、無ければ立ち続けるのは難しかっただろう。リュディはより俺の腕に力を込め、非常に焦った表情を浮かべている。先輩は涼しい顔をしながら、さりげなく俺の肩に手を置いてバランスを取っている。先輩、腕、もう片方、開いてる、押しつけて、構わない。
と俺が叶わない願望を抱いていると、不意に先ほどから鳴っていた機械音が止み、揺れがだんだんと引いていく。
完全に揺れが引くとカタンとどこかで音がした。
見てみると扉の隅っこに人が一人通れそうな入り口が出来ていた。こんな巨大なドアを目の前に、大震災クラスの揺れに、よく分からない機械音を響かせておいて、一人通れそうな入り口が出来ていた。扉って雰囲気を作るための飾りだったろうか?
「納得いかないわっ…………」
わなわなと体を震わせるリュディは、俺の手を離すと怒りを扉にぶつけていた。隣で先輩が、私も初めての時はそんな感じだったな、と懐かしそうに見ている。
なんだか緊張感のない始まりだが、はたして大丈夫なのだろうか。





