42 初心者ダンジョン
まぶしい日差しが照りつける雲一つ無い青空だった。
まだ春という事もあり、汗をかく程暑いというわけではない。風も穏やかながら吹いているおかげで、非常に過ごしやすいといえた。
こんな天気ならば先輩やらリュディやら姉さんやらを誘ってピクニックやらキャンプにでも行きたいところではあるが、姉さんは「バーベキューなんかリア充の専売特許」だなんて顔をしそうだ。やってみれば意外に楽しくて、案外はまるのではないかと踏んでいる。
なぁんて楽しい想像をしているが、あいにく俺達が行くのはダンジョンで、天候なんざまるっきし意味の無い場所だ。
さて、今回潜るダンジョンが初心者ダンジョンならば、内部は石造りの神殿のようなフロアと通路で構成されていることだろう。願わくば過ごしやすい温度であることを祈りたいが、こればっかりはゲームで体験出来るわけもない。もう少し未来だったら直接脳に信号でも与えて、疑似体験出来るのかも分からないが。まあもしそんな世界が来るならば、人間の全員が全員引きこもりにでもなってそうだ。
「……ということ。質問は……ある?」
と、姉さんは生徒達に確認を取る。元々説明されていたことを、再確認の為に話されたことだから、質問はなかった。
「じゃあ、がんばって」
と姉さんはこちらに視線を一瞬向けると、踵を返しヒーラー達が集まる出張保健室の所まで行ってしまった。
「はつみさんが来るなんて意外だったわ」
リュディは周りに人が居ないからか、ざわめきで聞かれないとでも思ったのか、猫かぶりお嬢様口調ではない。
「なんでも講師のほとんどは参加するらしいぜ? 一応拒否は出来るみたいだけど、今回は『こうすけとリュディがいるから参加』だそうだ」
「あの人すっごい他人に無関心というか、人嫌いというか……なんて言うのかしら?」
「そこ聞くか? 姉さんはちょっと他人に無関心なんだけど、優しくて美人で包容力があって……」
とそこまで話したときに俺は姉さんの気配を感じたので褒めまくることにした。
「いつも気にかけてくれて、実はすごく面倒見が良くて、面倒なお願いでも聞いてくれて、一緒に居るだけで楽しくなる最高の姉さんだよ」
「……うれしい」
ヒッ、とリュディが驚き声を上げる。姉さんの気配に気がつかなかったのだろう。俺も慣れるまでは、隣に立つまで気がつかないときがあったからな。ダンジョンに入っていないのに、気配察知のスキルを得たのは、間違いなく姉さんのおかげだ。
「お、驚きました。い、居たんでしたら声をかけてください、はつみさん」
とリュディが言うと姉さんは頭をかいた。
「やめて、照れる」
「どこかに照れる要素があったかしら……」
とリュディが悩み始めると後ろから声をかけられる。
「おーい。瀧音、リュディ、はつみ先生」
現れたのは薙刀を背にくくった、制服姿の雪音先輩だった。先輩は俺の横に立つとリュディを見て首をかしげた。
「何かあったのか?」
「そうですね。たとえて言えば、三平方の定理を生物学的に考えているような感じですかね」
「それは非常に相性が悪そうだな」
俺はまあ、それは置いといてと話を区切る。
「そういえば姉さん。どうしてこっちに? 組み合わせが発表され始めてるみたいだし、皆移動始めてるんだけど?」
「伝えなければならないことがあった。雪音にも伝えてないこと」
「? なんでしょうか」
と解決できそうもない悩みを諦めたリュディが聞く。
「ちょうど人はそろってるから話す。今回の一年生初回ダンジョン講習は5人メンバーを組むことになっている」
「それ説明を受けたけど。ていうか姉さん、さっき姉さん自身がそのことについて話してたよね? パーティメンバーはツクヨミトラベラー(ツクヨミ学園で利用できる総合情報端末)にメッセージが行くから、そのメンバーと指定された場所に集まるって」
と俺は入学時一人一人に配られたスマホのような端末を取り出す。
「……うん。それでね。ちょっと特殊な事情があって、こうすけ達3人にはそのメッセージが来ないの」
「えっ?」
「はあ?」
「ふむ、はつみ先生。それはいったいどういうことでしょう」
「あなたたちの戦力は3人ですら過剰という事で、母様や私の判断でパーティメンバーを締め切ることにしました」
「もしかして……?」
とリュディが伺うようにそういう。
「あなたたちは3人だけでダンジョンに潜って貰います」
「ええっ!?」
「っ!?」
俺達の表情が同時に曇る。
いや、ちょっと待ってほしい。おかしい、おかしいじゃないか。何で俺が伊織と組まないんだ? 今まで変な運命でもあるみたいにゲーム(マジエロ)に沿った動きをしてたのに、いきなりこんなことなんて。しかも三人だって?
「はつみ先生。詳しく説明頂けますか?」
多分3人の中で冷静だった先輩が、姉さんに問いかける。リュディも驚いているようだけど、一番驚いていたのは俺だろう。
「すでにこうすけは接近戦においてこのダンジョンで苦労することはない。リュディも詠唱短縮を覚えて、さらには中級魔法も使える。二人でも十分。それに水守雪音が付けば、何を恐れる必要があるのかわからない」
まあ姉さんの言うことは少し分かる。リュディも姉さんや毬乃さんのおかげで、最近めきめき力をつけている。まあそもそもだが、先輩が一人居ればある程度の場所はなんとかなるだろう。
「という。その説明をすることが、私がここに来た理由」
「……分かりました姉さん。それで俺達はこれからどうすればいいんですか?」
「行きたいならもう潜っていいよ? 決められた時間に行く訳ではないし。そもそも初心者ダンジョンは、他グループとは会わないような仕組みのダンジョンだから」
と、先輩とリュディを見つめると、二人はいつでも良いよと頷いた。
「分かりました。このままダンジョンに行きます」
それにしても、伊織に起こる魔人族出現イベントは大丈夫だろうか? まあ、大丈夫か。初期ボスという事もあって、魔人族クッソ弱いし。





