41 クラリスさんとの戦闘訓練
アロマセラピー先生と頑張ろう宣言をして早二日。残念ながら今後先生に会いに行く予定はまったくない。
もし俺の心が折れたり荒んでしまったら、全身アロマセラピーな先生に癒やして貰うのも有りだが、今のところ心は折れそうもない。フラグはばっきばきに折ってるだろうが。それに彼女の選択授業を受けるなら、さっさと家に帰ってクラリスさんに稽古をつけて貰うことの方が価値がある。
「なんでクラリスさんこんなに強いのに、あのときあんなに追い詰められてたんだろ……」
「い、いえ、あのときは不覚を取りまして……」
と、長い耳を少し下げながら、渋い顔をする。
顔とは裏腹にクラリスさんの攻撃は苛烈さを増していく。しかし、魔力を込めまくったストールは、その全てを弾く。弾くことは出来るのだが。
「ぐっ」
魔法によって筋力強化された攻撃は、一撃一撃に重みがある。俺はそれをうまくいなすことが出来ず、地面に足が埋まりそうな程踏ん張っていた。
たしかにストールの盾の防御力は太鼓判が押されるレベルだ。だが勢いを上手く殺すことが出来ない。毎日の訓練と心眼スキルを得た事もあり、以前よりもいなすのが得意になってきてはいる。だが、まだまだだ。
「風ヨ……舞イ上ガレ!」
クラリスさんはそう言って魔法を発動させる。すると辺りの地面から風が吹き上げ、砂埃が舞う。あっという間に視界はゼロになった。
そして時折混ぜられる魔法もまた面倒な事この上ない。大抵はストールの盾によって防げるが、クラリスさんはトリッキーな使い方でこちらを翻弄してくる。だが、今回は魔法の選択を間違えたようだ。心眼のおかげで、砂埃が意味を成していない。クラリスさんの動きは丸見えだ。
俺は攻勢逆転とばかりにクラリスさんに向かって走り出す。クラリスさんはすぐに俺が近づいてくることに気がついたのか、後ろに後退する。そして魔法の詠唱を始めた。
俺は間合いを詰めると魔法を打たれる前に第三の手で攻撃を……。
とストールを伸ばしていると、急に視界が斜めにぶれる。どうやら踏もうと思った地面に穴が開いていたらしい。
「いつのまに……!」
ここは先ほどクラリスさんが立っていた場所だ。魔法で目くらましをするふりをして、穴を掘ったのだろう。幸いなことに俺の足に怪我はなさそうだった。変に踏ん張ったせいでバランスを崩しただけだ。しかし、この時間は命取りだ。
俺は体勢を立て直し、ストールを前面で広げる。目の前にはこちらに向って飛んでくる大きな石つぶてが見えた。
ガキン、と金属が石を弾く音が、すぐ側から聞こえる。
「デカすぎだろ!」
飛んできたのは石じゃねえ、岩だ。人の顔位ある岩だ。直撃したら死んでいたかもしれない。勢いを殺せずに尻餅をついた俺にクラリスさんは接近する。そして俺のストールを勢いよく蹴ると、空いた隙間に剣を途中まで差し込んでくる。
「ま、参りました」
目の前に差し込まれた銀色の刃を見て、そう言わざるを得なかった。
「ふぅ、昨日は二連敗でしたので、これで矜持が保てます」
差し出された右手を取り、体を起こす。
「なんだか終始手のひらで踊らされた気分です」
「今回は策にはまっていただきましたが、それも開始時に距離が開いていた事と先手を譲っていたことが大きいかと思います」
確かにある程度距離を取ると俺の勝率は下がる。それは俺の攻撃に遠距離が少ないせいだ。石を投げるなど出来るが、何度も戦闘しているクラリスさんはそれらが来ることが分かっている。来ることが分かっている投石を、彼女が対策できないわけがない。彼女は結界魔法も使えるのだ。むしろ得意。必然的に、俺は距離を詰めるしかない。
「うーん、やっぱり距離かぁ……。弓でも持とうかな?」
「確かに瀧音様には弓は相性が良いかと思います。また銃も良いかもしれません。ただどちらもコストがかさみますから……もっとも花邑家の御子息にお金の問題は無いような物なのかもしれませんが」
まあ、お金については心配していない。それどころか、以前毬乃さんに武器庫に連れて行って貰った時にあるのは確認している。さすがに杖や魔道書に比べたら少ない。使っても良いよと言っていたから、そこから借りても良いだろう。
「弓や銃かぁ。とりあえず来週以降ですかね」
「来週ですか……そういえば今週はダンジョンに潜るのでしたね」
俺は新たにストールを取り出すと、クラリスさんがくつろげるように形を整える。まず布の端と端を強化、そして端以外をあえて緩める。するとどうだろうか、簡易ハンモックのできあがりだ。
「瀧音様は……その、失礼な言い方ですが、魔力が化け物じみてますよね」
クラリスさんは少しためらいがあったものの、ゆっくりそのハンモックもどきに腰を下ろす。そして軽く揺らしてほころんだ笑顔を浮かべていた。
多分ストールと体を入れ替える魔法を、心の底から欲しているのは世界でも俺だけだろう。あの尻に敷かれたい(物理)。
「瀧音様?」
「ああっ、ええっと桃(尻)の話でしたか?」
「いいえ、『も』の字も出てなかったと記憶しているのですが……ダンジョンの話です」
ああ、そういえばそうだった。
「まあ初心者ダンジョンですから、あまり心配してませんよ。それに今回は上級生や冒険者や講師の付き添いもありますから」
「お言葉ですが、初心者ダンジョンとはいえ油断は禁物かと……」
へえ、と思わず頷く。
「その、お恥ずかしいのですが、私初めてのダンジョンでは、その、想定外のことで取り乱してしまいまして……」
「クラリスさんがですか?」
「ええ、一緒に居たメンバーに助けられ事なきを得たのです。ですから準備を怠らないようにしていくと良いかと。その、申し訳ございません、言葉が過ぎました」
なぜ謝られたのだろう? 感嘆していただけなのだが、怒っているように見えたのだろうか?
「いえいえ、私は全然怒ってないですし、凄くありがたいとすら思ってましたよ。軽率に行動する自分としては身にしみる忠告でした」
「瀧音様が軽率……? 私はそのように見受けられないのですが?」
リュディを助けた時は色々と軽率だったことを反省してる。助けたことに一切の後悔はないが。
「いやあ、色々とあったんですよ。それとアドバイスありがとうございます。明後日のダンジョン講習はしっかり準備をして挑みたいと思います」
実のところ、これから起こるイベントを把握している俺は、しっかり準備していく予定ではあったのだが。
「いえ、感謝など……瀧音様の実力なら基本的には問題は無いでしょう。いえ、多少の事なら問題は無いかと思います」
まあ、主人公が起こすイベントは多少の事ではなくて、それに巻き込まれる俺は相当危ない思いをするんだけどな……。





