4 プロローグ④
学園の制服を着せれば、クラスのマドンナ(死語)にすらなれるだろう新しい母であるが、彼女は学園の主でありさらに魔法協会の中でも権力者である。
「ごめんね、本当はもっと一緒に居たいんだけれど、これから仕事なの……」
そういって彼女は家を後にした。俺をおいて。
毬乃さんを擁護する言い方をすれば、彼女だって忙しいのだろう。それはわかる。だが来て早々新しい母になるという爆弾発言をしたその日に、仕事でしばらく会えなくなるとかどういう了見だろうか。
俺自身としては、まあ問題はない。この体に生まれ変わったのだか、入れ替わったのだかで不幸の実感が無いからだ。
しかし瀧音幸助くんはいろんな不幸が続いたあとに、急に新しい親ができて、家を引き払わなければならなくなったのだぞ。底知れぬ不安が渦巻いているだろうに、新しい母は傍にいてやらず、仕事へ行ってしまうと。
もはや瀧音幸助は、ゲーム内で引きこもりになっていないのが疑問に思えるぐらいだ。ハイテンションで「マジィ↑↑」とか「ちょぉそりゃないでしょ!」とか「あの子すんげーかわいくね? ナンパしようぜ。お前暴漢の役な、俺がさっそうと助けるヒーロー役な」とか言ってたが正直信じられない。
「マジで可哀そうだな……」
まあ瀧音幸助のこと置いておいて、やることをやるか。
「それにしてもこれ……多すぎじゃね?」
目の前に置かれているのは分厚い封筒。そこから顔を出す札束。毬乃さん曰く『1週間の生活費』らしい。一つ言えることは。
「毬乃さんは金銭感覚がマヒしてるな」
封筒から束になったお札を出す。その金額日本円で100万円。1週間ずっと特上寿司の出前頼んだって消費しきれない。
全部使いきっていいよ! と笑顔で言われたがどうやって使うのだ。ブランドバックやら高級時計でも買えって言うのか? ほかに高そうな物……この世界でいえば魔具とか。
「……まてよ?」
そもそも俺って瀧音幸助になってる……んだよな?
「俺って魔法……使えるんだよな?」
いや、使えないわけがない。そもそもこいつが受かった学校は魔法学園だ。魔法使いじゃないやつが入れるだろうか。
「魔法かぁ」
そいつは、科学では証明することのできない奇跡みたいなやつだろう。使えるならぜひとも使ってみたいとは思う。
ていうか、使えなければ学園退学じゃないか?
うん、ならばどうやって使うのだ?
「ゲームだったらマウスでクリックするだけなんだけどな」
画面じゃあないしクリックなんてできない。そもそもステータスすら見ることができない。自分のHPとかMPが見えるくらいしてほしいが、まあ無理だろう。
まてよ。
こいつは魔法使いだから入学できたのだ、であれば魔法に関する教科書というか、本は残っていないだろうか?
「あんま気が進まないが、家を物色するか……」
椅子から立ち上がってリビングを出る。
瀧音幸助はゲームの設定どおり、学力はお世辞にも良いとは言えないらしい。教科書やノートに封印されたテストは、半分程度しか丸が書かれていない。また魔法の歴史書や国語の教科書に写されている写真や自画像には、レベルの低い落書きがしてある。なんだこいつは授業をしっかり受けろよ、なんて思ったが1年前の教科書からはその落書きはぱったり無くなった。そしていたるところに魔法式やら魔法陣やら、魔法に関する何かが書かれるようになっていた。
俺は魔法の歴史書を閉じる。そして本を持ったサルの絵が描かれた魔法書、それもやけに綺麗な魔法書を手に取る。
「サルでもわかる魔法、ね」
何ら書き込みもなく、折り目すらもなく、開いた形跡さえなさそうな綺麗なままの本をパラパラめくる。浮かんだ疑問もあったが少し考えても答えは出ず、結局考えることを放棄した。
とりあえず読んでみよう。
本に書いてあることを信じれば、この世に生まれた生物には魔力が備わっているらしく、また大気中にもその魔力というものがあるらしい。
これはゲームで見た設定と同一である。
そしてその魔力を利用して起こす奇跡、魔法。火を生み出し、水を生み出し、風を生み出し、土や金属でさえも生み出す。
ただ起こす奇跡に比例して魔力を消費するため、魔法使いはある一定以上の魔力を持たなければならない。一般人と魔法使いの一番の違いは、この魔力量にある。らしい。
もっともゲームと同じであれば、瀧音幸助は学園の教師ですら舌を巻くほどの魔力量を誇っているはずだ。魔力量だけなら。
「あー、書いてあるとおりにしてみたが、これかな。でもなぁんか変な感じがするんだよな……」
たとえて言うなら目や耳が光と音を認知しているみたいに、体全体が新たな感覚器官になってしまったような。それでいてその不思議な温かみのある魔力みたいなものは、全身からあふれるくらいに感じられると同時に、体の外にも似たようなものが存在しているように思う。そして外の魔力は俺の体をソフトタッチしてきていて、正直くすぐったい。
「なんで意識したとたん、こんなに感じられるようになったんだ?」
まあ、考えたところで答えはでない。だったら魔法、使ってみようか。もし使えればやっぱりこれは魔力だったといえるだろう。
「ええと、『ライト』」
一般人にも簡単に使えると書かれていた、明かりの魔法『ライト』。
正直に言えば『ライト』ですら、本当にできんのか? と半信半疑であった。でも言葉と同時に効果はすぐに表れた。
「マジかよ……」
目の前に浮かぶ光源。手で光源の周りの空を切る。電線の役割をしている紐やらが無いかを確認するも、何もぶつかることは無い。こんどはゆっくりその光源に手を近づけていく。
「は、ははっ、ははははははっ、すぅぅっっげぇえええええええええ!」
ただ光源に接触することは無かった。また熱もなかった。ただ手がその光源を貫き、切り裂く。しかし光源は最初の形のままだし、そこから微動だにしない。
魔力の供給を止めると、その不思議な光源はすぐに消えてしまった。
俺は部屋の電気を消し、カーテンを閉める。そしてもう一度魔法を使った。
ピカ、と薄暗かった室内が、不思議な光球によって照らされる。俺が魔力供給を止め、消滅するよう唱える。するとすぐにその光球は光を失い、あたりは薄暗闇になる。
俺は再度ライトの魔法を唱え、室内を照らす。
「信じられねえ……」
生み出された光球は電気を動力とする熱を持った光ではない。魔力によって生み出されたライトだ。すぐに魔力の供給を止めて、ライトをまた消す。
魔法を発動させると、ピカ、とあたりが照らされる。
見れば見るたびに感動し、そして魔法という摩訶不思議な力に引き寄せられる。
何をやってるんだと思われるかもしれない。だって俺がやってるのはライトという、魔法使いが初めて覚える魔法だ。幼稚園とか小学生くらいの人間が一番初めに覚えるらしい魔法だ。なに、おまえはそんな当たり前の魔法で感動しているんだ、と言われたっておかしくない。
でも仕方ないだろう。
もし電気の概念がまだない世界の住人が、いきなりテレビやらネットやらを見たらどう思うか。失禁とまではいかなくても腰を抜かすことはあり得るだろう。でも俺たちの世界は電気があることが普通で、小さなころから慣れてしまってるんだ。だから驚かない。
魔法だって同じだ。俺を馬鹿にする奴はこの世界に腐る程いるだろう。だが言ってやりたい。魔法のない世界から来てみろ。おまえらはたかがライトというかもしれない。だけど俺にとっては電気を使わない空中浮遊するライトなんだ。
「すっっっっげぇぇぇぇぇぇええぇえ!」
ライトをつけて消して、またつけては消して。繰り返すたびに思いは強くなっていく。
もっと魔法を知りたい。
生み出された光に手を伸ばし、包み込むように手をかぶせる。そしてゆっくり手を開き、まったく衰えることのない光を見つめる。それをしていくうちに、自分の心の中でくすぶる何かに、だんだんと火が付いていった。
いろんな魔法を見たり使ってみたい。そして、この不思議な魔法を極めたい。どうせなら魔法使いの頂点に立ってみたい。
「頂点、か」
瀧音幸助がゲームの設定通りならかなりのハンデがある。でもそれでも目指してみたい。むしろ目指さなくてどうするんだ。こんな超常現象だぞ?
「決めた」
俺は決心する。
いつまで掛かるか分からないが、一騎当千の生徒会、風紀会、式部会メンバーや三強を倒す、そして最後には。
「魔王ですらソロで倒すほど成長する主人公。あのチートをぶっ倒そう」