32 魔法学園②
魔法学園の授業形式は、一般的な学校と比べれば特殊である。
午前中には一般教養を含む必須科目を行い、午後に応用科目という選択授業を受けることが出来る。また驚くことに、応用科目も必須科目も、進級や卒業に必須な単位ではない。もし必須科目の単位を落としても、ダンジョン単位を得れば卒業できる。また逆にダンジョン単位を落としても必須科目の単位をもっていれば進級、卒業は可能だ。
「だからといって必須科目をおろそかにする理由にはならない。なぜならダンジョン単位を得るのは難しいからだ」
そう教師は言いながら、ホワイトボードに60という数字を書く。
「ツクヨミ学園ダンジョン60層、コレが君たち学園生が目指す階層だ」
ゲームにおいて学園ダンジョン60層攻略は、バッドエンディングを迎えないために必要なことである。それも3年終了時に迎えていなければバッドエンドがほぼ確定し、メインヒロインとどんなに仲良くなっていたとしても、一人辺境で仕事をする孤独エンディングだ。もっとも悪魔と手を組むエンディングでは、60層を攻略していなくても孤独じゃないエンディングを迎えられるが。まあ、もし伊織がそのエンディングに向うならば、俺が全身全霊で止める。
「三年卒業時に60層を攻略できる生徒は、約50パーセントだ。つまり半数の生徒しか攻略できていない」
さて、俺はどれぐらいまでにダンジョン60層を目指すべきか。もしゲームの1周目を普通に進めるならば、2年に上がった直後もしくは1年終わりで攻略出来ているだろう。2周目であれば、初めて学園ダンジョンに潜ることの出来るその日に到達することが出来るだろう。主人公を超えるのであれば、遅くとも1年のうちに攻略し終えていたいが。
「初めから研究者になるつもりの者であれば、60層を目指さない事もある。しかし私は研究者になるとしても、ダンジョン60層は目指すべきだと思う。なぜならダンジョン攻略ではこちらで研究しているだけで得られないものもたくさん得られるからな」
そう言って教師はペンを置いて生徒達を見回す。
「まあ、要するにどちらもこなしておけと言うことだ。理想はどちらも合格点に達することだ。就職の際に役立つからな。ああ、魔法騎士団に入りたくばどちらも達成していなければならないからな。注意しろ」
俺は壁(窓)により掛かりながら、ちらりと伊織の顔をのぞき見る。いつ見てもパッとしないエロゲ主人公顔だ。彼は俺の視線に気がつかないくらい、真剣に教師の話を聞いていた。
彼が真剣に聞いている理由は多分ゲームと一緒だろう。ゲームの伊織は幼少期にとある事件で魔法騎士団に助けられた事があり、それがきっかけで魔法騎士団に憧れ、学園に入ったはずだ。騎士団の話になれば真剣にもなる。俺だってエロゲの話になれば真剣になってしまうからな。
「さて、君たちはこのダンジョンに入る前に、学園が管理している初心者向けダンジョンに入ってもらう」
初心者向けダンジョンは、全11層の小さいダンジョンだ。普通に攻略するならば、10層で終了だが、ある条件を満たせばエクストラ階層である11層が解放される。
「ダンジョンに入るのは5日後だ。詳しい準備については後日連絡する。覚悟だけはしておけ」
そういえばこの世界でのエクストラ階層や隠しダンジョンに関する扱いはどうなって居るのだろうか。解放条件が分かり次第公開されているのか、それとも基本的に黙秘されていて、一部の人にしか伝えられていないのか。実は誰にも知られていないのか。
少し調査が必要かもしれない。
と、考えを巡らせていると、授業終わりのチャイムがスピーカーから鳴り響く。今日はこの後に体力測定があったはずだ。ゲームではとても、とても、とてつもなく、重要なシーンの。
「真剣な顔をして、どうかしたの?」
伊織がこちらの顔を見ながらそう言った。
「いや、少し考え事をしてただけだ」
伊織は「行こうよ」とドアを指差す。俺は立ち上がり伊織の横に並んだ。
さて、どうすべきか。体力測定と言えば、ゲームでは下着姿のヒロイン達(ついでにモブ達)が三人称多元視点(神視点)によって描写され、CGをゲット出来るとても重要な場面だ。出来ることなら俺も一枚絵……ではなく、実際にこの目に焼き付けたい。
ならば、どうにかして女子更衣室の中を覗く事は出来ないだろうか。
偶然を装って女子更衣室の中に入り込めないだろうか。いや、難しい。魔法を使ってなんとか忍び込めないか、いやそんな都合の良い魔法は覚えていない。くそ、このために周囲を欺く魔法を覚えておくべきだったかもしれない。
「くっ……ままならないな」
「?」
伊織は依然として疑問符を浮かべている。
俺は未だ迷子の子猫のようなキョトン顔(ヒロインの一人がそう言っていた)をしている伊織の顔を見てふと思う。
「なあ、伊織はどんな女の子が好きなんだ?」
「えっ、いきなりどうしたの?」
「いや、体力テストだろ? なら女子の着が……ゲフン、女子の運動能力が見れるわけだ。どうせだったら自分の好きな子をみていたいと思わないか?」
「えっ、まずは自分が良い成績を取ることを考えないかな?」
真面目かっ?! まずは女だろうJK。
「まあまあ、ほらウチのクラスって可愛い奴がめちゃくちゃいるだろ? 委員長になった彼女とかさ、リュディだって可愛いし」
メイン、サブヒロインとして仲間になるキャラはクラスに複数人いる。彼は現状誰が気になっているのだろうか。私気になります。
「確かに委員長も、リュディヴィーヌさんも可愛いよね」
伊織は顔を少し赤らめ、そんな事を呟く。
「だろっ? もし気になる女の子がいれば俺に言えよ? 血液型から好きな食べ物、趣味やスリーサイズまで何でも教えてやるぜ?」
「す、スリーサイズっっ!」
伊織は目の色を変え大きな声で喋る。
「しっ、バカっ。声がでけえ」
伊織は慌てて口に手を当てる。辺りに女子生徒がいないのは僥倖だったろう。男から痛い目で見られたって俺は何ら気にしない。
「もちろんタダとは言わねえ。コレだ」
と、俺は右手で丸を作る。
「お金を……取るの?」
「まあ情報の重要性次第だな。好きな食いもんとか少し調べりゃ分かる簡単なのなら、ジュースとか食券で手を打つ。血液型とかならタダで良いぜ? ちっと踏み込まないと手に入れられねぇ情報はもうちょい貰う。まあやべえ個人情報は知っても教えられないが」
実のところゲームの瀧音幸助も同じような事をしていた。彼に聞くと魔石やお金なんかと引き替えに、ヒロイン達との好感度を教えてもらえたのだが、あまり使わなかった。セーブ&ロードが出来るからな。選択肢を間違えたらロードだ。
「お、お金かぁ」
なんだか伊織は悲しそうに呟く。そういえば主人公は初期の金がほとんど無かったはずだ。まあゲーム終盤や2周目なんかはそれなりに持っているだろうが。まあ3周目まではなんだかんだで消費するから、金を腐らせるのは4周目からか。
「ま、お前とはお友達割り引きとして初回だけタダで良いぜ。そうだな、食券一枚分の情報までなら教えてやる」
と無駄話をしながら着替えると、体力テストのある会場へ足を向けた。残念ながら微エロCGは回収できなそうだ。





