30 プロローグ、学園生活の始まり
2章では瀧音幸助が劣等生として見られ(幸助自身気にしていない)、
ざまあに近い展開(目的のために行動してたらそうなった)があります。
ご了承ください。
入学式の日と言えば、大抵の人がおとなしくする日であると言える。理由は多々ある。知らない人、知らない場所に来たことでの緊張。新しい友人が出来るかの不安などからだ。日本にいた頃の俺もおとなしくしていた。どこまでが許されるか分からないため、探り探り行動した記憶がある。無論クラスメートも皆静かで、粛々と平穏に一日が過ぎていった記憶がある。
今日も本来ならそうなるはずだったと思う。マジカル★エクスプローラー(マジエロ)の主人公『聖伊織』がいなければ。
俺はドアの取っ手ではなく、その横にあった魔法陣に手を触れる。すると魔法陣は光り輝き、ゆっくりドアがスライドする。最初に目が合ったのは教師だった。それから教室中の視線が一斉にこちらに向いた。
「すみません、遅れました」
俺がそういうと教壇に立つ教師は空いた席に目線を向ける。
「聞いてるわ、瀧音君と聖君ね。席について」
どうやら名前順のようだ。俺は自分の席に向おうとして、リュディがいることに気がついた。
ぱくぱくと口が動く。察するに何遅れてんのよ、とかそんな事を言っているんだと思う。一応メッセージを送ったはずなんだが。
俺は着席して目が合ったモブに声をかけようとした瞬間、後ろから叫び声が聞こえた。
「ああぁ! あのときの変態っ!?」
「あっ、君は朝のっ!」
ピンク髪の女性と、我らが主人公の聖伊織が指を差し合っている。どうやら朝の衝突イベントはキッチリ行ったらしい。
さて、マジエロにおいてシナリオに登場するメインキャラクター達と、シナリオには絡まず通りすがりとして登場する、いわゆるモブキャラクターを見分ける方法は非常に簡単である。それは服を見れば良い。
マジエロにおいてモブキャラクターは制服をぴっちり着るのだ(ついでに主人公も)。しかしストーリーに絡むキャラクター達は服に何らかのアクセントがある(一部そうじゃないヤツが居るが)。たとえば瀧音幸助。うぇーいキャラ(内心はドロドロ不幸少年)のファッションはチャラい。リュディヴィーヌ・マリー=アンジュ・ド・ラ・トレーフルこと、トレーフル皇国皇帝の次女であり、美しいエルフでもあるリュディは、制服に何かしらの緑色の服や装飾を合わせている。
さて、先ほどからマジエロ主人公と言い争っているピンク髪の彼女はどうだろうか。あたりの人と服装が違いすぎて、その見た目だけでシナリオに絡むキャラクターだとわかるだろう。
「いつもの3倍くらいバターを塗っていたパンだったのに、どうしてくれんのよ!」
「いや、君からぶつかってきたんじゃないかっ!」
変な事に憤る彼女に、何もツッコミは入れない伊織。個人的に3倍バターにツッコミを入れたいところだが、二人の世界に入り込んでいるので止めておこう。
さて、無論マジエロを何周したか分からない俺にとって、憤っている彼女の事が分からないわけがない。現代では希少種といえる、パンを咥えて走る美少女だ。また伊織と衝突して咥えていたパンを落とす美少女でもある。さらに自身の股間に、伊織の頭が突っ込むという珍事? 悲劇? すら起こす美少女だ。まあ、珍事とも言うが。
さて未だ伊織と言い争っている女性、加藤里菜は意味不明なことで憤慨していた。
「それにあたしの…………お、おもいきり臭いをかいだでしょう! このド変態!」
「ご、ごごごご誤解だ! 臭いなんてかいでないよ!」
ゲーム通りであれば、その発言は嘘と言える。彼はしっかり匂いをかいでおり、蒸れたバターと柑橘系の匂いが混ざったような……なんて言葉を残している。紳士達はその言葉が印象に残り、彼女を呼ぶ際は名前ではなく、柑橘系バターなんて呼ぶ者もいた。とはいえ、それはごく少数で、俺含む大多数はカトリナと呼んでいたが。
「静かにしなさいっ!」
と教師の鶴の一声でその場は収まった。俺は注意される二人を尻目に、後ろに座る彼に声をかける。
「なあ、自己紹介ってもう終わった?」
どうやらまだ終わってないらしい。俺は近くに座るマックス君やユリアーナさん、そして栗色の髪のニコレッタさん達に軽く話しかけてみた。なぜかは分からないが、彼らは俺に対してよそよそしかった。
ホームルームと簡単な自己紹介が終わり、簡単な席替えを行った。それは視力が悪い人を優先的に前に座らせるためである。面白いことにこの新入生達はやる気に満ちあふれていて、たいていの人が前を希望した。
教師は前列用のくじと後列用のくじを作っていたようで、席なんてどうでも良かった俺は、人気の少ない後列のくじを引いた。リュディや伊織も後列のくじを引いたようである。
くじに書かれていた席は、面白いことにゲームと同じ席だった。寝ていてもばれないゴールデンスポットとされる、窓際一番後ろ……から一つ前だ。ゴールデンスポットには伊織が座る。やっぱ主人公はここだよな。
また、伊織の隣もまたゲームと同じ人物が座った。
「なっ……!?」
「はっ……!?」
伊織はパン少女、もといメインヒロインの一柱であるカトリナと見つめ合うも、二人は同時に視線をそらし、それぞれ席に着く。着席も同時とか息がぴったりすぎて思わず笑ってしまった。カトリナに睨まれたため、すぐに笑いを引っ込めたが。
さて、何らかの強制力が働いて、全員がゲームと同じ席順になるのかとも思ったが、そうではないらしい。
「あら、ごきげんよう」
「ごきげんよう、リュディ」
最近毎日見ているエルフが俺の席の前にやってくると、興味がなさそうにそんな挨拶をした。そして俺は人生二度目のごきげんようを返す。
さて、昨日花邑家の夕飯時に『私、学園ではネコ被るから』だなんて言っていたが、どうやら本当にネコを被るらしい。
リュディはゲームにおいて、男性に対してとても淡泊であり、どこかつきはなすような対応をとる。ただその冷淡な対応を取る原因となった事件はしっかり解決したはずだから、する理由は分からない……まあ機会があれば理由を聞いてみよう。
「ごきげんよう、よろしくね」
リュディは隣に座るモブの女子生徒に笑顔で挨拶する。リュディの前に着席した彼は、天使の笑顔に脳天を打ち抜かれ、のどちんこが見えるほどのマヌケ面をさらしてしまっている。
そんな彼に、リュディは興味のなさそうな態度で挨拶するのを見ながら、ゲームのことを思い出す。
本当なら彼女は遅れてきた入学生という事で、主人公の席から一つ後ろに席が追加され、そこに座るはずだってのに。
「まさか、前がリュディになるなんてな……」
と俺がぼそりと呟くと、どうやら聞こえていたようで、リュディは目が笑ってない笑顔でこちらを向いた。
「あら、私では不満かしら」
俺は首を振る。
「いいや、むしろ願ったり叶ったりだよ。お美しいリュディ殿下の顔をいつでも眺めていられる上に、博識な貴殿にご教授願えるし、なにより……」
と少しだけ体を寄せ、耳元で囁くように言う。
「帰りにラーメン食いに行こうって気軽に誘えるからな」
もちろん他の人に聞かれないように小声である。別に恥ずかしがる事でも無いと思うが、彼女は気にしている。
「……バカ」
まるでため息を漏らすように、小さな声でそう呟いた。
その反応に少しだけ驚いた。正直にいえば「は? 何言ってんのよ」をお上品に言われて絶対零度の視線を頂戴すると思っていた。心の中では(ありがとうございます!)と言う準備もしていたっていうのに。
俺がどう話して良いか分からず少し混乱状態に陥っていると、予想外の所から救いの手がさしのべられる。
「さあ、みんな席に着いたな」
先生の声に皆が黙り、前を向く。どうやらこれから学園を案内してくれるらしい。





