3 プロローグ③
花邑毬乃は何度か主人公たちの前に現れるキャラクターである。とはいえ、主人公たちには深く絡むことはない。裏で暗躍はするが。
「私のことは知っているようですね。多少話は楽です。いまお時間があいているなら、場所を変えてお話しませんか?」
俺は小さく頷く。俺は彼女に言われるまま、近くのカフェに足を踏み入れた。
「どうかしたの?」
顔を見すぎたのだろうか、毬乃は首をかしげながらそんなことを言ってきた。
しかし、『エロゲの登場人物が目の前に居るから』だとか『二十代の娘がいる年齢に見えなかった』だなんて言えるわけもない。ていうかエロゲあるあるのおばさん美人であるが、これは美人過ぎてやばい。まるで掃除機で吸引されているかのように、彼女を見てしまうし、なにより意識してしまう。
「いえ、魔法界の有名人がいるのが信じられなくて……」
なんて、とりあえず適当なことを言っておく。ゲームと同じなら、有名人なのは間違いない。
「あらあら、そんな気にしなくて構わないのよ、それにこれからはもっと気軽に接してもらうんだから」
はて?
彼女が何を言いたいのかわからず首をひねる。すると彼女は目を細め真剣な顔をした。
「瀧音幸助くん」
「は、はいっ」
彼女の声もどことなく鋭い。のほほんとしていた彼女の変わりように思わず声が上ずる。
「単刀直入に言います。私の子になってもらいます」
「は?」
え、今なんて言った?
「あなたは私の子供になります」
………………。
「は? ええええええぇぇぇぇぇぇえ!?」
どういうことだ。意味が分からない。なんでまた超展開がこんなとこで起こってるんだ!?
「相談なしですすめてしまって申し訳ありませんが、親権はすでに私に移りました」
親権が移った?! いやちょっと待てよ、一体どういうことだ? 確かに俺は親権を誰かに移さなければまずいであろうが、それが花邑毬乃? ツクヨミの魔女だぞ!? Sランクモンスターをソロで粉砕したという噂の有る魔女だ。社会人の娘がいるというのに玉のような肌を保ち、学生にしか見えない容姿をしている魔女だ!
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします?」
その後花邑毬乃は、瀧音家に起こった不幸にお悔みの言葉をかけてくれた。とはいえ中身が瀧音幸助ではなく、俺なのだ。さっぱり不幸の実感がわかなかったが。
それから花邑毬乃から話を聞くに、どうやら彼女は母親の親戚、しかも母親の従姉妹らしい。母方の祖父が養うとも言っていたらしいのだが、母が遺言を彼女に残していたこともあって、毬乃さんが後見人となったとか。学費や生活費は毬乃さんが支払ってくれるらしい。
「それで君には私の持ち家に住んでもらうけれど、準備は大丈夫かしら」
「持ち家……ですか? えっ学園寮じゃなくて!?」
思わず突っ込みを入れる。
ツクヨミ魔法学園は国が出資している魔法教育機関である。実力も並ではなく、国中のエリートやら他国のエリートが入学してくるほどだ。なぜ瀧音幸助が合格したのかわからないぐらいの超エリート学園だ。
そんな多国籍が入り乱れる学園だからこそ、学園寮があるのだろう。瀧音幸助はゲーム内でその寮に住んでいた。それも主人公の隣部屋だった。
「もちろん、それでも構いません。でも私たちは家族になります。家は学園の近くだしなにより、私は家族と仲良くなるため、一緒に生活したいと思ったのよ」
いや、そういわれても。……ちょっと混乱するんだが。一体全体何が起こってるんだ。
俺が瀧音幸助になったことからして意味不明なのに、ゲーム内で語られなかったクッソ重い裏話聞かされて挙げ句の果てに美魔女の住む家に居候?
何でエロゲみたいな展開が俺に起こってるんだ?
いや、この世界がゲームの世界と同じであれば一応エロゲ世界か。しかし俺は脇役という飾りのようなもので、少し息を吹き掛ければ吹き飛びそうな雑魚なはずだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい、彼女は家にこいと言ったか。しかし彼女の家には。
「でもたしか娘さんがいらっしゃいましたよね。彼女は嫌がるのではないでしょうか……」
花邑毬乃の娘は学園の教師兼研究者をしており、主人公に重要な技を授けてくれるキャラだ。設定では亡くなった父親の研究を引き継いでいるとかなんとか。ていうか毬乃さんと母が従姉妹なら、毬乃さんの娘とは又従兄弟の関係だ。
「それに、」
俺は言葉を続けようとしたが、彼女はまあ待てと手を出す。
「たしかに私には娘がいます。でもちゃんと了承を得てきてるわ。それにあなたは色々気にしなくていいの」
いや、そう言われても……。俺が寮にいないと主人公のいくつかのイベントが進まなくなるんじゃないだろうか? そうなると色々と大変なことになってしまうような気がする。
と考えていると毬乃さんは小さく首を振った。
「そう……亡くなってからそれほどたっていないし、整理する時間も必要よね。少し考えるといいでしょう。でもね、覚えててほしいの。私たち家族はあなたのことを歓迎するわ」
たぶん、なんらかの勘違いして、気をきかせてくれてるんだろう。実は別の理由で悩んでいただけだが、まあ訂正するにも理由が思いつかないしこのままでよいかもしれない。
「はあ、すいません」
「いいのよ。さて、今日はご飯を食べたかしら?」
「ええと、まだです」
多分。
そう俺がいうと毬乃さんは笑顔で頷いた。
「では食事に行きましょう、お金のことは気にせず食べてね」
そういって彼女は立ち上がると、店員さんを呼び二人分のコーヒー代を出す。俺はすぐに財布を出して自分の分を出そうとしたら、毬乃さんに止められた。
「いや、でもそんな……払いますよ?」
と俺が言うと、彼女はあきれたようにため息をついた。
「あのね、幸助くんは両親の保険金とか遺産があるかもしれないけれど、それはあなたにまだ下りてないわ。いずれ私に下りて最終的に君に渡されるだろうけれど、まだ先のことよ?」
言われて思わず頷く。確かにお金はない。
「すみません、よろしくおねがいします」
そういって頭を下げると、彼女に顔をあげさせられる。
「違うわ、そうじゃないの。私とあなたは家族になったの、なら?」
「ええと……ありがとう、毬乃、さん?」
俺がそういうと彼女はにっこり笑った。
「そう、他人行儀はだめよ」
言われるがままカフェを出て、どこかの料亭らしき場所に連れていかれる。そしていままで食べたことが無いような豪華な食事を食べ、毬乃さんと今後について話し合った。
「寮が利用できるようになるのは1週間前から。今日から計算すると2週間後から利用できるわ。だから2週間が一つの区切りね。それまでに寮か私の家を選んでほしい」
「はい」
「それと住む住まないとは別にして、一度私の家に来てほしいの。娘も紹介したいし」
まあ、それはそうだよな。何にせよ、一度彼女の娘である『花邑はつみ』と挨拶はしなければならない。
「ええと、それはいつでしょうか…………ええと、いつなの?」
毬乃にぶすっとした表情でにらまれてしまった。しかし敬語って意識せずに出るのだが……。
「あなたの準備ができ次第。今からでも構わないんだけれど、さすがに準備ができないだろうし。そうそう。寮に行くにせよ、うちに来るにせよ、荷物はいったんうちに送ってね」
「え、何で?」
「あら、この家って区画整理で取り壊されるじゃない?」
「っっ!?」
もう言葉がない。両親死亡かつ家がなくなるって瀧音幸助くん悲惨過ぎないだろうか? 思い出残んないよ! 境遇だけで見たら悲劇の主人公やれるレベルだ。
「その、ごめんなさいね。なるべく思い出の品はうちで引き取るから」
毬乃さんは俺の驚愕の表情を、絶望の表情とでも受け取ったのだろうか。そう心配されても俺自身はショックをあまり受けてないというか、むしろ瀧音幸助くんに同情していたというか。
いやでも今は俺自身が瀧音幸助なんだから、同情されるのは仕方ないのか。
「いえ、大丈夫です。もう割り切ってますから。では荷物はまとめて送ればいいんですよね……?」
「ええ、お金は荷物が来た時に私が払うわ。知り合いの業者を利用するから、準備ができたら私に連絡を頂戴」
と言われて俺ははっと思い出す。
「そういえば俺連絡先を知らない……そもそもスマホとか持って無いんだけど」
自分が瀧音幸助かどうか調べるときに、携帯やらスマホも探したが、残念なことにそれは見つからなかった。ゲームでは学園で主人公と端末情報を交換したから、実はもっているか、それまでに購入するだろうと思っているが。
「忘れてたわ、そういえば一年前から持ってなかったわね」
はて、一年前というと、両親が死んだあたりだろうか。理由はわからんが、彼に何かあったんだろう。
「これから買いに行きましょう」
「あ、いや別に電話が無くても別に困らないから」
毬乃さんは今すぐ買おうとしているようだが、俺自身としては無理に欲しいとは思わない。金が掛かるし、こっちの世界に友人とかいないし。どうせネットするぐらいだろうが、家にタブレットぽいのが置いてあったから問題ないだろう。最悪それでメールできるし、専用のアプリをいれれば通話も出来るだろう。
と、俺が言うと彼女は眉根を下げ、まるで可哀そうな物を見るように俺を見る。
「貴方の両親が魔族に殺されるときの叫び声を、電話で聞いたせいでトラウマになってるのはわかるわ」
「っっ!?」
瀧音幸助はどれだけ不幸なやつなんだろうか。もう彼にかける言葉が見つからない。頼むから瀧音幸助君をこれ以上虐めないであげてほしい。
そういえば主人公が瀧音幸助にかける電話は、必ず出なかった。寝てたとか言ってたけど、ただトラウマだっただけか! つか両親魔族に殺されてたのね、どうりで魔族に対して過剰反応するキャラだなって思った。そういやマジエロの初回限定版に付いてきた設定集には、女性の設定はしっかり作られてたけど、男性は適当にしかなかったな。まあエロゲだしあたりまえだよな。
「でも何かあったときに電話できる物があると違うから、できれば持っていてほしいの。万が一があれば私が駆けつけるわ」
同情がきつい。てかこんなにつらい境遇なのに学園であんなお調子者キャラやってるって、もはや異常だよ、多分いろいろ壊れてる。
今思えば、あいつたまにぶっ飛んだ発言するなと思ってたけど、こんな境遇じゃ仕方ないかもしれない。とりあえず。
「ええと、買ってくれる? スマホを持ち歩くよ……」
至極心配そうに俺の顔を覗く毬乃さんからは、
「無理はしなくていいからね」
と声をかけられる。俺自身としては、無理してない……。
食事後すぐに携帯ショップ店へ向いスマホを入手した。店に入るなり『一番高いものを用意して』と言い放つ新しい母に驚き呆れたが。