29 エピローグ
入学式と言えば、何をイメージするだろうか。一般的な日本人だったら新品の制服を着た学生に、入学を祝うかのように咲く桜の花だろうか。俺が真っ先に浮かんだのは桜だ。
『桜』といえば日本文化に馴染みの深い植物だ。木いっぱいに可憐な花を咲かせた姿は、古くから人々を魅了し、木の下では盛大な宴会が行われる。
俺も桜は好きだ。風に攫われ舞う花びらは瞬きを忘れるような美しさを魅せ、散って落ちた桜が地面を桜色に染めた姿は、美しさと哀愁が漂う。俺個人だけかもしれないが、散って緑色に染まった木々も大好きだ。閑散とした広場なんかにポツンと立つその緑の木々は、なんだかノスタルジックな気分にさせてくれる。
さて、一般的な日本人に愛される桜は、エロゲやギャルゲにおいても愛されている花と言えるだろう。
『桜』を冠したゲームタイトルがいくつもあったり、桜の木の下で重要なイベントが発生することもあれば、ヒロインの名前に使われることもある。
マジカルエクスプローラーでも、桜は登場する。そのマジエロ主人公は学園近くにある寮から桜が植えられた道を通り、学園に行くのだ。
「はぁ……」
俺が数日前に下見した時は、まだ蕾だった。どうやらここ数日の暖かさに堪えきれず、飛び出したようだ。道の左右に植えられたいくつもの桜は満開で、思わず足を止めてじっくり鑑賞したくなる。
そう、鑑賞したいんだ。本当は。そう、時間さえあれば。
「まさかあんなにイベントが発生するなんて……!」
桜の木々を横目に、急ぎ足で進んでいく。
確かに余裕を持って家を出たはずだ。入学式の準備があるらしい毬乃さんや姉さんから2時間遅れ、寄るところがあるらしいリュディ達から遅れること1時間。ゆっくり歩いても10分前には到着する、そんな時間に家を出たはずだ。
だが、どうだろうか。学園寮から学園に来るために、必ず通らなければならないはずのこの道に、学生は一人も見当たらない。もう入学式が始まっている時間だから、いる方がおかしいのだが。
まあ、仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。足を痛めた老人を見つけ、それを無視して学園へ行けるだろうか?
「主人公とは大違いだよなぁ……」
ゲーム『マジカル★エクスプローラー』の主人公は、入学式にパンを咥えた美少女ヒロインと接触し、ハーレムの礎を築き始める。だというのに、俺はおじいちゃんのヒーローだ。とても感謝されたので、悪い気なんてしなかったが。
「今、何時だ?」
ポケットに手を入れ、取り出したスマホを開き、届いていたメッセージを確認する。毬乃さんから届いたメッセージには『分かったわ、ゆっくり来てね』と言う文字に、たくさんのハートマークと、現代アートを可愛くしようとして失敗したようなイラストが添えられていた。正直キモイ。
そして時間を確認し思わずうなる。
「フラグなんてバッキバキに折っていくつもりだったんだけどな」
マジカル★エクスプローラーにおいて、主人公と瀧音幸助が初めて出会うのは、入学式の日である。寝坊した主人公は食パンを咥えた美少女ヒロインと接触したあと、彼は美少女のハンカチをひろう。その後桜の木を見て、美少女のパンツ(桜色)を思い出す。そう、エロ回想が始まる。我に返った主人公は学園へ行くも、門はしっかり閉まっていた。そこに瀧音幸助が登場。二人協力し門を飛び越えるも、サブヒロインの先生に見つかり説教を受ける。そんな流れだったはずだ。
俺はそのイベントを無視するつもりだった。遅刻するつもりは全くもってなかった。
「その、なんだ。運命みたいなモンでもあるのかな……てか男と運命ってアレっぽくきこえるのは何でだ?」
思わず呟く。視線の先では、一人の男子生徒が途方に暮れていた。
校門の前で、彼は腕を組んでいる。黒髪ショートヘアに、イケメンでもなくブサメンでもない、至って平凡な顔。また学園の制服を着崩すことなくキッチリ着こなし、学園が推奨している鞄を手に持っていた。
あの普通っぷりは間違いない。アイツはゲームの主人公だ。
心の中で苦笑しながら、彼の隣まで歩く。そして俺はわざとらしくため息をついた。
「あーあ、閉まってるよ」
俺は独り言のようにつぶやき、門を見つめる。そして主人公に向き直った。
「よっ、お前も新入生?」
主人公は俺を見て口を半開きにしていた。
まあ気持ちは分かる。彼は俺の言葉で新入生と分かっただろう。しかし新入生だからこそ、俺の格好に違和感を感じるはずだ。新入生のくせにボタンは外すわ、カーディガン(俺お気に入り)は着るわ、ネクタイは緩めるわ、タイピンは胸ポケットにつけるわ、首にはどでかいストールを巻いてるわで、真面目を描いたような彼とは対照的だ。ちなみにゲームの瀧音幸助も大体こんな感じの格好だ。カーディガンとパーカー、マフラーとストールの違いはあるが。
(なんだこのチャラい男は……?)
彼は今頃そんな事を思ってるんだろう。顔に書いてある。てか俺もそう思う。
「あ、ああ。そうだよ」
彼がそういうと、俺は頷く。そして学年によって色分けされたタイピンに手を添える。そして
「ごらんのとおり、俺も新入生なんだ」
見えないだろうが、そんな事を言ってみる。彼はふえぇ、なんて呟いていた。その姿を見て思わず笑ってしまった。可愛らしい美少女だったら映えるのに、冴えない彼には一寸の魅力もない。
さて、これからどうしようか? ここまで来たらゲームと同じように話を進めてしまおう。門を乗り越えた事で怒る、あの全身アロマセラピー先生は嫌いじゃない。
となればだ。まずアレをしようか。一度で良いから言ってみたかったんだ。まあ、ゲームの瀧音幸助と同じ台詞を使うのはなんとなく癪だが、あの台詞はすごく痛カッコイイから許してやろう。
俺はにやりと笑い、親指を立てる。
「まだ名乗ってなかったな」
立てた親指をゆっくり自分に向け、開いている片手を腰におき、胸をはる。
さあ、言うぞ。宣戦布告だ。
「俺の名は瀧音幸助! この魔法学園で最強になる男だ!」





