27 心眼、そして告白
少し離れて座った俺達は、とりあえず身だしなみを整えた。リュディは髪の一部がぴっちり肌に付くほど汗をかいていて、服を仰いで風を入れている。俺の方はリュディが掴んでいたところが皺になっていて、彼女がかなり力を入れて掴んでいたことがよく分かった。
さて、リュディを見るに、俺の魔力贈与は性交………いや成功だろう。今の彼女は魔力に満ちあふれ、顔色はとても良い。しかし。
「…………」
「…………」
体調は良好でも、場の空気は良好とは言いがたかった。重い沈黙だ。
不意に彼女は立ち上がった。俺に何も言わず、背を向けドアへ向って歩いてく。その背中は汗でぴっちり服が張りついている。
俺は気分を変えるために、花邑家の魔法練習場へ向う。それからしばらく魔法の練習をするも、集中が出来ない。
諦めてシャワーでも浴びるか…………。
出来れば冷水がいい。あの件があってから未だに体全体が火照ってるし、頭もパンクしそうだったから、おもいっきり冷やしたい。雨が降ってなかったら、それこそ滝に打たれて精神統一したいぐらいだ。
ストールを外しながら、大きくため息をつく。さっきのリュディほどではないが、結構汗をかいているようだ。額を伝う汗をぬぐい、風呂場へ向う。そして俺が脱衣場に入った瞬間、風呂場のドアが開くのは同時だった。
むわっとした熱気を帯びた水蒸気が俺の顔にかかる。霧のような水蒸気の中に、とがった耳をピンと立てた金髪の女性が立っていた。この体は間違いなくリュディだ。
「…………」
「…………」
静寂。そしてこちらを凝視したまま石化するリュディ。
てへっ、なんて可愛らしく言いながら少しだけ舌を出せば許してもらえるだろうか。いや火に油を注ぐだけだ。
「…………」
「…………きぃぃぃぃやあああああぁぁぁぁぁあ!」
不思議な気分だった。なんと言えば良いのだろうか。局地的全能感、と言えば良いだろうか。自分以外の時間が遅くなっているのに、なぜか自分の思考は高速回転している、そんな気分。
ああ、頭と股間に血が集まり火照って行くのが分かる。
彼女が叫びながら、魔力を集め手を振りあげているのが分かる。彼女の魔法は俺に直撃するだろう。しかし、どうせ直撃するならば、この湯気の中にある、彼女の裸を見て倒れたい所だ。しかし、ドアを開けたことで少しだけ湯気は晴れているが、顔と足の一部しか見えない。
ダメか。ダメなのか。見えないか、見えないのか。どうしてもみたい。俺は心の中で訴える。
見せてください。
俺の切実な祈りが神に届いたのだろうか。その水蒸気がゆっくりと晴れていく。いや、晴れてはいない。晴れてはいないのだけれど、なぜか彼女のシルエットがぼんやりと見えていた。そしてだんだんとそのぼんやりとしたシルエットが、カメラのピントを合わせるように、明細に映し出されていく。そしてそして俺はその見えたリュディの体を見て、愕然とした。
た、タオルを巻いているだと……。
心の中でタオルに悪態をつく。なんだろうあのタオルは(疑問)。なぜタオルを巻いているんだ(憤怒)。なんでタオルなんて存在しているんだ(乱心)。
2次元では、幾度となく生まれた姿を拝見させていただいた(エロ界においては最低の発明品 (モザイク)が、局地的に混入していたが)。それを3次元で見てみたい。ただそれだけだったんだ。
なぜ、見えないんだ。見たい、見たいっ。
俺はそのタオルをじっと見ていて気がつく。タオルの様子がおかしいことに。
理由は分からないが、タオルがだんだんと薄くなっていく。これは…………見える、見えるぞ。あの膨らんだ胸の先にある薄紅…………!?
「なにじっとみてんのよぉぉぉおぉぉぉおおおおおおおお!!」
「ひぇっ! す、すいませえぇぇぇぇええん!」
ゆっくり近づく光球が自分の頭に直撃したとき、目の前が真っ白になった。
■スキル「超・心眼」を獲得しました。
--
絶対零度の視線を浴びせられてから、どれくらいの時間が経過しただろうか。
ノックも挨拶もなく俺の部屋に入ってきた彼女に、俺は急いで部屋の椅子を差し出すと彼女は何も言わずに座った。
それから俺はすぐに地べたに膝とおでこをつけたが、それ以降ずっとこの状態だ。ほんの少し顔を上げ、彼女の顔を見る。リュディは微動だにせず、半眼でこちらをじっと見ていた。口は一文字に結ばれ、まるで接着剤でもついているかのように開くことはない。個人的にはショートパンツから伸びるすらりとした白い足に、頬ずりしたくなるのを必死に堪え、頭を下げる。
不意に彼女が立ち上がり俺の顔に手を伸ばす。そして右頬を思い切りつねる。そしてすぐに反対の手で左頬をつねると思い切り引っぱった。
「いらい(痛い)、いらいれす(痛いです)」
リュディは大きくため息をつくと、最後に思い切り引っぱり手を離した。俺は頬を抑えながら腕を組むリュディを見つめた。
「仕方ないわね……許してあげてもいいわ。タオルを巻いていたし」
と、脱力した笑顔でそんなことを言った。すまないが実のところは……。
「おお、ありがとうございます、リュディ様!」
もちろん口には出さない。
「でも、でもよ。許すのには一つ条件があるわ………………私の願いを叶えて欲しいの」
そう言って俺から視線を外す。
「ねがい?」
願いって、なんだろう。俺に出来ることだろうか。私の椅子になりなさいとか、靴を舐めて綺麗にしなさいとかならば、まあいくらでもしてあげられるのだが。いやそんなのは絶対無いだろうが。
彼女はすこし落ち着かない様子であたりを見る。そして視線が俺に会うとすっと視線をそらした。彼女の長い耳は真っ赤だ。
「……その、ね。責任とって欲しい、の」
ああ、責任ね。なんだ、責任か。フフッ、責任か。
「………………えっ?」
ちょっと待ってくれ。せ、責任ってアレっ!? まさか漫画とかでよくあるアレかっ!?
「私がいうのもどうかと思うかもしれないけれど、ほら、私って高貴な身分じゃない? 人に見られちゃいけない姿があるというか」
おいおい、う、嘘だろう。『高貴な身分』『人に見せられない姿』『責任』キーワードだけでヤバイ臭いがぷんぷんする。
し、しかし俺で良いのだろうか。心に決めた人が数十人いる俺がリュディに告白されて。まあその数十人にリュディもinしてるんだけど。
「だから、ね。……貴方の顔を見るにもう察してるんでしょ? 一度経験してからもう虜になってるから。そう、好きになっちゃったの。でも恥ずかしくて……誰にも言えなかった。出来ることなら毎日感じたいの。でも、もしこのことがお父様の耳に入ったら『止めろ』って言われそうで。でもやっぱり私の体が求めてるの」
俺は真剣な表情を作り襟を正す。ここぞと言うときに使う決め顔をだそう。
「た、瀧音幸助っ!」
リュディは意を決し伏せた顔を上げると、俺の手を掴んだ。唇が震え、熱い吐息が漏れる。瞳はいつ決壊してもおかしくないぐらいに潤み、彼女の青色の瞳をキラキラと輝かせている。
彼女は口を開き何か言葉にしようとして、だけど言葉に出来ず唇を噛み、顔を伏せた。そして呪文のように何かを呟くことで自身を叱咤し、勢いよく顔を上げる。水を多分に含んだ果実のような唇を震わし、大きく息を吸い込んだ。
「わ、私、カップラーメンが食べたいのっ!」
………………………………えっ?
俺の時間が止まった。
ラーメン大好きリュディ殿下!