26 贈与魔法②
「降ってるなぁ」
淡々と、それも無作為に屋根を叩く。最近はカラリとした天気が続いていたため、植物たちにはさぞ嬉しい天の恵みであろう。ただ俺にとっては嬉しくない恵みだ。ランニングには行けないわ、先輩の顔もみれないわ、先輩の声も聞けないわ、先輩の存在が作り出す静謐な空気を吸えないわ、なにより滝に打たれた先輩の妖艶な濡れ姿を見ることも出来ない。
「こうすけ」
名前を呼ばれ、振りかえる。杖を持ったはつみ姉さんが俺を見ていた。はつみ姉さんの後ろを疲弊したリュディが歩いて行く。多分詠唱短縮の訓練をして貰っていたのだろう。聞くところによると、はつみ姉さんは魔法に関してとても厳しく、妥協を許さないらしい。
またリュディは敵対する組織のこともあり、やる気はある。しかし魔力が空になるまでやらされるため、歩くのもきつくなるとか。もうちょっと手加減して欲しいとぼやいていた。
リュディが大変なのは分かる。でも俺は姉さんの訓練を支持したい。俺が検証した結果、魔力を使いまくれば使いまくるほど、魔力が上がりやすいと言う結論に至ったから。
「こうすけは準備終わった?」
俺は首をひねる。さて、何の準備だろうか。
「学園、明後日からだよ?」
ああ、と俺は頷く。確かに入学式が明後日に迫っている。無論しっかり準備は出来ている。
「大丈夫だよ、そもそも必要な物なんてあまりないし」
そういうと姉さんの眉根が数ミリ下がり、口角が震えた気がした。多分姉さんなりの笑顔だろう。現に右手で○マークを作ってる。
「うん。忘れ物はしないように」
姉さんはそのまま階段へ向って歩いて行く。俺はソファーで魂を失ってるリュディに声をかけた。
「生きてるか?」
「……もうダメね。私、死ぬ前に、ら…………いえ、アイスクリームが食べたいわ」
スッと伸ばされる手。リュディヴィーヌ殿下はもってこいと仰せだ。
「仕方ねえなぁ……」
冷凍庫を開きアイスを探す。さすがというか、この家なら当たり前と言うべきか、高級カップアイスがたくさん詰まっている。その中から好物であるチョコストロベリーを二つ手に取り彼女へ持って行く。
「ありがと…………」
一つを渡し、自分用にと持ってきたアイスを開ける。……なんだか最近リュディに対して遠慮が無くなって、兄妹みたいになっている気がする。まあギクシャクするよりは全然良いが。
そういえば……この素のリュディは主人公と女キャラにしか見せないはずなんだけど……俺が見ても良いんだろうか。
「あれ、そういえばアンタにあたしの好物教えた?」
あ、聞いていなかったかもしれない。ゲームでなら何度も聞いてるんだが。
「おいおい、先輩と一緒にいたとき話してただろ?」
こういうときはあえて自信たっぷりに言うに限る。大体はだまされてくれるから。
「そうだったかしら」
とあまり興味なさそうにスプーンでアイスを掬う。まだ魔力が少ないせいか一つ一つの行動が気怠げだ。そんな彼女を見て俺はふと思い立つ。
「……なあ、リュディ。俺の魔法の実験台になってくれないか?」
「は?」
「なぁに言ってんのよ」と、仏頂面でアイスの棒をひらひらさせるリュディ。
「いや、な。実はクラリスさんに贈与魔法を教えて貰ってるんだけどな、まだ他の人に使った事が無くて。リュディさえ良ければ使いたいんだが」
スプーンを口にくわえたままフンフン頷く。なんだ、その仕草。普通に可愛いぞ。でも殿下として考えれば、はしたないのではなかろうか。
「へえ、なんだか珍しい魔法を覚えたのね。アレってあんまり効率良くないんじゃないの?」
たしかにリュディの言う通りだ。しかしスキルレベルを最大まで上げれば、損失はかなり減らせる。だからこそ早急にスキルレベルを上げたいな、と思っていた。
「良くないけど、少しでもよくすれば使えそうだろ? だから練習するんだよ」
「まあ、そうね」
「俺は練習になる、リュディは魔力切れの倦怠感も薄れるだろ? どうだ?」
と問うとリュディは頷いた。
「いいわよ、なら早速お願い」
と、こちらを向くリュディに、俺は手を差し出した。しかし彼女は首をひねる。
「この手は何かしら?」
「ああ、ゴメン。俺まだ対象に手を触れないと魔力を送れなくて……それに知ってるだろ? 俺の体質」
リュディは頷く。
「そ、そうだったわね」
と彼女はアイスをテーブルの上に置いて、自分の手をハンカチで拭く。そしてゆっくり近づいて俺の手に触れた。
「緊張しなくて良いぞ」
「してないわよっ」
先ほど拭いたばかりだというのに、彼女の手はほんの少し汗ばんでいた。
「リュディの手、あったかいな」
「変な事言ってないでさっさとやりなさいよ、バカ」
変な事を言った覚えがまるで無いんだが。まあ彼女の言うとおりさっさと始める。
「ん……キたみたい…………」
リュディのほんの少しある魔力を感じ取り、そこへ向って少しずつ魔力を送っていく。
「どうだ、もしちゃんと送れてるなら、だんだん出力を上げていきたいんだが……良いか?」
「ええしっかり、入ってきてる。いいわ……あげてっ……んっ……………………ふえっ?」
俺はだんだん送る魔力を上げていく。ただ出力を上げれば上げる程、外に逃げていく魔力も比例して大きくなっている。まだまだ訓練が足りないな。
「ん゛ん゛っ。ちょ、ちょっと!」
「あれ、どうかしたか?」
見るとリュディの顔がすこし赤い。
「だ、大丈夫なの? 凄くくすぐったいんだけど」
「あぁ、大丈夫じゃないかな? クラリスさんも少し顔が赤くなってたし」
そういえばクラリスさんに魔力を送っているときに『くっ、私は決して屈したりはしない……』なんて意味不明な事を呟いていたが……アレは何だったのだろう。
まあいい。とりあえず出力を上げていこう。
「う、うううううううううぅぅぅぅうう、あああああぁぁぁぁあああ」
「お、おい変な声出すなよ」
リュディは苦しそうなんだけど、気持ちよさそうな、なんとも言いがたい表情を浮かべている。また顔全体が赤くなり、エルフ特有の少しとがった耳は真っ赤だ。
「こ、これ。危険よぉぉ、と、止めちぇ」
「あ、ゴメン。ちょっとまだ訓練不足で急に出力を下げれないって言うか……」
ほら、昔ながらの蛇口の水って、全開から閉めるまで多少時間かかるだろ? 回すの大変なんだよな。
「ば、ばぁぁぁかかああああああぁぁぁあぁぁあああ!」
ガタガタ震えるリュディを見てコレはヤバイと思ったが、いかんせんゆっくりにしか止まれない。ふと手を離せば良いんだ。と思ったが、リュディが『しっかり』というより『がっちり』掴んでいたため離すことが出来ない。それどころか。
「キャッ」
手をひっこ抜こうとして失敗し、彼女を引き寄せる結果となってしまった。今現在、目の前には彼女の顔があり、体は密着している。
さて、今知ったことだが、魔力贈与は肌に触れる面積が大きい程、効率よく相手に魔力を送れるらしい。
「あばばばっばああぁぁぁ」
触れている部分から、ものすごい勢いで魔力が流れていく。リュディは一昔前の漫画とかにありそうな悲鳴をあげながら、俺にもたれる。
「かひゅ……かひゅ…………た、たしゅけて」
彼女から明らかにおかしい呼吸が俺にかかる。額には汗が浮かび、女性特有の甘ったるいような匂いに、汗の匂いが混じり俺の脳を刺激してくる。ただ、刺激を与えてくるのはそれだけではない。肌に伝わる柔らかで暖かで汗ばんだ感触も、もたれかかる彼女の重みも、白くすらりとしたうなじを伝う汗も、全部が全部俺に刺激を与えてくる。
これ以上はまずい……。
「りゅ、リュディ。大丈夫か!? ひとまず離れよう!」
彼女は何かを求めるような潤んだ瞳でこちらを見ている。そしてすがりつくように俺を掴んで離さない。正直言えば俺も離したくない…………。しかし危険だ。いろんな意味で危険だ。離れなければならない。離れよう。でも離れたくないし、そもそも離してくれない。
結局リュディが俺から離れたのは、魔力贈与が終わってからだった。





