24 甘味所
その日はなんだか体が重い気がした。いや気がしただけでなく、水守雪音先輩が心配そうに俺を見ていることから、何かがおかしいことは間違いないと思う。
「どうしたのだ。なんだか顔色が悪いぞ?」
心配そうにのぞき込む先輩に、俺は曖昧な笑みを浮かべる。
「先輩って、料理は得意ですか?」
俺は知っている。知っているのに聞いた。先輩は料理が得意だ。ただ和食しか作ったことがない、と言う設定だったはず。しかしその他ヒロインとのイベントで、多種多様な料理が作れるようになったはずだ。
「……君は質問に質問で返すのか? それも突拍子もなさ過ぎて意図が読めないのだが」
「先輩、蛍光塗料が付着したかのように煌びやかな料理って……どう思いますか?」
先輩は首をかしげる。
「それは料理なのか?」
料理かと言われれば、料理ではない気がする。子供のおもちゃだとかテーマパークだとか花火だとか言った方が、まだ信憑性がある。ただ一つ言えることとして。
「あれは人の心を折るには十分な兵器です」
リュディは一日経ってようやく復帰した。どうやら寝逃げでリセットされたらしい。朝は顔を赤らめながら昨日のことを感謝され、また口止めもお願いされた。もちろん他言するつもりは無い。同じ戦地を生き延びた戦友を、俺は売ったりしない。
「……なんだかよく分からないが、今日の所はこれくらいにしたらどうだ?」
と言われ少し考える。確かに今滝に打たれたら、水の勢いに負けてしまうかもしれない。滝に打たれるのは止めよう。
「そうですね……ではランニングだけしようと思います。わざわざ来ていただいたのに、申し訳ございません。では」
と俺は礼をしていつものランニングコースへ向おうとしたとき、肩を押さえられる。
「……瀧音くん。私が言いたいのはそうではなくてだな、全体の訓練を休んだらどうだと言う話だ」
「えっ、訓練を何もしないと、眠れなくなったり痙攣したり幻覚を見たりしませんか?」
「君は訓練をしないと禁断症状が起こるのか!?」
確かに離脱症候群に当てはまるな。
「なんだか体を動かしていないと不安で……」
「不安……か。確かに大事な試合の前には私も不安になることはあるな。ただ君はちょっと行き過ぎている気がする」
先輩は俺の肩から手を離すとおいでと手招きする。俺は先輩の後をついて行った。
先輩に連れられたのは、学園からそう遠くない商店通りだった。先輩は知り合いがいたようで、挨拶をしながら迷い無く進んでいく。
「瀧音くんは甘い物が好きか?」
隣を歩く先輩に問われ俺は頷く。
「そうか。ならば気に入ると思う」
そう言われて、なんとなく俺は彼女に連れられていく場所のある程度の予想が出来た。俺はいくつかある候補のどれだろうか考えて居ると、先輩が急に足を止めた。
「先輩、どうし…………あやしいですね」
それは深く帽子を被った金髪の女性だった。深緑のサングラスをして、マスクを口にしている。身長は先輩程高くはないが、女性にしては高い。スカートから伸びるすらりとした足と小顔はモデルとしてやっていけるだろう。
「君もそう思うか?」
どこぞの芸能人だろうか? しかし見た目が怪しすぎて逆に目立ってる。漫画に出てくる変装が下手くそな、まるで見つけてくださいと言わんばかりの格好だ。
その女性はいくつかのレストランの前をうろうろしている。何か悩んでいるのか、葛藤しているのか。
「どうします?」
「あまりにも怪しい。そして目立ちすぎだ。少し声をかけてみるか」
と先輩が歩き出す。俺は早歩きで先輩の前に立つとストールに魔力を込め、すぐに変形させることが出来るように準備した。
「失礼、何かあったのだろうか?」
先輩は彼女に問いかける。
彼女はこちらを、それも俺の方を向いた瞬間ビクリと反応する。
「な、何でも無いわ!」
なんだか、どこかで聞いたことがあるような声である。それもここ最近よく聞いた声だ。よく見てみれば……。
「……もしかして」
と、俺が名を出そうとした瞬間、彼女はこちらに背を向け逃げ出そうとする。だけど準備していたこともあって、俺はすぐに第三の手で彼女を捕獲した。
彼女はストールの中でじたばたともがく。すると彼女のサングラスがずれ、予想していた顔が見えた。
「…………何してんだよ、リュディ」
ストールにくるまれた不審者はリュディヴィーヌ・マリー=アンジュ・ド・ラ・トレーフル殿下だった。
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「ごゆるりと、お過ごしくださいな」
そう言って給仕さんが去って行く。目の前に着席した水守雪音先輩の前には、抹茶ティラミスの入った升と緑茶が置かれている。隣に座るリュディは抹茶のパルフェを頼んだようだ。抹茶のアイスにたくさんのイチゴ、そして大量の生クリームがコーンの中に詰まっている。とてつもなく美味しそうだ。
ああ、全部食べたい。
抹茶チョコレートフォンデュだけでなく、他にも何か頼めば良かったかもしれない。
「まさかトレーフル様が……」
と、先輩が呟く。リュディは口の中の物を飲み込み首を振る。
「瀧音の師匠なんでしょう? リュディで良いわ。堅苦しいのあまり好きではないの」
はあ、と小さく息をつく。先輩は恐縮しっぱなしだ。まあ、俺も最初はそんな感じだったが。
「それにしてもお前一人で何し……っ!」
と聞こうとしたが、足をつねられる。どうやらその話をするなと言いたいらしい。
「そ、そうよ。私、ツクヨミ魔法学園について聞きたいと思っていたところなのよ。良ければ教えていただけないかしら」
と、リュディは強引に話を切り替えようとする。先輩は強引なリュディに戸惑いながらも質問に答えていく。その質問の中には俺にも有益な情報がいくつかあった。
「へえ、ならダンジョンに入る許可がもらえるのは、入学して少し経過してからなのね?」
「安全第一という事を先生方は仰っていた。また初めての時は上級生と一緒に入ることが義務づけられているな」
なるほど、と俺もリュディと一緒に頷く。どうやらゲームと同じ設定らしい。
では初めてダンジョンに挑む際のパーティーメンバーもゲームと同じと仮定すると、俺は主人公と一緒になるだろう。その他の仲間は主人公が選択肢をどう選んだかによって変わる。選び方によってはパーティメンバーが俺ら以外獣人になることだってあるし、リュディと先輩が仲間になるパターンもある。初対面の奴よりかは気兼ねなく話せそうだから、リュディか先輩のどちらかだけでも一緒になって欲しいが。
「じゃあ先輩が一緒にダンジョンに潜ってくれませんか? そうなれば心強いんですが」
と俺が言うと先輩、ははっと笑う。
「去年と同じ方式なら基本無作為に選ばれるから可能性は低いぞ? 知り合いの教師に声をかけてみるが期待はしないでくれ」
結構冗談で言ったつもりだったが、声をかけてみてはくれるらしい。今思ったが毬乃さんに声かければ調整してくれるのでは? いや、そんな事しなくても俺が選択肢を全把握しているのだから、主人公を誘導してもいいのか。
「よろしくお願いします」
と俺が言うと先輩は笑顔で頷いた。
「もう一つ聞きたいわ。この辺りにはダンジョンがいくつもあると聞いていたのだけれど、好きなところに行って良いのかしら?」
「そうではない。順調にいけばいずれ全ては入れるだろうが、初期から許可されているのは2つだけだ。もっともその2つも入学してから少し経過してからだ……これは先も話したな」
ほう、と頷く。ここもゲームと同じだ。しかしダンジョンの総数はいくつなのかが少し気になる。通常版だけなら20だけだが……ええと初回限定特典で6つのダンジョン、店舗特典で5つのダンジョン、イラスト集(書籍)を買うと付いてくるアペンドディスクで8つのダンジョン、そしてファンブックに付いてくるアペンドディスクで9のダンジョン、冬コミで買えるマジエロ★コレクションで12のダンジョンが追加されたはず。もし全部あれば……60か。
そういやダンジョン全て解放するためにとてもがんばったなぁ。特に店舗特典の5つのダンジョンを解放するためには、5種類の店舗で1本ずつゲームを買わなければそろえることの出来ないクソ仕様だったからな。友人達と手分けして買ったなぁ。先輩の抱き枕が欲しくて2本買ったのは苦い思い出だ。
と俺は自分の抹茶チョコフォンデュに手を伸ばす。ふと隣を見てみればリュディがイチゴと抹茶アイスを口に入れる所だった。
「何よ?」
「いや、美味しそうだなぁと思って……」
そう言って口を開ける。何かの奇跡が起きてアイスを口に入れてくれないかなと思ったが、もちろんそんな事は無かった。
「はあ? 何でよ。……もしかしてあんたパルフェ好きなの」
「甘い物全般が好きなんだよ。中でも抹茶には目がなくて」
もちろんあっちの○ルフェも好きだ。俺はアレをプレイしてから『ヒロインを攻略している最中に、別のヒロインの顔が浮かび後ろ髪をひかれる現象』を『突発性里○子病』と呼んでいる。鍵っ子は別のヒロイン名の病名になるかもしれんな。
「ほお、奇遇だな。私も抹茶には目がないんだ。ならば私の食べかけだが、こちらも食べてみるか?」
と彼女は升を回転させ、こちらに押してくれる。なるほど新しいスプーンを使用して、手をつけていない部分を食べれば間接キスにならないのか。凄く残念だ。
「ありがとうございます」
俺はそう言いながら、自分の抹茶チョコフォンデュを先輩の方へ押した。先輩はそれだけで俺が何を言いたいのか理解して、チョコフォンデュに手を伸ばす。
俺は備え付けてあったスプーンを手に取り、抹茶ティラミスに刺し入れる。
「ああああああぁ、美味しいぃぃぃぃいい」
思わず笑顔になる。抹茶チョコフォンデュも良いが、ティラミスも最高だ。むしろティラミスの方が美味しい。次来たときはティラミスを頼もう。
「……あんたの幸せそうな顔を見てたら私も食べたくなったわ…………本当に美味しそうに食べるわね」
とリュディが言うとパルフェを先輩に差し出す。
その後は3人で甘味を分け合った。
『突発性里○子病』→なぜ私は一番に彼女を攻略してしまったんだ。





