22 リュディと買い物
さて、俺はどうして買い物なんていう言い訳をしてしまったのだろうか。
そもそもだ。クラリスさんの暴走を止めるために自分で言ったではないか。日が沈んでいると。まあ、まだそこまで遅い時間ではないため、車や人が多く歩いているといえばいる。とはいえ、星が輝いている。
そんな夜道をリュディと歩いていく。ただ色々失敗したと思っている俺とは打って変わって、彼女はそれなりに楽しそうだ。先ほどから「ねえ、アレは何なの?」と聞いてくる。理由は分からないが、楽しめているなら良いだろう。
彼女の好奇心が落ち着いてきた頃、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「なあ、はつみ姉さんは何を作っていたと思う?」
彼女は一瞬立ち止まるも、すぐに歩き出す。
「…………言っていたじゃない。ええと、その……料理でしょ?」
「リュディは料理を作っている時に、蛍光塗料やペンキみたいな物が服に付着するか?」
リュディは沈黙する。もう歩く足音しか聞こえない。
「……………………生物兵器、かしら」
そんなまさかぁ、なんて否定したいところだが。
「……可能性は否定できない」
どんよりとした空気が辺りを包み込む。酒に酔った通行人がリュディにぶつかりそうだった為、立ち位置を変えながら俺は希望を口にする。
「もしかしたらソレは食べられるかもしれない」
「アナタは蛍光色を放つ料理を食べられる?」
そりゃぁ。
「口に含みたくもない、な」
「当たり前よね」
すこし重い空気のまま、俺達は目的地に到着する。それは今じゃどこにでもある24時間営業のコンビニである。二人でどこに行くか話し合った結果、夕食も近いしすぐ行けるところにしよう、となった結果であるが。
「リュディはコンビニに来ることってあるのか?」
「馬鹿にしないでよ、一度来たことがあるわ」
いや、一度しか来たことがないのか。俺なんて日本にいた頃は、ものすごい頻度でお世話になったと言うのに。
彼女は店に入ると興味深そうに店をきょろきょろ見回すと、ふらふらと歩き出す。俺は買おうと思っていた物は決まっていたので、一直線にそのコーナーへ行った。
『カップラーメン』コーナーである。
色とりどりのラーメンの中から、美味しそうな物を適当に選んでカゴに入れて、リュディを見つめる。
彼女は今時の女子高生が読んでいそうな女性誌を手に取り、パラパラと捲っていたが、内容がピンと来ないのか、少し首をかしげているようだ。俺はカップラーメンコーナーに目を戻すと、一番お高いカップラーメンをカゴに入れた。
コンビニを出ると、少しだけ肌寒い風が肌をなでていく。この涼しさが続くのであれば、今満開の桜もすぐに散ることなく、美しい姿を長く見せてくれるだろう。
「あなたは結構買ったのね?」
俺の袋を見て彼女はそう言った。
「まあ、あって困らない物だし、何かあったら使うからな」
俺は大きめの袋がいっぱいになるぐらい買ったが、リュディの手には小さな袋だけだ。俺はその袋を見たまま彼女に尋ねる
「何買ったんだ?」
「なんだか不思議なお菓子があったから……思わず手が伸びたのよ」
と彼女は袋から何かを取り出す。じっと見てみると、それは駄菓子のようだ。
「ああ、そんなの昔たくさん食べたなぁ、不思議な依存性があってよく買ってたよ」
「へえ、美味しいの?」
「俺の知ってる奴と同じならね」
と言うと彼女は小さく首をかしげる。
「あなた『俺』なんて使ってたかしら?」
と言われハッとなる。
「ああ、ゴメン。なんだか凄く話しやすくて……無意識で言葉くずしてたよ」
「そう、ならそのままで良いわ。実は正直、私も同じようなものだし」
と、彼女は言うが、幾度となく攻略した俺はもちろん知っている。
「そうか、なら俺にも敬語は要らないよ、名前も呼び捨てで良いし」
「わかったわ、よろしくね瀧音」
「おう。そういやリュディって、あんまりお菓子とか食べないのか?」
「はあ? 食べるわよ、どうして?」
「いや、やけにお菓子コーナーを見てたな、と思って」
リュディは「ああ」と呟くと、袋からお菓子を取り出しながら言葉を続けた。
「ほら、私の家って大きいし、歴史があるじゃない? だからそういった店に行くこと自体が少ないし、食べようとすると栄養士なんかに止められるのよね。だから今日はとても楽しかったわ。それに楽しみでもある」
そう言って彼女は駄菓子をしまいながら顔をほころばせた。
ああ、なるほど、なんて思ってしまう。偉ければ偉いほどそういう面倒なしがらみがあることは理解できる。多分庶民が行くような店なんかは、ほとんど行ったことがないだろう。花邑家に来たことによって解放されている今だからこそ、行ける場所があるはずだ。
「よし、なんなら俺が面白い店に連れて行ってやろう」
「ええ、アナタが?」
と、彼女は笑いながらそういう。
「ああ、任せろ。俺もこの町に来たばかりであんま知らないが、そういう店を見つけるのは得意なんだ。伊達に『人生楽しそうだね』なんて言われ続けた俺じゃないぜ」
「ふふっ、何よそれ。ひっじょーに不安だけど……まあお願いするわ。そういうからにはちゃんと楽しませてよね」
「おう、まかせとけ」
と、笑いながら家に向って歩みを進める。
それから少し歩き、もうすぐ家だというところで、俺は何気なくポケットに手を入れる。すると手にヒモのようななにかが絡まった。何だろうとそのヒモをよく触ってみる。
「エッッッッ」
それが何かを理解した瞬間、思わず言葉が漏れ、背筋に冷たいものが走る。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない。ちょっと思い出したことがあっただけだ」
「そう? それは何?」
「どうでも良いことだから気にしなくていいよ」
と返すも、リュディは「えぇ」と呟いて眉根を寄せた。
「そう言われると逆に気になるじゃない」
「い、いや本当に気にしなくて良い! それよりも夕飯を気にした方が良いんじゃないか?」
そう言った瞬間、彼女は肩を落とす。
「そうね……」
絶望の表情だ。多分俺も彼女が想像しているような被害を被る可能性があるため、回避に専念しなければならないはずなのだが、それどころではない。
俺は帰宅してリュディと別れると、急いで自分の部屋に行く。
そしてドアを閉めると大きく深呼吸した。
さて、どうしてこれがポケットに入っているのだろうか。
左のポケットに手を突っ込む。するとヒモのような物が指に触れた。俺の想像が正しければ、それはもちろん靴紐ではないし、イヤホンでも電源コードでもない。そもそもこれは俺のものではない。
俺はそれを指に絡ませて、ポケットから引っこ抜く。
顔をだしたのは黒いヒモにほんの少しの布地がついた……クラリスさんのショーツだった。
「ははっ…………えええぇぇぇっ」
思わず膝から崩れ落ちた。
ある意味で、フェルマーの最終定理より厳しい難題が、俺の手に握られている。
■瀧音幸助所持アイテム
・マフラー(初期装備)
・戦闘用ストール×2
・黒のショーツ (new)
とある知恵袋で『パンツの返却方法』について、誰か質問してないか過去の質問をあさったのですが、残念ながら見つかりませんでした。
代わりに『パンツの色を聞かれたときにどう答えるか』の質問を発見することが出来ました。非常に有益な情報を得ることが出来たと思っています。
また、パンツの色について、片手じゃ足りないくらいの人が質問しているようで、とても驚きました(小並)。





