20 花邑家 クラリス引っ越しイベント
現在花邑家はたくさんの箱と美女エルフ達であふれかえっていた。
玄関に置ききれず、廊下にまで積まれたダンボール箱には『着替え』やら『本』やら『食器』など、中に入っている物が分かるように文字が書かれており、
それらを幾人かのエルフ達が手分けして開放し、リュディの部屋に持って行く。
「……どうかされましたか?」
不意に後ろから声が掛けられる。見てみると美尻の…………クラリスさんがこちらを見ていた。以前のように騎士チックな服装ではなく、緑色を基調としたセーターにショートパンツという出で立ちだった。手には小さな段ボール箱がある。
「いえ、ちょっと考え事を……」
思わずすらりと伸びた足に目線が行く。彼女はエルフの中でも長身らしく、他のエルフ女性に比べて頭一つ大きい。もはや俺と同じ目線だ。それでいて顔が小さく美形ときた。まあ、ゲームの設定どおりなら、エルフは人間に比べて全体的に美形だが。
「そうですか……?」
クラリスさんは俺から目を離すことはない。反応を見れば、むしろ余計に不信感をもたれたような……。なぜだろうか?
どうかしたんですか、と聞こうかと思い、足を前に出そうとして何かに引っかかる。何だ? と思って見ると、どうやら引っ越しの荷物に足をぶつけたらしい。また、その箱の壁面に紙が貼られており、数個の単語が殴り書きされていた。
『クラリス 着替え』
コレはアレだ。クラリスさんは誤解している。いや、着替えの入った荷物の前で考え事している俺自身が悪いのだが、とりあえず誤解している。
「い、いえ。そんなつもりじゃなかったんです」
「自白でしょうか……?」
「ち、違います。ちょっと自分の力が伸び悩んでいてですね……そう、悩んでいたんです」
「は、はあ」
依然として訝しげな様子でこちらを見てくる。
「そ、そうだ。クラリスさんはどうやってスキルを得ていましたか? 僕、どうしても得たいスキルがあるのに覚えられなくて」
こんな時は話を変えるに限る。まあ『話をそらさないで。ドン(机を叩く音)』で終わる可能性もある……。あのときは結局ぶたれた。
「スキルですか?」
と、クラリスさんの表情が、心なしか和らぐ。2つの意味でチャンスである。ここで着替えから話をそらせるうえに、スキルについて相談も出来る。エルフという人生経験豊富そうな彼女なら良いアドバイスをもらえるかもしれない。
「ええ、知り合いに手ほどきを受けているんですが、スキルを取得する兆しがなくて……」
顎に手を当てて眉根を潜める。
「そうですね……ひたすらに訓練でしょうか?」
と言われ、思わずため息が漏れる。
「やはりそれしかないですかね」
そうなると今しているコトを続けるしかないのだろうか。いつ得るかも分からないのに続けるというのは結構堪える。
「一説によるとですが……」
と、クラリスさんは手のひらを自分の前にかざす。
「スキルは人が非常に欲したときに、発現しやすいと言われています」
と彼女は手のひらの上に透明な板のような物を作り出した。
「私も実はそれでスキルが発現したことがありまして……」
と、何かを懐かしむように微笑み、作られた板を触る。
「幼いころの私は魔力量が多いのにもかかわらず、魔法がとても下手で……」
ええ、と思わず目を見開く。
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。だから私は一時期剣と弓を習っていたんです。それでスキルを得て魔法が得意になってから、魔法剣と盾魔法を使う戦闘スタイルに変えましたが」
へえ、とため息が漏れる。どうやら彼女は水守雪音と同じく、オールラウンダータイプのキャラクターなのだろう。
「瀧音様の特殊体質については伺っています。スキルを得ることで、道が開けるかもしれませんよ」
と言われるも、無理だろう。ゲームでは瀧音幸助がどうやったところで、遠距離魔法を使えるようにはならなかった。それは自分だけではなく、ゲーム内で有名な聖女であっても同様だ。
「そうですね……ありがとうございます。もう少し頑張ってみます」
と彼女に声を掛け、改めてクラリスさんの全身を見つめる。
「僕で良ければ手伝いましょうか?」
リュディの方には多数のエルフ達が荷物を運んでいるが、メイド(騎士にしかみえない)であるクラリスさんには、誰も手伝っていない。まあ普通に考えて殿下優先するよな。
「いえ、その、重い荷物もありますので……」
「だからこその僕でしょう。それにこれからもスキルのことで相談するかもしれないので、貸しを作らせてください!」
と、ストールに魔力を込め、ガッツポーズするように動かす。そしてほほえみかけるとクラリスさんは笑顔で頷いた。
「そうですか、ではこの辺りにあるものは私の私物なので、二階までお願いできますか?」
「ええ、任せてください!」
すぐに行動に移そう。近くにあった着替え……ではなく、『クラリス 本』と書かれた箱を第三の手で持ち上げる。
「あれ、軽い……?」
「んあ゛あ゛あ゛あぁぁぁああ」
突如淑女らしからぬ奇声を発したクラリスに驚き、思わず箱を落としそうになる。
「瀧音様! 瀧音様はこっちをお願いします!」
と、彼女はなぜか『クラリス 着替え』と書かれた箱を差し出してくる。
はて、彼女は何を考えているのだろうか。
わざわざ着替えを避けたって言うのに、自ら着替えを差し出すとは。
「は、はぁ」
と着替えを第四の手で受け取る。その箱は本と比べものにならない程重かった。
「こっちは私が持ちます!」
と、第三の手から本をひったくると、彼女は少し早足で歩き始めた。
なぜ、『本』が軽くて『着替え』が重いのか? なんとなくであるが察せられた。多分書かれている物と違う物が段ボールに入っているのだろう。
その理由は防犯だと思う。ド変態が『彼女の服を盗みたい』なんて思った時に、普通は『着替え』と書いた段ボールを盗む事は想像に難くない。本を盗むなんて変態はいない。普通に書き間違えた可能性もあるが、そんなドジするわけ無いだろう。
ないとは思うが、彼女の荷物を開封する手伝いをする際には、本は開けないようにしよう。俺は紳士なのだ。
俺はその辺にあった段ボールを追加で抱えると、クラリスさんの後を追った。
少し歩いて、クラリスさんが階段を上っているところを見ながら、ふと感心する。
さすがの尻だ。肉々しいながらもしまりがあるし、なにより形が良い。歩く度に強調されるその美尻と、ショートパンツからすらりと伸びたその白い太ももは、もはや芸術と言っても過言ではない。彼女になら尻に敷かれてもいい(物理)。
「この辺りは足下気をつけてくださいね」
不意に声を掛けられ、トリップした魂を自らに宿し直す。
「はは、僕もそんなに長くは住んでませんけど、転んだりしませんよ」
「そうですよねっ……ふふっ」
と笑いながら階段を上っていると、不意に彼女の体がぶれる。
「うえ゛え゛ぇ」
言った側からだった。目の前のクラリスさんが、足を踏み外したのだ。
なぜかは分からないが、彼女は段ボールをジャーマンスープレックスするように、こちらに倒れてくるではないか。このままでは彼女の手に持った段ボールが俺の頭にぶつかるだろう。
しかし避けることが出来るだろうか。出来るか出来ないかで言えば、出来る。しかしここは階段だ。俺が避けてしまえばクラリスさんの体が危ない。
俺は段ボール直撃覚悟で彼女の体を支えるため、手を伸ばす。
「フゴッ」
それから時をたたずして、すぐに俺の目の前が真っ暗になった。顔中が何らかの布に包まれ、とても息苦しい。ただし匂いは良い。お日様の香りがする。
「ああああああ! も、申し訳ございませんっ!」
支えていた彼女が離れると、俺の頭から箱を取り除こうと動く。
「そ、その、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。問題ありません」
と俺が苦笑いしたのと同時に、段ボールが取り除かれ、まぶしい光が視界に入ってくる。 ふと、頭に違和感を感じる。どうやら頭になにかが引っかかっているようなので 俺はそれを取り除いて凝視した。
「ヒモ?」
パッと見ればそれはヒモだった。しかしコレはヒモではなかった。紐の先には薄い布地がついている。これはあれだ。人にとって一番大切な部分を守る為の神聖なる布、ショーツだ。黒いエッチなショーツだ。
それにしてもなんだコレは。ほとんどが紐のせいで尻とかやばいことになる。しかも前面もやけにスッケスケで…………あれ、なんだか目の前に拳が。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「ほげぇええええええええええぇぇぇえ」
またしても目の前が真っ暗になった。





