19 滝 先輩イベント③
生前、高校時代の同級生とよく飲み会を開いていた。そのときほぼ毎回顔を合わせた彼は、少しブラックな所でシステムエンジニアになっていた。毎日馬車馬のように働いていた彼だが、文句を言わずいつも真面目に仕事をして、上へ上へと上っていた。そんな彼だが、ある日とても元気のない日があった。どうしたのか彼に問うてみれば、どうやらプログラムが想像していた挙動をしないらしい。何度修正しても治らないらしい。
『プログラムってのはだな、言われたとおりに実行するだけなんだ。もし変な挙動をするんだったら、それはプログラムを打ち込んだ俺らが間違っているんだよ』
そう言って彼はなにやらぶつぶつ言いながら、酒を飲んでいた。結局その原因はプログラミングのミス……ではなかった。なんと機械が故障していたらしい。『こんなこともあるんだな』なんて彼は笑っていた。今の俺の状況も同じではないだろうか。
そうだ。俺は前提から間違っているのではないだろうか?
瀧音幸助自体は心眼スキルを入手することが可能なキャラクターではあるが、中に入っているのは俺なのだ。月末の金曜日になるとテンションが限界突破する俺なのだ(※エロゲが発売するため)。
無論、自分自身に問いかけたところで、答えが返ってくることはないが。
さて、水守雪音にスキル習得の手助けを頼んでからすでに二日が経過しているが、一向に習得する兆しが見えない。もうすぐ学園が始まるため、色々準備をしなければならないというのに、俺は未だ滝に打たれている。
何より困ることは隣で一緒に滝行している彼女の存在である。
水守雪音はどこから用意したのか分からない、巫女装束のような物を着ており、濡れた服が肌に張り付く様子はとても官能的だ。その様子をじっくり拝見したいところではあるが、激しく冷たい水に打ち付けられながらだと、そんな雑念なんてすぐになくなる。むしろ体の感覚がなくなってくる。逆に言えば雑念が消えるからこそ、精神統一がしやすいのかもしれない。
滝行を終えた俺達は体を魔法で温める。そして髪を拭いている彼女に声を掛けた。
「俺としては凄くありがたいんですけど、先輩は大丈夫なんですか?」
学校が始まるのはもちろん俺だけではない。先輩もなのだ。だというのに、彼女は俺を滝で見かける度に付き添ってくれた。
「瀧音、私のことは気にするな。私は私の修行としてやっているんだ」
そう言って笑うが、罪悪感でいっぱいである。彼女がとても面倒見の良い人である、というのはゲーム内で知っていた。俺が彼女に惚れ込んだ理由の一つでもある。
ただ、それのせいで罪悪感にとらわれることになるとは思わなかった。
「瀧音、大切なのは集中力だ。これ以上無いほどに神経を研ぎ澄まし、魔力を意識するんだ。目を使うのではない。第七感で感じ取れ」
いや、第七感って……。まあ言ってる事は分かるんだが、実行するのが難しい。そもそも魔力感知器官の七感が日本に無かったから、意識すること自体が難しいんだが。
「聞くところによると、心眼を極めさえすれば、対象へ触れた時の感触すら分かるという。私の父上はモンスターの弱点部位が感じ取れると言っていた」
心眼スキルの熟練度が上がると会心率が上がるのは、弱点を感じ取れるからなのだろう。モンスターと戦う上でとても重要な能力だと思う。絶対に欲しい能力だ。
だけどそれはいつ使えるようになるだろうか。
「なあ、瀧音は何か勘違いしていないか」
黙ったまま何も言わない俺を見かねたのか、先輩がそう言う。視線を向けると透けた巫女装束姿のまま腕を組み、じっとこちらを見ていた。
「普通はそんなに早くスキルを習得出来るわけがないだろう?」
この世界の一般常識からしたらそうなのかもしれない。
しかし俺は知っている。ゲームではターン数にして三ターンで習得しているのだ。日付に換算すれば……数日ぐらいか?
ゲームのエンディングまでに主人公に勝つ為には、ゲームベースで能力を取得していかなければならない。まあ今回の場合期限なんて基本的にはないから、ゆっくりやっていても良いんだが。学校卒業した後に主人公を呼び寄せて、ぼっこぼっこにしてやれば良いだけだ。
しかしだ。俺は以前の人生で経験したことがある。一度妥協してぬるま湯につかってしまえば、そのぬるま湯から抜け出すのが非常に大変なことを。
「焦らず行けばいい。ただ足を止めず、一歩一歩進んでいけば良いのだ。足を止めなければ良いんだ」
と先輩は言う。彼女の現状を知っていると、意味のある一言だ。
「先輩は…………いえ、何でもありません」
なんとか言葉を飲み込んだ。思わず口に出しそうになってしまったが、今の俺が言って良い言葉ではない。
「そうか」
そう言って先輩は川を見つめる。底が見えるほど透き通った川の水は、止まることがなく流れつづけていた。
ひらり、一枚の葉っぱが滝から流れてくる。その葉っぱは流れに身を任せて悠々と進んでいたが、やがて大きな石に引っかかる。そしてそのまま動くことはせず、ずっと石に引っかかったままだった。
 





