172 エピローグ②
「いくつかあるのだけれど、一つはななみさんの事よ」
「ななみの事?」
チラリとななみを見る。ななみも俺を見たようで目が合った。おい、照れるふりをするな。
「盛り上がっているところ申し訳ないんだけど、本題に入るわね。二人とも理解しているでしょうけれど、ななみさんは普通の天使ではないわ。そうよね?」
その質問にどう答えて良いか分からなかった。ななみが普通の天使ではないことは、出会った頃から知っている。
ただ俺も全貌も知らないし、俺がそのことを桜さんに話して良いかも分からない。
ななみに任せたと目線を送ると彼女は語り始める。
「おっしゃる通り、私は普通の天使ではありません。それはババア……失礼しました。毬乃も理解しているでしょう」
なんでババア二回言ったの?
「毬乃も、ね……へぇ」
ババアで理解される毬乃さん。まあそれはまあいいか。
桜さんにちょっと聞いてみたかった事を聞いてみよう。ななみの事について。ななみが規則事項とやらで答えられない秘密の一端を聞けるかもしれない。
「桜さんから見れば、ななみはどう映るんですか」
「……なんと例えれば良いのでしょう。原音で発音しようにもこちらの世界の言葉では難しいですし、そうですね『存在力』とでも言いましょうか」
「存在力?」
「はい。天使の持つ力の一つだと思ってください。上位の天使ほどその力を多く持つのですが、ななみさんは多分私の全盛期より上です」
「桜さんの全盛期より上?」
「ええ、そうです。そしてななみさんはその力を封印されていますね」
「えっ」
俺が驚きながらななみを見ると「なん……だと…………」とつぶやきながら驚いていた。本人もしらないの? てかその驚き方はなんなの?
「え。ななみ、お前は知ってたのか?」
「初耳ですね。そもそも私のシリーズに制限はかけられないはずですし」
私のシリーズとか、そういうこと桜さんの前で話して良いのか。まあ話してるのだから問題無いのか。
「厳密に言うと存在力だけでなくほかにもいくつかの力に影響が出てるわ。でも私ならその封印の一部を解除することが出来るのだけど、しましょうか?」
「それって大丈夫なんですか? ななみも桜さんも」
「今回解除するのは別に強い力を使うわけではないから、私に問題はないわ。強いて言うならななみさんが多少強くなるぐらいかしら?」
問題はなさそうだ。ななみを見ると彼女は頷く。
「ではお願いします」
すぐに出来るらしいので、桜さんは解除を行う。俺からしたらななみの頭に手をかざしただけのように見えたが、ななみにとっては違うらしい。
「これはっ!!」
驚いた様子で自分の手を見るななみ。グー、パーと手を握ったり開いたり、手の甲を見たり、自分の体をまさぐったり。自分の新たな力に驚いたのか、唇を震わせながら彼女は話す。
「すごい。まるで肩こりが和らいだような気がします」
「それだけでそんな感動したのか!?」
湿布でも貼ったのかな? 気がしますってなんだよ、せめて肩こり治ってくれよ。
「うまくいったわね」
桜さんはそう言う。どうやら成功はしたらしいが、あまり変化は感じられないもののようだ。
「もしさらに封印をときたいのなら、天使の里へ行くのがいいでしょう。場所は私が教えるわ」
天使の里、ね。強くなるためには、いつかは行かなければならないだろう。
「とりあえずななみさんの件はこれで終わりよ。次は瀧音君、あなたに用があるの
「……なんでしょう?」
「瀧音君はななみさんと契約しているのよね?」
「ええ、していますね」
「私もほとんど力を失っているとは言え天使です。契約を結ぶことによって力を与えることが出来ます。微々たる物ですが」
桜さんは微々たるなんて言うけれど、契約で得る力は結構強いんだけどな。
「しかし少し迷っています。適合するのが二人、しかし今の私は一人しか契約できない」
もしかしたら言われるかもしれない、そう思っていた。
「伊織と契約してください」
展開を先読みしてそう言うと、桜さんは小さく息をつく。
「なんとなくですが瀧音君はそう言うだろうと思っていました。一応、理由を聞いても良いかしら?」
「桜さんの力は魅力的だと思う。でも自分よりもっと有効に使える人がいる」
将来イラストレーターになりたい人に運動能力をプレゼントしたらどうなるだろうか。確かに絵を描き続けられる体力が増えるかもしれない。しかしそれならスポーツ選手に運動能力を与えた方が、もっと有効利用してくれるだろう。
俺よりも伊織の方が絶対に適性がある。
「宝の持ち腐れだ。それに何より、俺にはもう契約してくれている天使がいるから」
と、俺は視線を彼女に移す。
「ご主人様……」
ななみは感極まったかのような声でそうつぶやくと真剣な表情ですっとカーテシーをした。
「伊織桜さんコンビなんて俺たちの足下にも及ばないよな?」
「おっしゃる通りです、ご主人様。神ですら我々の前ではひれ伏すでしょう」
「と言うことです、桜さん」
俺がそう言うと桜さんは苦笑する。
「あら、私は振られちゃったのね。なんだか少しななみさんがうらやましいわ」
「今までの人生で一番幸せかもしれません、1年も生きてませんが」
そういえば0歳児だったな。
「うん分かったわ。では私は伊織君に話を持って行くわね…………今日は来てくれてありがとう」
「あ、桜さん待ってください。俺からも一つ聞きたいことがあったんです」
俺がそう言うと桜さんは首をかしげた。
「瀧音君が聞きたいこと?」
「ご主人様、桜様のスリーサイズは私が存じておりますが?」
「なんでスリーサイズを知ってるんだよ! 違うよ」
「あら、私のスリーサイズは気にならないの?」
すでに知ってるよ! ファンブックに書いてあったよ!
「桜さんもななみに乗らないでください……聞きたいのはラジエルの書についてです」
そう俺が言うと桜さんは目をつむる。そして長く息をついた。
「ラジエルの書が純粋な悪ではないことを知っています。暴走もしていない。ラジエルの書なりに考えた上で『俺たち人類のために』行動したことだって」
「……続けて」
「でもそれにしちゃ無駄が多いんです。天才という言葉で括るのは失礼なくらい天才であるラジエルの書。だったらもっと良い行動ができたんじゃないかと思えて仕方がない」
ラジエルの書はもっと良い立ち回りができたはずなのだ。初めて封印されたときも数日前に封印されたときも。
「桜さん、貴方は俺たちがラジエルの書と戦っていたとき、二人だけで話しませんでしたか?」
「……それについて話すつもりはないわ」
「そうですか」
ずっと思っていたのだ。ラジエルの書が救いたかったのは人類だけでなく――――まあ考えても仕方ないか。いずれ本人から聞くとしよう。
ラジエルの書が予言していた世界崩壊を止めた後にでも。





