171 エピローグ①
伊織の攻撃で最後の本がなくなったと同時に、辺りの天使達は動きを止めた。そしてゆっくり光の粒になって空へ消えていく。
その間ラジエルの書はじっと俺を見ていた。
ただ見るだけだった。一言も発さず、ただ俺を見ていた。
ラジエルの書の体の周りを浮かぶ封印の文字がより一層光り輝くと、彼女は1冊の本へと変化した。
その本は一言で言えば『異様』と言うべきだろうか。
見た目は革張りの小さな装飾のついた本で、ヨーロッパなんかにありそうな古本だった。
しかしその本は浮いていた。そしてその本の周りには古代語のような物が浮かんでいる。またその本からは、絶対に手を出してはいけないと思えるようなオーラが感じられた。本能的にこれは触れてはいけないと思うオーラのような物が。
カラフルでな大きな蛇を見たときに、こいつはヤバイと思うのに少し似ているだろうか。ただしそれの数十倍の嫌な予感がするし、見た目だけではなく辺りのぴりついたような空気もまたそれのヤバさを伝えてくる。
伊織はその本を一瞥すると、桜さんの元へ走る。桜さんが目を覚まし起き上がったのはすぐの事だった。
「みんな、ありがとう」
桜さんの言葉を聞いて皆は喜んだ。
絶対に勝てない相手を封印できたことに。桜さんを守りきれたことに。
だけど俺は手放しに喜べなかった。もやもやしていた。
勝てたこと、桜さんを助けられたことはもちろん嬉しい。だけど先ほどのラジエルの書の視線が気になってしまったのだ。
と俺が考え事をしていると、近くにいた女性がふらりと体が斜めになっていくのが見えた。慌てて第三の手で彼女、結花の体を支えた。
「あっ、瀧音さぁん。すみません、ありがとうございます……」
全身汗だくで呼吸があらい。単純に魔力の使い過ぎが一番の理由だろうが、心労もかなりたまっていたことが予想される。
「結花!」
伊織が心配そうに結花の姿を見て叫ぶ。
「おにいちゃんったら……うるさいなぁ。見てわかるでしょ、大丈夫だってば」
なんて彼女は言いながら第三の手を押しのけようとした。しかし足はフラフラだ。全然大丈夫じゃなさそうなので、俺は第四の手の両手で彼女を支える。
「何するんですか瀧音さん、女の子を捕縛して」
そういう彼女は暴れる様子がない。もう疲れ切っているのだ。
「あとは任せろ。ストールで快適な帰宅をさせてやる」
「…………まーこれだけ私を働かせたんだから、それくらいしてもいいですよね。あと数日間はパシリですよ」
今回誰が一番頑張ったと問われれば、俺は結花と答える。道中もたくさん戦闘をした上に、一番大事な封印を行ったのだ。
誰よりもプレッシャーを感じていたことは間違いない。結花の失敗=敗北で桜さんの死だった。
大役をいきなり任せてしまったことに罪悪感が結構あった。それを少しのパシリになるくらいで許してくれるなら。
「仕方ないな、数日だけだぞ」
快く引き受けるべきである。
「いいのう、妾も幸への命令を考えないとの」
ただし紫苑さん、あなたはだめだ。
と会話していると幾人かの見覚えがある人たちがこのフロアに入ってくる。
「……どうやら終わっているようね」
それは会長達だった。聖女やハンゾウさんなんかもいる。
「会長が遅刻とは珍しいですね」
と俺がちょっと挑発的なことを言うと、フンと鼻を鳴らす。
「あら、集合時間前に出発するどこかの誰かさんたちに言われる筋合いわないわね。それにしても……」
そう言って会長は封印されたラジエルの書を見て、桜さんや結花、皆を見て言った。
「よくやったわ、お疲れ様」
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ラジエルの書が封印されて数日後。俺とななみは、桜さんに呼ばれた。
その場所は桜さんが一時的に住むことになったマンションだ。
以前ならば何かあってラジエルの書の封印が解けたらまずいと言うことで、入り口がある図書館にほぼ住み込んでいた。
しかし封印がしっかり行われたことで、いまなら図書館から離れて過ごしても大丈夫そうという判断である。
ただもし何かあってもすぐ行けるようにとのことで、学園になるべく近いところという条件でマンションを探した。すると借金先生の利用しているマンションがいいということで同じマンションの別部屋に住むことになった。
「いきなり呼んで悪いわね。二人とも座っていて。今紅茶を入れるから」
自室に招き入れた桜さんはそう言ってキッチンへ行く。
「お座りください、私がお入れします」
「いいのよ、ななみさんは座ってなさい」
「病み上がりで封印されている天使は黙って座っているべきです」
「あら、上級の天使に逆らうのかしら? それに今日はお客様でしょう? 座っていて」
やります、座ってなさい、という二人の会話が続く。「じゃあ間をとって俺が……」と言うもそれは完全に無視されおとなしく座る。
二人の言い争いは結局ななみが折れた。俺の隣に来ると「次は足元を重点的に攻めましょう」だなんて意味不明なことを言った。
ななみは何と戦っているのだろうか。
そういえば、と紅茶を作る桜さんに話しかける。
「ルイージャ先生とは話しましたか?」
「話したわ、ゴミの分別とかをおしえてもらったわよ。あの子ったら全然変わってないわね。はつみちゃんは雰囲気が変わったんだけれど。なにより、きれいになった。瀧音君のおかげかしら……ふふっ」
桜さんはそう言ってグラスに砕いた氷をたっぷり入れる。そしてその中に熱い茶を入れるとパキパキと氷から音が聞こえた。
「何かした覚えがないんですけどね」
「その人がいるだけで変わることだってあるわ。おまたせ」
彼女は俺たちの前に赤茶色の液体が入ったグラスを置く。その横にはストローが置かれた。
「ありがとうございます」
ストローで一口飲む。
紅茶の香りが口いっぱいに広がり、後味には柑橘系の爽やかさが残る。レモンティーだ。
「おいしいです」
俺が思ったことを口にするとななみはふん、と鼻を鳴らす。
「まあ、認めましょう」
「何目線だよ」
と俺とななみで言い合ってると桜さんはクスクスと笑った。
そんな様子を見るに桜さんはかなり元気そうだ。ラジエルの書を封印することは、パスがつながる桜さんも封印の影響を受けることにつながる。つらいはずだ。
だけど彼女はおくびにも出さない。初代聖女が封印したときから同じような状況だったから慣れてしまっているのかもしれないが。
「ご主人様、そろそろ」
とななみが切り出す。俺は頷いて彼女に尋ねる。
「今日俺とななみを呼び出したのはどういう理由ですか?」
桜さんは紅茶を飲むと小さく息をつく。そして彼女は話し始めた。
9/26にヤングエースアップにて漫画の次話が更新されます!
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