170 ラジエルの書⑦
「出るわ出るわ、まるでネズミじゃ」
「これで本来の力が出せてないとは信じられませんね」
メガネの位置を直しながら副会長はつぶやく。
そうなんだよな。これでも手加減しているとか馬鹿げてる。俺が途中であの本を処分してなければ、移動がすべて瞬間移動に変わっていたし行動回数が倍になるし、攻撃力も防御力もが上がるし現実で対応出来ると思えない。強くてニューゲーム推奨だよ。
「これを……凌げるかしら?」
「リュディ、凌げるんじゃねーよ、凌がなきゃおわりだっつの」
武器を構えたカトリナは召喚される堕天使をにらみつけている。
堕天使達は召喚されている最中だが、幾人かがこちらへ飛行を始めた。そしてラジエルの書も行動を始める。彼女の周りに浮かんでいた複数冊の本が同時に光り輝く。大きい魔法が来るかもしれない。
「うおおおおお!」
飛び出したのは伊織だった。今の彼には恐怖という文字はないのだろう。副会長、そして紫苑さんの援護を受けながらどんどん前へ進んでいく。かなりの数の堕天使を伊織は引き受けてくれてる。
また伊織達にだけでなく、俺たちにも堕天使達は飛んで来ていた。
先輩は同時に複数体を相手にしているようだが、まあ負けることはないだろう。カトリナはどちらかと言えば回避に徹しているようだ。幾人の堕天使を引き受けてくれて、非常に助かる。
そして先輩達が処理できなかった天使を俺やななみ達で迎撃する。
「妙ですね。ラジエルの書から攻撃が来ません」
数人倒したところで、ななみがつぶやく。
確かに不思議だ。先ほどと同じ行動パターンなら、迫ってくる伊織を狙ってもおかしくない。でもソレもしないし、結花を狙っている訳でもなさそうだ。あんなに大切な魔力本を使用して何を……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
と考えていると後ろから叫ぶ声が聞える。それは桜さんの声だった。見ると桜さんがリュディに支えられている。
「瀧音さん、瀧音さん! 大変です大変ですよ! 桜さんの意識がありません」
どうやらラジエルの書は桜さんに何かをしたらしい。攻撃が見えなかったのは桜さんとつながるパスを利用したのか?
「結花、封印は大丈夫か?」
先輩は一体の天使を切り伏せながら結花に聞く。
「出来てます、まだ出来てますけど、この後どうすればいいか分からないんですけどっ!」
そう言われても俺もどうすれば良いか分からない。ゲームでは桜さんが倒れても結花が生きていれば封印は出来たが……。
「なんとかしてくれ、結花。もう少しなんだ! あーええと、あれだ。ドーンとかバーンでもいい!」
「ばっっっかじゃないんですか!? ふっざけないでくださいよ、あぁーーーーーーーーもう、後で覚えててくださいよ!」
もうどうにでもなーれを唱えた結花が手を前にかざす。するとラジエルの書を封印している文字が輝いたようにみえる。ほんとになんとかしてくれたみたいだ。
「…………」
ラジエルの書は無言で結花を見る。
先ほど桜さんを封じるために何冊も本を使用したため、もう数えるほどしかない。
堕天使達も皆でなんとか防いでいる。
さて、この場合俺がラジエルの書の立場ならどう行動するか?
「近づく伊織をなんとかしたいが本の冊数も少ない。一発逆転するなら結花を狙う」
と、結花の前を陣取る。そして予想は当たっていた。
ラジエルの書の周りに浮かんでいた数冊の本が光り輝く。そのうち一つの本から見覚えある魔法陣が出現した。それは結花の真正面に向けられている。
先輩や紫苑さんがこちらを援護しようとしたが、ソレを見越したのか堕天使達が彼女達に殺到する。
「ええぃ、邪魔じゃ!」
伊織とフラン副会長は桜さんに直接攻撃して止めようとしていたが、そちらにも堕天使が殺到していた。
そうこうしているうちに結花に向けられた魔法陣の光がさらに大きくなる。あの魔法陣から出るのは……間違いなくレーザーだ。
「結花、封印を続けてくれ」
「ちょ、瀧音さん。あれレーザーですよ!? 大丈夫なんですか!! 急に避けないでくださいよ!」
「大丈夫、防ぐさ。多分なんとかなると思う」
ストールにエンチャントを施した今なら、多分耐えられるはずだ。
「そこ絶対って言うべきところですよね、私を不安にさせて何が狙いなんですか!?」
絶対防げるとは言えないんだよな。でも近くには結花だけでなくてリュディや桜さんもいる。なんとかしなきゃいけないんだよ。
そう、やるしかないんだ。
ストールを大きく広げ前方に展開すると、少し腰を落とす。そしてラグビーでタックルするときのような体勢でそれを受けた。
「おあ゛あ゛あ゛」
俺は今まで感じたことない衝撃が襲う。そのレーザーは間違いなく先輩の本気攻撃よりも威力はあるだろう。
ストールにエンチャントをしっかり行って、こらえるための姿勢もした。体力にも余裕はあるし、万全の状態のはずだった。しかし俺は押されていた。
前方からは何かを熱するようなジリジリと音が聞え、足下からガリガリと音が聞える。
前者はレーザーを防ぐ音、そして後者は踏ん張る足が地面を削る音だった。あまりの威力に地面が耐えきれなかった。地面を削りながら後ろへ押されていく。
そこに後ろから力が加わった。ななみだ。ななみが後ろから俺を支えていた。いつの間に後ろに回り込んでいたんだ。美少女メイドのプライドがどうこうとか言ってたじゃんか。本当に助かるぜ。
なんとかビームは防ぐことは出来たがそれだけでは終わらなかった。
「ご主人様っ、また来ています」
ななみの言うとおりだった。ラジエルの書から、光で出来た十字架のような物がこちらに向かって射出されていた。すぐにリュディが風魔法を放つも、その十字架はソレを切り裂きこちらに向かってまっすぐ進んでいる。
リュディの魔法を突破する様子を見て、あれは貫通力がある攻撃なのだろうと思った。
避けるか。いや後ろにはななみや結花達がいる。避けることは出来ない。なんとかしなければ。
じっとその十字架を見つめる。するとどうだろうか。以前感じたあの感覚、世界がスローモーションになるような感覚が俺の中で起こっていた。
アレはストールで防げるのだろうか? もしラジエルの書が俺のストールを見てアレを放ったのならば、防げない可能性がある。わざわざ防がれる攻撃を放つだろうか? 貫通するような気がする。
ならどうすれば良いだろうか。斬るしかない?
ふと先輩の太刀筋が頭に浮かぶ。先輩ならアレを斬れるだろうか?
多分先輩だったらこれを斬れるのだろう。先輩の太刀筋なら音もなく真っ二つに出来ると思う。あの美しい太刀筋なら……。
……俺もできないだろうか?
多分九頭龍のように連続で放つことはできないだろう。でも1撃、1撃だけなら。できるような、そんな気がする。
「瀧音っ!」
先輩の声が聞こえる。先輩はこっちを見ていた。まるで出来るというような目でこっちを見ていた。
ふと先輩と初めて会ったあの滝の下を思い出す。あの時見た彼女、その太刀筋。そこからずっと俺は先輩を追いかけた。
先輩の太刀筋を見て、あれぐらい美しく振りたくて毎日素振りをしていた。雨の日も風の日もどんなに疲れた日も素振りをしない日はなかった。
今なら、俺の中のスイッチのようなものが入った今なら、先輩の太刀筋を再現できるはずだ。
鞘に魔力をためる。刀に手を添える。
目は閉じていて構わない。心眼のおかげか、十字架の位置はしっかり把握できている。
むしろ邪魔なものが見えないように閉じてしまおう。見るのはイメージした先輩の剣閃だけでいい。
なぜだろう、どこを切ればいいかがわかる。ここに刃を当てれば切断できると確信があった。さあ。
イメージ通りに刀を抜こう。
「ご主人様……すごい…………」
横から飛んでくる堕天使を牽制していたななみは、攻撃の手を止めてつぶやく。
その十字架はきれいに真っ二つになると、左右に分かれ消失する。
俺は大きく息を吸い込み二人の名前を叫んだ。
「伊織、結花ぁぁぁぁああ―っ」
伊織は堕天使の隙間から飛び出し、ラジエルの書の周りを浮かぶ最後の1冊に向かって剣を振り下ろした。