169 ラジエルの書⑥
ラジエルの書は話す。
「なぜ、こんなことをする?」
多分今ここにいるメンバーの中で、彼女の言葉の意味を理解出来ているのは俺と桜さんだけだろう。ラジエルの書はある意味『人間のために』行動しているのだから。
「決まっているだろう。僕らは世界も桜さんも大好きで、守りたいからだ」
伊織は叫ぶ。俺と桜さん以外は同じような考えを持っているはずだ。
「もし私がしようとしていることが、世界を救うことでも?」
ラジエルの書はそう言った。
「どういうことかの? お主は世界を破壊しようとしておるのじゃろ?」
「……間違いではない、な。そうか」
チラリとラジエルの書は桜さんと目を合わせる。
桜さんもラジエルの書も口を開かなかった。しかしなんとなくだが彼女達はテレパシーのような物で会話をしたのではないかと思った。パスがつながっているのだから可能だろう。
「…………なあラジエルの書よ」
俺はラジエルの書へ言う。
「桜さんはまだ希望を捨てていないんだ。だから伊織や俺たちと共にここにいる。まだ可能性はある、今も、そしてこれからも」
「えっ、瀧音君。あなた……」
桜さんは驚いたように俺を見た。そしてラジエルの書も少し驚いたように見える。
二人にしか通じないように話したから、他の人には俺が桜さんを助けたいという意味に聞えただろう。
「お前に救えるというのか?」
ラジエルの書が俺に聞いたのは桜さんの事だけではない。それを分かっていて、俺は。
「俺だけじゃ無理だろうな。でも俺には仲間がいる」
出来ると答えよう。いや、出来るじゃないか。しなければならないことだ。
俺らが会話をする間もラジエルの書を縛る封印の文字がだんだんと大きくなっていく。結花はこのときも封印の手を緩めていなかった。
何も言わず、何もせずだったので、彼女はこのままおとなしく封印されるのかと思った。しかしそうはいかないらしい。
「その程度の力で、一体何が出来る」
そう言ってラジエルの書は自分の手元に浮かぶ本を引き寄せた。
「お前は救えると言ったな。無理だ。私を倒すことすら出来ないのに」
そう言ってラジエルの書は魔法陣を生み出す。
「だから時間が必要なのさ。俺たちは成長するんだから」
「なるほど、それで封印か。しかし封印すら出来ないだろう。お前達が見ている私は半分の力も出していない、まだまだ力はある」
そういってラジエルの書は何かを召喚しようとした。しかし何も現れることはなかった。
現れるわけがない。
「出来るさ、俺たちなら」
ゲームを知る俺なら、皆の力を借りるかもしれないが出来る。
俺は言葉を続ける。
「今だって、戦えているだろう? そしてこれから先も渡り合えるように下準備をしたんだぜ。だから出来るんだ」
「何を言っている。それに…………なぜ、来ない?」
ラジエルの書がいくら転移魔法陣を使用してもそれは来ない。だって先回りしてお前の力の源と戦ってきたんだからな。
「なあラジエルの書よ。俺は知ってるんだぜ? お前は封印によって魔力を大量に保持できない。それは桜さんもなんだけどな」
魔力をあまり持てないならどうすれば良いか。電池のように、別の物に宿し使用すれば良い。ラジエルの書は本に魔力を溜めた。彼女の周りを浮かぶ本に。そしてあそこにあった本に。
「まさか……」
ラジエルの書はつぶやく。
「お前が一番たくさん魔力を溜めていた本は処分しておいたぞ」
ラジエルの書はたくさんの魔力を貯蔵していることを桜さんに知られたくなかったため、彼女はあえてそれを近くに置かずダンジョンへ隠した。そして最低限の防犯目的として人型に変化出来るようにした。
「アンタ、いつの間に……」
カトリナはそう言った。隠し部屋に行ったのはそういう理由だ。まあ伊織達に黙ってたのは悪かったが、一応理由がある。
「妾にもだまっておってからに、式部会に戻ったら色々と懲らしめねばならんな」
どうやら紫苑さんもお冠のようだ。お手柔らかにして欲しい。
「ラジエルの書さん。降参、してくれませんか」
伊織は剣を向けそう言った。
俺たちはラジエルの書を追い込んだはずだった。だけど。
「だからなんなのだ」
降参する気は無いようだった。
「残存する魔力だけで十分お前達を殺せる」
そう言った。
「いや、お前は結花達の封印魔法のせいで自由に動けないはずさ。何ができる」
俺はそう言ってチラリと結花を見る。少し腰を落とし腕を軽く上げ、まるでドラゴン○ールの主人公が気を貯めてるようなポーズで封印をしている。
封印しやすいのかもしれないが、もうちょっと別のポーズは……いや今はそんな状況じゃないか。
「それこみでお前らなぞ殺せると言っているのだ。たとえ私の動きが阻害されようとも私には攻撃手段がある」
ラジエルの書はそう言うのと同時に、周りに浮かぶいくつかの本を使用して魔法を発動する。
「何よ、この光!」
リュディが叫ぶ。それは結花と桜さんや俺たちをUの字で囲むようにいくつもの転移魔法陣が出現したからだ。そこから幾重もの堕天使達が現れ始める。
「ふむ。これだけ堕天使を召喚をしたが、まだ召喚できる、か」
そう言う先輩は薙刀を下段に構え、全体を見ている。
俺とカトリナは少し後退し結花と桜さんの前に立つ。ななみもそばに寄ってきた。
「ななみは後ろで良いんだぞ。ここは一番危険な場所だ」
ラジエルの書と結花の間。間違いなく攻撃が来るだろう。
「後ろに控えるなど、美少女メイドのプライドが許しません。それにご主人様の方がある意味で危険ですし」
俺とななみの会話を聞いていたカトリナはため息をつく。
「……たまに思うんだけどさ、本当にこの子アンタのメイドなの?」
「当然です。身も心も、身につける物も捧げてますから」
うん。あながち間違いではない。多分カトリナは冗談だと思っているだろうから、あえて何も言わないことにしよう。
と会話しているうちに、紫苑さんやフラン副会長達もこちらへ近づき、結花を守るためのフォーメーションができあがっていた。
その間も転移魔法陣から続々と堕天使達が出現していた。まだ増える。まだ増える。あれ、まだ増える?
「ねぇーちょっとー。えぇーっとーなんかーっ、やばくないですかーっ」
結花の切羽詰まったような声が後ろから聞える。
ヤバいか、ヤバくないかで言えばヤバイよりのヤバイ。なんか意味わかんない言葉になっているくらいにはヤバイ。
なんかさっきよりも多くね? ゲームではいくら倒しても雑魚が出現しまくる無限湧きのステージではあったが、まさかここまで同時に来ると思ってなかった。
「なんだこれだけで良いのか」
とはいえ負けるつもりはないし、負けたら終わりだ。結花を安心させるためにわざとかっこいいことを言ってみる。
「瀧音君達もいるし大丈夫だよ、結花。そっちはお願い!」
伊織は全くひるんでいなかった。先輩達もそんな様子はない。紫苑さんに至っては笑っている。
「皆、備えろ」