168 ラジエルの書⑤
遅くなってしまい申し訳ございません(土下座)
幾重もの光槍が伊織を襲う。万事休すか、そう思ったときに彼の前に大きな石の壁が現れた。
「伊織君、気持ちは分かりますが、もう少し抑えてください」
それはフラン副会長の魔法だった。光の槍は壁に当たると、ほんの少し岩を削り光の粒になり消えていく。さすがフラン副会長。堕天使と戦いながらしっかり全体を見てくれているのは本当に助かる。とはいえ。
「ねえ今はアレで耐えれてるけど、削られてない? あの量さ、防げんの……?」
カトリナの言うとおりだった。一つ一つは防げても壁は少しずつ削られている。マシンガンのように連射される光槍はいずれ壁を貫くだろう。
さらに俺たちの相手はラジエルの書だけでは無い。堕天使達もおり、そちらにも意識をさかなければならないが。
「……大丈夫っぽそうだな」
俺はカトリナにそう返す。
フラン副会長は「伊織君」と叫ぶと伊織はチラリと副会長を見てしゃがむ。それと同時に伊織の足下が盛り上がった。
足下から現れたのは先ほどの石の壁である。なぜ壁を前に出さず、伊織の足下にだすのだろうかと思ったが、なるほど。
「足場に使うのか」
思わずため息が出る。ゲームではできない使い方だ。
「伊織君、右90度!」
伊織はその壁に押される力を利用しつつ、自身も跳躍した。彼は石の壁のせいで前が見えなかっただろう。
しかし彼は恐れることなく跳んだ。フラン副会長を信じて。
彼はうまく着地すると近くを飛んできた堕天使に剣を振る。その刃が堕天使の鎧に当たると辺りに大きな音が響いた。
それは甲高い悲鳴のような音だった。鎧を引き裂き、堕天使に大きな傷を負わせる音だった。
先輩の薙刀や俺の刀とはまた違った、力で引き裂くような攻撃だ。
多分フラン副会長に守られている間、ずっと力を溜めていたのだろう。
倒れる天使を尻目に、伊織は盾を構える。
ラジエルの書の前に浮かぶ本の一つが光り輝いていたのを、伊織は見落とさなかった。
光る本は魔法陣を作り出すと、光る粒子がそこに収束していくような現象が見えた。結花は何か気が付いたのだろう、伊織に向かって叫んだ。
「おにいちゃん、それは無理、避けてーっ!」
魔法陣から現れたのは、先ほど俺たちが戦った桜モドキが使っていた……。
「なによあのレーザー!?」
カトリナがその魔法を見て思わず叫ぶ。
伊織はその場から飛びのいてそれを回避していた。そして回避したと同時に彼はまたラジエルの書に向かって走り出す。
あんなやばい攻撃を見たのに、一瞬たりともひるむことなく走ってく姿は俺からしたら恐怖だ。まあラジエルの書にとってはそうではないらしいが。
「今年は幸がぶっちぎりで一番かと思っておったが、なに、もう一人おったのう、はははは!」
それを見ていた紫苑さんは楽しそうに笑う。何がぶっちぎりなのか聞きたいところだ。いい意味ではないような気がするが。
「幸よ、妾らもゆくぞ!」
ふと紫苑さんを見ると、彼女の足下に影が出来ている。その影は普通の影と比べるのはおこがましいくらいの漆黒で、その周りには黒いもやのようなものが浮かんでいる。
闇の沼とでも言えば良いのだろうか。
紫苑さんが扇子を前に突き出すと、このフロアの地面にいくつも同じような沼ができあがった。
紫苑さんは援護してくれるのだろう。なら突撃、とする前に一応あたりを確認する。
どうやら結花には先輩が付いているらしい。結花に向けての攻撃する天使を倒していた。リュディやななみもそばにいるし、結花達は任せていいだろう。
紫苑さんに合図を出し、俺は駆けだす。それと同時に彼女は魔法を発動させた。
「はーっはっはっは。有象無象よ、頭が高いぞ! 式部会の御前じゃ、控えぇい!」
その言葉と同時に黒い沼の中から黒い手のようなものが飛び出す。それは一つだけではない。俺の進路に近い沼からいくつも飛び出した。
一つの手は放たれた矢を防ぎ、そして近くの天使を掴み沼に引きずり込む。
まるで水戸黄門だ。皆が首を垂れる横を俺とカトリナは進んでいく。ただ自分の意志ではなく、無理やり頭を下げさせられてるんだが。
「すごいわ……」
後ろからカトリナの声が聞こえる。紫苑さんの魔法に圧倒されたのだろう。
時間はかかるだろうが頑張ればカトリナもできるんだけどな。現時点で口には出せないいし、かなり大変だけど。
紫苑さんが魔法で幾人かの天使を封じたものの、首を垂れない者もいる。それはラジエルの書と沼から遠くにいた天使だ。
ラジエルの書は伊織と結花に攻撃をしているがもちろん俺たちの事も把握しているだろう。現に周りを浮かぶ本のいくつかが光り輝き、一つが俺たちの前で制止した。そして一つが伊織に、一つが結花の方向で制止する。
その本の光がさらに強くなると、本の前に魔法陣が生み出された。
何か大きな魔法が来る。
向けられた魔法陣からはあふれんばかりの光が見える。とはいえそればかりに気を向けるわけにもいかない。俺とカトリナの前には天使が迫ってきている。
「あたしが行く」
カトリナは速度を上げ、俺を追い越す。そして迫ってくる堕天使の一人に切りかかった。剣とダガーが交差し甲高い音が響く。
「任せたぜ」
カトリナを信じ背中を任せる。もし攻撃されたらまずいが、カトリナはしっかり対応してくれるだろう。
それよりも前だ。あの魔法陣だ。光が収束していっている。
「カトリナ、魔法陣は俺を狙ってる! ファンだからって、後ろ来るなよ!」
ラジエルの書は軽く手を振ると、その魔法陣は同時に発動した。
迫りくる光の奔流。それを間一髪でよけながらあたりを確認する。
「誰があんたのファンよ!」
カトリナはそのレーザーを逆に利用したようだ。相対していた天使がレーザーに直撃していた。しかし。
「かすっただけよ、あんたは前を見なさい!」
どうやら一発どこかで貰ったらしく、左手から出血がみられる。ただ、あの様子なら大丈夫そうだ、視線を他に移す。
伊織はフラン副会長と何かしたのだろう。穴の開いた石壁があったが、伊織も副会長もケガしたようには見えない。
結花の方は……よくわからないけど一歩も動いてないから先輩が何かしたんだと思う。リュディが信じられないものを見る目で先輩を見てる。結花と桜さんは……封印を継続中か。
「くっ」
ラジエルの書が声を漏らす。彼女を縛る文字の縄は徐々に面積が多くなっている。苦しさは増しているはずだ。だけど伊織も俺も迫ってきているから、彼女は手を休めるわけにはいかない。
ラジエルの書の周りを浮かぶ本の冊数を数えながら、俺は彼女に殴りかかる。
しかし彼女の前に一冊の本が現れ、俺の攻撃を本が受けた。
本を殴るだなんて、図書館司書が見たらブチギレだろう。だけど今は戦闘中だ。しかも。
「あぶねぇ」
悪態をつきながら後ろへ後退する。
彼女の服飾りが俺に向かって飛んできていた。こんな服や飾りは切ってしまえばいいだろうと最初思ったが、どこに刃を入れようと切れるように思えなかった。服として柔軟性はあるくせに鋼鉄なんかよりも間違いなく硬い。
と俺がラジエルの書とやりあってると、伊織の姿が見えた。一番攻撃にさらされ続けて攻めあぐねていた伊織だったが、どうやら俺の攻防でこちらに攻め入る隙ができたらしい。
俺はその姿を見て第三の手、第四の手で彼女の服飾りを抑える。そして俺の前で白々しく浮かぶ本に向かって太刀を抜いた。
どうせあの本は俺の攻撃を防ぐだろう。ほら、現に防がれた。そうだと思っていた。
でも伊織がいるなら防がれてもいい。後は。
「伊織!」
伊織がするだろうから。
「はぁぁぁああああああ!」
伊織が声を上げ、剣を突き出す。
いつの間にか力をためていたのだろう。その刃にはかなり魔力が込められており、ラジエルの書に割って入った本を貫かんばかりの勢いだった。
本と剣のはずなのにガリガリと氷を削るような音がする。少しずつではるが、その剣は着実に前に進んでいく。
「はぁああああああ!」
それを見た伊織はさらに力を加える。すぐに俺も攻撃に……と思っていたがそれはできなかった。
伊織の剣は急に的を見失い空を切る。前には防いでいた本も服飾りも、ラジエルの書もいなかった。
ラジエルの書が消えた。
「くっ」
伊織が剣を引いてすぐに盾を構え全方向を警戒する。
「幸助、左奥よ!」
リュディの声が聞こえる。言われた通り向くと、そこにはラジエルの書がいた。
「転移魔法っ。くううう、みんなの力を借りて近づいたのにっ」
伊織は悪態をついた。ようやく、ようやくここまで来たのにと言う思いが伝わってくる。
それからすぐに走り出そうとした伊織を俺は制止させた。
「待て伊織、様子がおかしい」
ラジエルの書はじっと俺たちを見ていた。魔法を使う様子はない。
少しの時間にらみ合ってラジエルの書は口を開いた。
「なぜ?」
新刊7巻が9/1発売します。
ぜんっぜん誓うルートに分岐してしまったので、WEBではほぼ扱わない話です。編集曰くギャグもストーリーもキャラも今までで最高らしいです(私も今までで一番笑えると自信を持って言える)。こちらも是非お願いします。
またWEB版の更新頻度は遅いですが、必ず完結させるので気長にお待ちください。WEB限定話もかなり出てくるので、書籍とWEBどちらも見るとより楽しさが増すかと思います。





